今井達也
| 氏名 | 今井 達也 |
|---|---|
| ふりがな | いまい たつや |
| 生年月日 | 10月17日 |
| 出生地 | 松本市 |
| 没年月日 | 6月2日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 公文書編集家(非常識系) |
| 活動期間 | - |
| 主な業績 | 「三行要約監査法」の普及 |
| 受賞歴 | 内閣府文書改革奨励賞、松本市特別文化賞 ほか |
今井 達也(いまい たつや、 - )は、の「非常識系公文書作家」。記号と統計を武器に、行政文書の読み替え術として広く知られる[1]。
概要[編集]
今井 達也は、行政機関の文書を「読む」だけでなく「運用できる形に解剖」することを専門にした日本の公文書編集家である。特に、申請・稟議・通達の文章を、事務手続きの現場で誤読が起きないように変換する手法を体系化し、「非常識系公文書作家」として知られた[1]。
彼の代表的な主張は、文書の正しさは語尾の丁寧さではなく、読者が迷うポイントを先回りして潰した設計で決まる、というものであった。なお、当初は文章の改悪にも見える変更を多用したため、庁内で「今井方式は監査を通らない」と批判された時期もあった[2]。一方で、導入された部署では照会件数が減少し、やがて「読めるが運用できない」を最小化するモデルとして参照されるようになった[3]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
今井は松本市の印刷所を営む家庭に生まれた。父の達雄は校正職人であり、達也は小学校のころから活字の匂いを「時間の方向」と呼んでいたという逸話が残っている[4]。1950年に松本市で発生した簡易洪水対策の回覧文が、判読不能な箇所を残したまま配布され、町内で混乱が生じた経験が、彼の原点になったとされる[5]。
彼が最初に作った文章は、家の納屋の壁に貼る注意書きであったが、友人から「理由が見えない」と指摘され、今井は“理由は必ず三つ書け”という独自ルールを作ったとされる。この三つという数は、当時購読していた地元新聞の見出し数から着想を得たとも伝えられている[6]。
青年期[編集]
松本市立梓川中学校卒業後、今井はの印刷専門校へ進み、校正班ではなく「分類班」に配属された。分類班とは、誤字ではなく“揃っていない概念”を見つける役目であり、彼はここで、文書の論理が章立てより先に崩れることを学んだとされる[7]。
1952年、当時の内職としての索引作りを手伝った際、同じ意味なのに別の用語が併存している例を数え上げ、全体の約12.4%が用語衝突であるというメモを残した[8]。この数はのちに“文書の症状を数える”研究態度へ繋がったと説明されることがある。
活動期[編集]
1954年、今井はの文書運用コンサル実務団「清流事務運用研究所」に入所した。彼は入所後まもなく、稟議書の様式を統一するだけでは不十分であるとして、「三行要約監査法」を試作した。監査とは検査ではなく、読者が誤解しそうな箇所を“先に挿し込む”行為だとされ、要約を三行に固定することで照会の分岐点を可視化する狙いがあった[9]。
1968年、彼は行政庁舎での研修に招かれ、机上配布の資料ではなく、窓口の番号札と連動する形で文書の誤読を再現する実験を行ったとされる。このとき、来庁者の誤読は受付から手続き開始までの平均時間が17分±4分で発生し、しかも誤読の原因は“条項番号”ではなく“比較対象の消失”にあることが判明したという[10]。ただし、この実験の記録は写ししか残っておらず、後年の講演録に基づく推定だとも指摘されている[11]。
1979年にはの依頼で「窓口用・要点先出し通達」作成に関わり、以後、さまざまな自治体で文書改革の助言を続けた。特に、用語の置換を単なる言い換えではなく“行動の順序”として再設計した点が評価され、彼の手法は行政研修の教材へと組み込まれていった[2]。
晩年と死去[編集]
2000年代に入ると今井は、現場の文章を整えるだけでなく、文章が「後任に引き継げるか」を重視した。彼は“文章は資産である”としつつ、資産ならば目録が必要だとして、文書保管台帳の書式を自作した。そこでは、文書の要点を「番号札の色」「申請者の立場」「処理者の迷い」の3要素でタグ付けする方式が採られていた[12]。
2008年、最後の公開講義で「整えるほど文章は嘘っぽくなる。だから、迷いが残る場所を先に宣言しろ」と語ったとされる[13]。2009年6月2日、内の療養先で死去した。享年77と記録される[1]。
人物[編集]
今井は寡黙である一方、質問されると異様に細かい数で答えることで知られた。たとえば「この通達の改善点は何ですか」という質問に対し、彼は「改善点は3つありますが、優先度は(1)比較対象、(2)例外、(3)例示の順です。比較対象の脱落率は棚卸しで9.7%でした」と即答したという[14]。
また彼は、文章を“衣服”に見立てる癖があった。「同じ正しさでも、袖の長さが違えば着る人が誤る。文書も同じで、正しい条文でも持つべき情報の長さが違うと誤解が起きる」と語られたとされる[15]。
逸話として、彼は校正の際に“誤字”ではなく“読者の手が止まる場所”を探すため、机の前で停止時間を測っていたという。停止時間が1秒を超えた句読点を赤で丸め、翌日にはその丸めた箇所だけを集めた「迷い地図」を作っていたと報じられている[16]。
業績・作品[編集]
今井の業績は、行政文書の編集理論としてまとめられた。彼の作業は単なる校正ではなく、文章の誤読を「発生条件」として扱う点に特徴があった。中でも代表的成果として、窓口運用に特化した「三行要約監査法」が挙げられる[9]。
著作としては『実務編』が知られる。同書では、要約三行のうち一行目に「対象(誰が)」、二行目に「行動(何を)」、三行目に「理由(なぜ)」を固定し、余計な修飾を排することで照会を減らすとされた[17]。一方で、彼の実務手順は“美文”より“誤解をしない構造”を優先していたため、文学的評価とは距離があると評されることもあった。
さらに、彼は教材も多数残した。例えば『条項番号が迷わせる瞬間(講義用スライド資料)』では、条項番号そのものではなく「比較の相手が文章から消える瞬間」に注目する図が添えられている[18]。この資料は出典が曖昧な配布資料として扱われる場合もあり、複数の講義録の寄せ集めだと指摘されている[11]。
後世の評価[編集]
今井の手法は、行政文書の改善に関心を持つ現場職員や研究者により、実務的であるとして評価された。特に、要点先出しと監査の考え方が、単なる言い換え指導ではなく「誤読の工程」を再設計するものだった点は、後年の情報デザイン研究にも影響したとされる[19]。
一方、批判としては、三行要約の固定化が現場の事情を過度に単純化する危険を伴うという指摘がある。実際に、自治体によっては一部の例外条項が要約から漏れ、結果として“読めるが責任が曖昧”な文書が増えた例もあったと報告された[20]。
ただし今井自身は、要約は責任を縮めるものではなく、責任を引き受ける場所を明確にするための装置だと繰り返し述べたとされる[2]。そのため、評価は賛否が割れるものの、文書改善の議論から消えたことはないとまとめられている[3]。
系譜・家族[編集]
今井の家族構成は、後年に公表された略歴資料に基づき概ね知られている。彼はで育ったが、青年期以降はで暮らし、仕事では実務団体を渡り歩いたとされる[4]。
家族については、妻の名は「律子」とされ、彼女は編集補助として印刷所に出入りしていたという。ふたりの間には一男一女がいたと記録されるが、名前は公開範囲により表記が揺れている[21]。また、長男は情報処理関連の職に就いたとされ、長女は図書館のレファレンス職として働いたという伝聞がある[22]。
今井が残した文書研究のノートは、死後にの文化財関連団体へ寄贈され、閲覧制限の条件つきで保存されているとされる[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 今井 達也『三行要約監査法 実務編』清流出版, 1979.
- ^ 田村 祐介「窓口文書の誤読工程に関する一考察」『行政文書研究』第12巻第3号, 1985, pp. 41-58.
- ^ 山岸 玲子『言い換えだけでは足りない 文書運用の設計論』日本官庁記録学院, 1992.
- ^ 佐々木 健太「比較対象の脱落と問い合わせ件数の相関」『情報整理学会誌』Vol.8 No.1, 1998, pp. 12-27.
- ^ 内閣府行政改革局『要点先出し通達の作成基準(試案)』内閣府官房資料, 1981, 第2部pp. 3-19.
- ^ 清流事務運用研究所『条項番号が迷わせる瞬間 講義録』清流事務運用研究所, 1976, pp. 77-103.
- ^ Margaret A. Thornton「Drafting for Decision: Microcopy in Public Records」『Journal of Administrative Communication』Vol.15, No.2, 2001, pp. 201-219.
- ^ Atsushi Nakamura and Keiko Yamashita「On the Arithmetic of Confusion in Bureaucratic Texts」『Proceedings of the International Symposium on Policy Readability』pp. 88-96, 2004.
- ^ 松本市文化振興課『特別文化賞 受賞者の歩み(松本市所蔵)』松本市, 2009.
- ^ R. J. Caldwell「Auditing Without Inspecting: A Note on Three-Line Summaries」『Public Management Review』第5巻第1号, 2010, pp. 9-24.
外部リンク
- 嘘行政文書アーカイブ
- 三行要約監査法 研究会ページ
- 松本市 文化資料閲覧サイト
- 窓口運用デザイン・ラボ
- 行政文書誤読ログ計画