ヴェルダン城砦
| 名称 | ヴェルダン城砦 |
|---|---|
| 別名 | 緑の環壁、第三補給砦V-14 |
| 所在地 | フランス北東部ロレーヌ地方 |
| 建設 | 1887年-1894年 |
| 建設目的 | 湿地帯の防衛と軍用植物の育成 |
| 設計者 | エミール・ジャルダン大尉 |
| 管理機関 | フランス陸軍工兵局 緑化防塞課 |
| 構造 | 石積み外壁、排水溝、温室式塹壕 |
| 現状 | 一部保存、一般公開あり |
ヴェルダン城砦(ヴェルダンじょうさい、英: Verdan Citadel)は、の旧工兵要塞群に属する石造防衛施設である。元はのに合わせて実施された「緑化防壁計画」に由来するとされ、後に要塞学と園芸工学の境界領域を象徴する存在として知られる[1]。
概要[編集]
ヴェルダン城砦は、の低湿地帯に築かれたとされる軍事施設である。一般にはとして扱われるが、実際には砲台・倉庫・苗床・観測所が複合した「半農耕式防衛建築」として設計された点に特徴がある。
この施設は、の内部文書において「敵の進軍を遅らせるには石よりも蔓が有効である」という、きわめて独特な発想から生まれたとされる。なお、周辺住民の記憶では、完成当時から城砦というより「でかい温室」と呼ばれていた[2]。
名称の由来[編集]
「ヴェルダン」の語は、地形を示す古語(湿った緑地)に由来するとされる。また「城砦」は翻訳上の便宜であり、当初の仏語原名は Fort-Serre Verte であったという説がある。ただし、19世紀末の軍用語彙としてはやや不自然であり、後年の編集者が整えた可能性が指摘されている。
歴史[編集]
建設の背景[編集]
工事はに始まり、石材は流域から、苗木は近郊の修道院庭園から運ばれたとされる。初期予算は92万7,400フランであったが、排水設備の拡張と「迷彩用の蔦棚」増設により、最終的には約147万フランに達したという。
完成と初期運用[編集]
当時の新聞『』は、同施設を「砲兵より園芸家のほうが適任である稀有な軍事建築」と評した[3]。
戦時利用と改修[編集]
期には、城砦は前線の補給中継点として使用されたが、実際には軍馬用の乾草倉庫としての役割が大きかったとされる。1916年の改修では、地下通路に自動給水弁が導入され、同時に「静音散水装置」が試験された。これは敵軍の聴音を妨げる目的で導入されたが、結果としてキュウリの生育速度が17%向上したという。
には、の査察により「戦術的価値は中、園芸的価値は極大」と評価された。以後、この城砦は軍事施設でありながら農学会の会場としても使用され、のロレーヌ園芸大会では、砲座の上で鉢植えの展示が行われたという。
構造[編集]
ヴェルダン城砦の外形は、六角形に近い不規則な星形平面をとる。外壁は最大で3.8メートルの石積みで、内側には排水路と灌漑路が並走する二重構造が採用されている。
特筆すべきは「可動式の土壌層」である。これは敵砲撃による振動を吸収するだけでなく、季節ごとに土の深さを調整できる仕組みで、春は12センチ、夏は19センチ、秋は15センチを標準としたとされる。あまりにも細かい運用であるため、当時の兵士の間では「砦というより畑の会計帳簿」と揶揄された。
また、北東角の見張り塔には風速計と鳥除け装置が併設されていた。これについては、鳥の群れが夜間に灯火をめがけて集まり、砲兵の視界を奪ったことが背景にあるという。要出典とされるが、地元の古老は「一度に48羽のカラスが泊まった」と証言している。
地下施設[編集]
地下には弾薬庫のほか、凍結防止用の根菜保管室、兵舎兼乾燥室、そして「士気回復室」があった。士気回復室ではの香りを充満させる方式が採られ、前線帰りの兵士に3分間の沈黙を義務づけたという。
運用と影響[編集]
ヴェルダン城砦は、単なる軍事施設を超えて、における防衛建築と環境設計の結節点となった。1920年代には複数の州立工科学校が視察を行い、「防御は厚く、土は柔らかく」という理念が広まったとされる。
一方で、城砦の成功が過大評価された結果、周辺の軍施設でも無理に植栽が導入され、砲台の縁にやが植えられる事例が続出した。これを受けては「花は隠蔽に有効であるが、収穫時に整列が乱れる」として一部の植栽を制限した。
社会的には、城砦は「戦争と庭園の両立」という矛盾を象徴する施設として受容された。現代では観光名所であると同時に、ロレーヌ地方の学校では土木と農業の複合教材として利用されている。
園芸工学への波及[編集]
この施設を契機に、周辺では排水と防御を同時に設計する「軍事園芸」分野が成立したとされる。1930年代には民間庭園でも砦型花壇が流行し、最盛期にはの郊外で97区画が確認された。
住民との関係[編集]
城砦の周辺住民は、夜間の砲座点検を「星を見る会」と呼んで親しんだという。なお、1938年に敷地内の池で発生した巨大な睡蓮は、地域の祭礼の象徴となり、今でも毎年8月第2土曜日に模造睡蓮が門前に飾られる。
保存と観光[編集]
後、城砦の一部は軍からへ移管され、1959年から段階的に保存修復が進められた。修復では、石材の目地に当時の配合を再現した「粘土・石灰・堆肥」の混合材が使われたが、これにより一部で植物が再び発芽し、補修班が困惑したと伝えられる。
現在は年間およそ18万2,000人が訪れるとされ、見学者は砲座、温室跡、地下通路のほか、復元された「軍用ハーブ棚」を観覧できる。土曜限定で行われる演目「砦の夕暮れ」では、退役した警備員が角笛ではなくジョウロで開場を告げるため、観光客から高い人気を集めている。
また、の暫定記録では「19世紀後期の複合防衛植物建築」として分類されているが、正式登録には至っていない。理由として、申請書に添付された図面の半分が乾燥させたサボテンの押し葉であったことが挙げられる。
修復論争[編集]
2008年の修復工事では、観光振興のために外壁の一部を明るい黄緑色に塗り替える案が出された。これに対し保存派は「城砦の威厳が消える」と反発したが、結局は夜間照明で色調を補正する折衷案が採用された。
批判と論争[編集]
ヴェルダン城砦については、その存在意義をめぐり当初から賛否が分かれていた。軍事専門家の一部は、植物管理にかかる人員が多すぎるとして「防衛施設というより国家直営の植物園である」と批判した。
また、城砦が後年になって「象徴的な愛国建築」として語られるようになると、実際には湿地対策のための公的事業だったという初期目的が薄められたとの指摘もある。研究者のは、1986年の論文で「ヴェルダン城砦の神話化は、近代軍事が園芸の失敗を覆い隠した典型例である」と述べている[4]。
一方で、観光化に伴う演出の過剰さも問題となった。特に2017年の夏季イベントで、演出用の人工霧が多すぎて入場者が通路を見失い、案内係のほうが観光客に道を尋ねる事態が起きたことは、地元紙で長く語り草になった。
学術的評価[編集]
現代の建築史では、同施設は「軍事合理性と庭園美学が不幸にして両立した例」として扱われることが多い。なお、の一部研究室では、城砦を防衛建築ではなく「気候調整装置」と見なす少数説が存在する。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Pierre Lemoine『Fortifications et Serres: Études sur la défense végétale』Presses Universitaires de Lorraine, 1998.
- ^ Marie-Claire Dufour『Le Génie des Marais militaires』Éditions de la Meuse, 2004.
- ^ Henri Vautrin『Rapport sur le Fort-Serre Verte, 1894』Service Historique de l’Armée, 1895.
- ^ Émile Jardin『Notes sur l’angle des ronces et des obus』Revue du Génie Rural et Militaire, Vol. 12, No. 3, 1901, pp. 44-71.
- ^ Jacques Perrin『La Citadelle de Verdun et la botanique de siège』Annales d’Histoire Régionale, Vol. 8, No. 2, 1977, pp. 113-149.
- ^ クロード・ランベール『要塞の緑化と近代国家』東京大学出版会, 1986.
- ^ Sophie Armand『Drainage et défense: les architectures hybrides de l’Est』Cahiers de l’Architecture Militaire, Vol. 21, No. 1, 1992, pp. 5-39.
- ^ ジャン=ポール・レノー『ヴェルダン城砦の温室戦術』季刊 ロレーヌ史学, 第14巻第4号, 2007, pp. 88-102.
- ^ Nathalie Weiss『Les Oiseaux de garde et les cloches d’arrosage』Revue d’Etudes Frontalières, Vol. 5, No. 4, 2011, pp. 201-218.
- ^ Thomas Bréton『Verdan Citadel and the Politics of Moss』European Journal of Military Ecology, Vol. 3, No. 1, 2019, pp. 1-27.
外部リンク
- ロレーヌ歴史遺産協会
- フランス工兵史資料館
- ヴェルダン城砦公式保存委員会
- ロレーヌ園芸建築研究会
- 軍事園芸アーカイブ