世紀末平安時代かるた
| 分野 | 和文化競技/伝承遊戯 |
|---|---|
| 成立時期 | 1990年代(非公式の変種を含む) |
| 対象世代 | 中学生から高齢者まで |
| 主な舞台 | 内の公民館・神社境内 |
| 用語 | 札・読み手・客座席(競技補助席) |
| 標準セット | 48枚構成(派生で52枚も存在) |
| 使用媒体 | 上質和紙+箔押し縁取り |
| 記録運用 | 大会は主に“旧暦換算”で日付表示される |
(せいきまつへいあんじだいかるた)は、平安京の情景を題材にしたの一系統であるとされる。1990年代に一度ブーム化し、のちに“世紀末”の語感を冠して地域イベントへ変形して広まったと説明される[1]。
概要[編集]
は、平安時代の語彙・官職・典雅な情景を「読み札」として提示し、参加者が「取り札」を速く取ることで勝敗を競う競技であるとされる。
通常の競技かるたが短歌や定型句を土台にするのに対し、本系統では「世紀末」を冠するため、平安京の装束や季節描写に加えて、緊迫感のある“あと少しで終わる”趣向(終末めいた擬音語、災いを避ける儀式の文言など)が読み札に織り込まれると説明される。
当初は地域サークルの演目であったが、札のデザインと読みの言い回しがSNS向きであったため、後にの社会教育事業へ“呼ばれた型”で採用された、という経緯が語られている。なお、正式な全国競技団体の体系に組み込まれたというより、いくつもの運用ルールが並立している点が特徴である。
成立とルール[編集]
成立の発端は、1991年にの若手教員グループが「平安の語感をゲーム化すれば国語が好きになる」として試作した“学習用かるた”にあるとされる[2]。ただし、その後に“世紀末”が付与されたのは、同年末の授業参観が原因であると、関係者の間で噂されている。
ルール面では、48枚を基準とし、読み札は1回のゲームにつき最大79手(読み回数)までとする運用が多いとされる。取り札は机上に縦横6列で配置され、縦列は、横列はを示す、といった“方位の縛り”が付く場合がある。また、競技補助席として「客座席(きゃくざせき)」が設けられ、合いの手係が“読みの息継ぎ”をカウントすることもある。
さらに、本系統では札の背景に風の細い筋(縞)を入れ、縞の色が「季節」「官職」「災厄回避」のどれに属するかを示す、とされる。ただし実際には、会場によって縞の本数が異なり、ある大会では縞が27本、別の大会では29本と報告されている。審判側は「縞の本数は運の要素」として、異なる仕様を許容してきた経緯があるとされる。
歴史[編集]
「世紀末」の冠がついた経緯[編集]
“世紀末”の語が入った決定打は、1992年の冬、の旧商店街で行われた「追儺(ついな)かるた夜会」であったと説明される[3]。夜会では、平安風の読み上げを行う合図として、参加者に配られた護符が99回だけ鳴る仕掛けになっていた。
この護符は本来、魔除け用の道具として作られたものを転用したとされるが、鳴る回数がやけに多く、しかも“年が明けたら鳴らなくなる”仕様だったため、来場者の一部が「これ、世紀末の儀式じゃないか」と言い出した、と伝えられている。
その場で運営側が読み札を改変し、「…終わりが近い」というニュアンスを入れる短い句を追加したところ、翌週に模擬大会が開かれ、記録係が「平安のまま、危機感だけ増えていく」とまとめたことが、後の命名につながったという。なお、このとき採用された“危機感の語尾”は、地元の古書店員が古い端末詩(一般には認知されないが、当時流行した口語の韻文)から拾ってきた、とされる。
流通・地域変種の拡大[編集]
1990年代後半、札の製作はではなく、複数の個人工房が分担して行う形が主流だったとされる。特に、の小規模印刷組合が「読み札の活字を滲ませると“古さ”が増える」として、版面の湿度管理を標準化したことで、外観の統一感が生まれたとする報告がある[4]。
しかし一方で、競技運用は統一されず、たとえば札のサイズについて「縦12.4センチ、横8.9センチ」が推奨された年があるかと思えば、別の大会では縦13.1センチ、横9.2センチが採用されたという。さらに、取り手の立ち位置について「北端から一歩目は畳の目2つ分」とする解釈も生まれ、会場によって“正しい踏み込み”が異なると笑い話になった。
2000年代に入ると、観光課が絡むイベントが増え、観光客向けに「初心者読唱モード(読みを長めにする)」が導入されたとされる。このモードでは読み札が1.8秒長くなるため、競技者の“反射”ではなく“記憶”が問われ、結果としてスコアは低くても達成感が大きい、と評価されたとする声がある。
社会に与えた影響[編集]
は、単なる遊戯に留まらず、地域の言葉遊びと公共行事の結びつきを強めたとされる。たとえば、の一部の公民館では、講座の最終回に“世紀末版の読み”だけを抜き出して演目化し、参加者の語彙テストの平均点が「前年度比+7.3点(10点満点換算)」になったと報告された[5]。
また、学校現場では「学習の評価が暗記偏重になりすぎる」との批判を受け、かるたの進行中に“語の由来を一言添える係”を置く運用が広まった。この仕組みは、教員の説明を長くしない代わりに、読み札そのものに小さな注釈を埋め込む方向へ進展したとされる。
さらに、観光面では「雨の日に行ける室内文化」として扱われ、のイベント一覧に「屋内・音付き・季節限定札」が載るようになったとされる。ただし、札の音声が実際には録音ではなく、審判経験者がその場で息継ぎ込みで読む運用であったことから、会場ごとの“声の癖”が口コミになり、同じ地域でも成績が変わるとさえ語られた。
批判と論争[編集]
一部では、世紀末という言葉が過度に終末的な感情を煽り、平安時代の“静けさ”を損なうとの批判があったとされる[6]。特に、読み札の中に災厄を連想させる語が増えたことで、子ども向けイベントでは保護者から「怖がりやすい」との声が上がったという。
他方で、終末的な語感は“緊張の演出”に過ぎず、札は学習目的で選ばれている、と運営側は反論したとされる。なお、ある議事録では「悪い気配は比喩であり、取り札の形状は安全規格を満たす」と記録されているが、ここでいう安全規格が具体的にどの規格かは明示されていない。
また、競技性についても論争があった。世紀末平安時代かるたは、読みの速度を固定すると“腕前の差”が出すぎるため、会場によって読みの速度を変える運用が容認されがちであった。その結果、「公平性が読み手に左右される」との指摘があり、審判の声質まで含めて採点すべきだという過激な提案が、一度だけ議題に上がったと伝えられている。なお、この提案の採否についての結論は残っていないとされる(会議録が“貸出中”だった可能性がある、とも記される)。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 吉田清澄『地域遊戯の記号論:かるたから読む心象』京都文庫, 1998.
- ^ 中島恵美子『国語授業の新機軸としての競技かるた』教育出版局, 1993.
- ^ 藤原真琴『追儺夜会と読み札の変遷:世紀末の語感分析』『日本文化遊戯研究』第12巻第3号, 1992, pp.45-61.
- ^ 鈴木祐介『和紙製札工程における湿度制御の試み』『印刷技術年報』Vol.41, 1997, pp.120-134.
- ^ 山本隆司『観光イベントにおける室内文化の定量評価』観光政策研究所, 2002.
- ^ Catherine A. Broadfield『Performing Nostalgia in Japanese Word Games』Kyoto Academic Press, 2005.
- ^ 佐伯明人『読み手依存問題と審判設計:かるたの公平性』『競技評価学会誌』第8巻第1号, 2004, pp.11-27.
- ^ Akiro Sato『Vocal Timing and Competitive Recall in Karuta Variants』『Journal of Games & Heritage』Vol.7 No.2, 2006, pp.77-92.
- ^ 田中由紀『“世紀末”語の受容史:平安モチーフにおける緊張の演出』国語学資料館, 2011.
- ^ ※タイトルが微妙におかしい文献:『世紀末かるた大全集』平安書房, 2009.
外部リンク
- 旧商店街追儺かるた夜会アーカイブ
- 京都和紙製札工房連絡会
- 公民館向け初心者読唱モードガイド
- 読み札音声収録ガイドライン(非公式)
- 世紀末平安時代かるた 札縞データベース