二足歩行のうさぎ
| 分類 | 家畜化系統・民俗動物学 |
|---|---|
| 起源 | 1908年頃の神奈川県横浜市周辺 |
| 提唱者 | 加納 兼吉、マルセル・デュヴァル |
| 主な用途 | 見世物、歩行補助研究、縁起物 |
| 別名 | 立ち兎、直立兎、二脚兎 |
| 現存系統 | 関東系、瀬戸内系、北米輸出系 |
| 保護区 | 神奈川県立動物史資料園 |
| 指定 | 旧覚書第17号 |
二足歩行のうさぎ(にそくほこうのうさぎ、英: Bipedal Rabbit)は、に近い姿勢で移動するよう・選抜されたの家畜系統である。日本では主に末期の動物改良運動と結びついて知られている[1]。
概要[編集]
二足歩行のうさぎは、通常の跳躍に加えて、後肢のみで短距離を移動する習性を強く示すものとして定義される。もっとも、今日この語で呼ばれる個体群の大半は、純粋な生物学的突然変異ではなく、の輸出用展示飼育と、沿岸部の庭園文化が交差して生まれた選抜系統であるとされる。
この概念は、に横浜港で公開された「立ち兎試験籠」を起点とする説が有力である。当初は穀物倉庫の害獣対策として考案されたが、のちに歩行研究、玩具産業、そして縁起物市場へと用途が拡大し、期にはすでに「日本の不思議動物」として欧米の博覧会記録に散見されるようになった[2]。
起源[編集]
横浜港の試験飼育[編集]
起源については諸説あるが、夏、近くの倉庫で、荷役作業員のが、逃げ癖の強い白兎を狭い木枠内で飼育したところ、前肢を使わずに立ち上がる個体が増えたという記録が残る。加納はこれを「立つ癖がうつる」と表現し、後にの比較解剖学者が、骨盤角度の変化が見られると報告した[3]。
ベルギー式庭園との結合[編集]
一方で、から来日した造園家が、庭園の景観演出として兎を立たせる訓練を提案したとする説もある。デュヴァルはの外国人居留地で「歩く生垣の補助線」と呼ばれる展示を行い、兎が直立した瞬間に鑑賞者が一斉に拍手したため、その光景が新聞に取り上げられたという。ただし、この逸話は当時の英字紙に二件しか見えず、しかも一件は演劇欄に掲載されているため、後年の創作である可能性が指摘されている。
民俗信仰への転用[編集]
沿岸では、二足歩行の兎が「家をまたいで福を運ぶ」とされ、正月に藁で作った小さな兎を門柱に立たせる風習が生まれた。これがのちに実物展示と混同され、の関東大震災後には、避難所で兎を立たせると家が建つという奇妙な俗信まで現れた。なお、この俗信は衛生局の調査票にも一度だけ記載があるが、回答者が「建つ」の意味を取り違えた可能性がある。
品種と系統[編集]
二足歩行のうさぎは、一般に、、の三系統に分けられる。関東系は姿勢保持に優れ、瀬戸内系は前肢を折りたたむ癖が強く、北米輸出系は舞台映えを重視して尾が長めに選抜されたとされる。
もっとも、この区分は学術的なものというより、の愛玩動物業者が仕入れ帳を整理するために便宜上付けたラベルに近い。実際には同一腹からでも立ち方の癖が大きく異なり、の旧会誌には「同腹四頭のうち二頭は立つが一頭は座る」との不可解な報告がある[4]。
飼育と訓練[編集]
姿勢訓練[編集]
訓練は、竹製の細い支柱と、甘藷の薄片を組み合わせて行われた。兎が後肢で立った瞬間にだけ餌が与えられる方式で、の『関東畜産雑報』によれば、平均して14日で立位保持時間が2.8秒から9.4秒へ伸びたという[5]。ただし、同報告の別ページでは「雨天時は平均が著しく低下する」とだけあり、再現性には疑義が残る。
装具の発明[編集]
初期には、腰部を軽く支える布帯「立兎帯」が考案され、東京・の玩具商が縮小版を販売した。帯には鈴が付けられ、歩くたびに音が鳴るため、子ども向け玩具としても流通したが、実際には兎が驚いて余計に直立するための半強制的な装置であったとされる。これに対し、は「動物の意志を損ねるおそれあり」として一時的な販売注意を出した[6]。
保全飼育[編集]
戦後は観賞用需要が縮小した一方、が系統保存に乗り出した。同園では床材の硬さを0.7ミリ単位で調整し、週に2回、兎が自発的に立ち上がる時間を記録している。2018年時点で登録個体は32頭であったが、そのうち5頭は「ほぼ座り専門」であり、職員の間では半ば別種として扱われているという。
社会的影響[編集]
二足歩行のうさぎは、から前期にかけて見世物興行の定番となり、の通天閣周辺やの浅草六区で興行が行われた。特にの「兎立ちレビュー」では、兎が小さな看板を背負って回転台を歩く演目が人気を博し、当時の観客動員は3日で1万8,400人に達したという。
また、教育分野への影響も小さくない。にはが小学校向け副読本『歩くいきもの』を作成し、姿勢の大切さを教える教材として二足歩行の兎の図版を掲載した。ところが、図版の兎があまりに人間めいていたため、翌年の改訂版では耳の角度が12度修正され、より「自然な印象」に差し戻された[7]。
批判と論争[編集]
二足歩行のうさぎをめぐっては、そもそも人為的選抜であるのか、あるいは一時的な芸の集合であるのかをめぐり、現在も見解が分かれている。の動物行動学者は、2004年の論文で「立位は集団環境下で強化された条件反射の一種」と述べたが、の民俗学者は「立ち姿そのものが信仰を呼び込む器である」と反論した。
また、1997年にで開催された「国際兎歩会議」では、展示個体の半数が途中で普通に跳ね始めたことから、会議録の一部が「歩行失敗例」として削除されたと伝えられる。なお、この削除は事務局の判断ではなく、会場側が兎用の紙吹雪を使い切ったためであるという、きわめて現実的な説明も残る。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加納兼吉『立兎飼育小誌』横浜港動物改良会, 1911年.
- ^ 山岡源之助「兎骨盤角度の変化に就て」『東京帝国大学理科報告』Vol. 8, No. 3, 1912年, pp. 41-58.
- ^ Marcel Duval, "On the Upright Rabbit as Garden Ornament" Journal of Colonial Horticulture, Vol. 2, No. 1, 1909, pp. 7-19.
- ^ 『関東畜産雑報』第14巻第2号, 1926年, pp. 112-121.
- ^ 日本獣医師会編『愛玩動物の姿勢習癖』日本獣医師会出版部, 1934年.
- ^ 農商務省動物保護取締課『立兎帯に関する注意書』官報別冊, 1931年.
- ^ 小西由紀「条件反射としての直立兎行動」『動物行動学研究』Vol. 27, No. 4, 2004年, pp. 233-249.
- ^ 藤堂直人『兎の民俗と身体儀礼』岩波民俗新書, 2006年.
- ^ 『歩くいきもの』文部省初等科副読本編集部, 1941年.
- ^ 神奈川県立動物史資料園監修『二足歩行兎保存記録 2018』, 2019年.
- ^ 「The Rabbit That Refused to Sit」The Yokohama English Gazette, Vol. 5, No. 2, 1929年, pp. 3-4.
外部リンク
- 神奈川県立動物史資料園
- 横浜港民俗動物アーカイブ
- 国際兎歩学会
- 浅草見世物史研究会
- 歩行性家畜データベース