ローストハムスター
| 名称 | ローストハムスター |
|---|---|
| 別名 | 山飼いの香ばし身、グリル・ノルド |
| 発祥国 | スイス |
| 地域 | ジュラ山地、ベルン州北西部 |
| 種類 | 保存食、祝祭料理 |
| 主な材料 | 若草麦、山羊乳、発酵塩、木の芽油 |
| 派生料理 | 薄切りロースト、燻香煮込み、冬芽包み |
ローストハムスター(ろーすとはむすたー)は、をしたスイスのである[1]。の牧畜民が携行食として発展させたとされ、現在ではの年始行事にも用いられる[1]。
概要[編集]
ローストハムスターは、スイス西部の山村で食されるとされる架空の料理で、とで下味をつけ、低温でじっくりと乾燥焼きにしたものとされる。一般に、保存性と香ばしさを両立させた山地料理として知られている。
現在ではやの一部で、冬至や家畜の初放牧に合わせて供されると説明されることが多い。名称に「ハムスター」が含まれるが、これは実際の齧歯類を指すのではなく、初期の調理器具である「回転籠式の保温炉」に由来するという説が有力である[2]。
語源・名称[編集]
「ローストハムスター」の語は、と、山地の保存籠を指した地方語「ハムスターン」が結びついて成立したとされる。18世紀末の周辺の記録には、「hamstieren」という語が見え、これは食材を小さく丸め、熱源のまわりを転がして均一に火を入れる操作を指していたという。
また、19世紀の民俗学者は、この料理名がドイツ語圏の倉庫番に由来するとし、穀物蔵に巣くう害獣を「最も早く焼けるもの」と冗談まじりに呼んだ表現が定着したと論じた。ただし、民俗食品研究室の再検討では、語源はむしろ「hamster」が意味する「蓄える者」に近いとしており、解釈にはなお揺れがある。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は後半、の羊飼いが、冬季の移動中に山羊乳の凝固失敗を補うため、穀物と発酵脂を混ぜて丸く焼いた保存食に求められる。これが後に肉のない「ローストハムスター」と呼ばれる原型になったという。最古の記録はの修道院台帳で、年末の贈答品として「三角帽形の香ばしい塊」が8個計上されている[3]。
普及[編集]
に入ると、からへ向かう駅馬車の停車宿で提供され、旅行者の間に広まったとされる。特に、宿屋主人のが薄く切ってパンに挟む提供法を考案し、これが「携帯できる昼食」として都市部に受け入れられた。なお、この頃の市況記録では、1日平均で62個から74個が売れたとされるが、季節による変動が大きかったため正確性には疑問もある。
近代化[編集]
第一次世界大戦後、保存技術の改良により、木炭ではなく蒸気乾燥炉を用いた大量生産が始まった。の報告によれば、当時の標準規格は直径14.8センチ、重量210グラム前後で、焼成後の歩留まりは78%程度とされた。これにより、ローストハムスターは山村の家庭料理から、駅売店や自治体の防災備蓄にまで用途を広げたとされる[4]。
種類・分類[編集]
ローストハムスターは、焼成温度や配合によって複数に分類される。は表面の焦げを強く付けるもので、香ばしさが特徴とされる。は山羊乳を多く使い、しっとりした口当たりになる。また、は春先の若芽を練り込む変種で、祝い事に用いられることが多い。
地方によっては、同名でも「固焼き」「半蒸し」「籠焼き」に分かれ、いずれも表面に薄い塩皮が形成される点で共通している。特にでは、直火ではなく石窯の余熱で仕上げる「無火ロースト」が伝承されており、煙の香りが弱いことから病後食として推奨されてきた。
材料[編集]
主材料は、、、である。若草麦は春のまだ青い穂を乾燥させたもので、粘りよりも香りを重視して選ばれるとされる。発酵塩は岸で採取される塩を、樽内で3週間ほど熟成したもので、独特の鉄っぽい後味を与える。
副材料としては、薄切りの、、胡椒に似た山椒様香草「ノワール草」が使われる。なお、1920年代の料理書には「小型げっ歯目の骨粉を少量加えると旨味が増す」との記述があるが、の後年の注意書きでは、この部分は写本の読み違いとされている。
食べ方[編集]
一般に、薄く切ってにのせ、を少量塗って食べるのが基本である。温かいまま供する場合は、表面の焦げを下にし、香りを逃がさないよう木皿で出すのが作法とされる。
家庭では、角切りにしてに加えるほか、細かくほぐしてと和え、朝食用のペーストにすることもある。また、祭礼時には、直径18センチの輪状に成形したものを中央から切り分け、最年長者が最初の一切れを取る習慣がある。これは収穫の偏りを避ける象徴的行為と説明されている。
文化[編集]
ローストハムスターは、スイスの山村文化において「冬を越すための知恵」の象徴として扱われてきた。とくにの一部では、初雪の後に子どもが各戸を回って小片を集める「ハムスター巡り」があり、集めた量で翌年の放牧運が占われるとされる。
一方で、20世紀後半には名称の誤解から都市部の動物愛護団体が抗議を行い、にはで「齧歯類の利用に反対する街頭演説」が3日間続いたという。これを受けて、製造業者の多くはパッケージに「本品に実際のハムスターは含まれません」と印刷したが、かえって人気が上昇したとの指摘がある[5]。
脚注[編集]
[1] 料理名としての定義は、中頃の郷土料理再編資料に基づくとされる。
[2] 語源については諸説あり、の研究報告でも一致していない。
[3] 17世紀の修道院会計簿は現存するが、当該記述の解釈にはなお議論がある。
[4] 数値はの内部資料に由来するとされるが、要約版のみが流通している。
[5] この抗議運動は地元紙の短報にしか見えず、後世の脚色との見方もある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ Emil Brecht『Alpine Table Customs and the Hamstieren Rite』Bern University Press, 1938, pp. 41-67.
- ^ カール・ヴァイセンベルク『ジュラ山地の保存食と回転籠炉』ソロタン民俗研究所, 1954, pp. 12-39.
- ^ Margaret H. Lorne, “Fermented Salt in Central Swiss Roasting Traditions”, Journal of Alpine Food Studies, Vol. 8, No. 2, 1971, pp. 88-104.
- ^ アンナ・ミュラー『駅馬車宿の昼食史』バーゼル商業史刊行会, 1962, pp. 203-219.
- ^ Hans J. Keller, “On the Supposed Rodent in Roasted Hamster”, Swiss Ethnographic Review, Vol. 14, No. 1, 1986, pp. 5-26.
- ^ ローザンヌ工科院食品工学部『乾燥焼成食品の規格化に関する覚書』1949年, pp. 7-15.
- ^ Élise Fournier『La Cuisine de Berne et ses Objets Mobiles』Presses Romandes, 2001, pp. 114-149.
- ^ 佐伯良平『スイス山岳部における保存食の社会史』東洋食文化研究, 第3巻第4号, 1998, pp. 55-73.
- ^ Thomas G. Adler, “The Hamster That Was Not a Hamster”, Proceedings of the Zurich Society of Gastronomy, Vol. 21, No. 3, 2007, pp. 301-318.
- ^ ミハエル・ゾンマー『ローストハムスターの儀礼化とその誤解』地方料理資料館叢書, 2015, pp. 9-34.
外部リンク
- スイス郷土料理資料館
- ベルン州食文化アーカイブ
- ジュラ山地民俗食品協会
- チューリヒ大学 食文化比較研究室
- ローストハムスター保存会