伊讃岐村処女奉納乱交祭
| 行事名 | 伊讃岐村処女奉納乱交祭 |
|---|---|
| 開催地 | 香川県三豊市 田井岐神社周辺(伊讃岐村) |
| 開催時期 | 毎年4月下旬の金曜(旧暦換算で前後する) |
| 種類 | 神事・奉納儀礼・村落祝祭 |
| 由来 | 村の「豊作誓約」を媒介にしたとされる奉納連鎖の儀 |
伊讃岐村処女奉納乱交祭(いさんきむら しょじょ ほうのう らんこうさい)は、のの祭礼[1]。の末より続くのの風物詩である。
概要[編集]
伊讃岐村処女奉納乱交祭は、において春の夜、若者たちが「奉納札」を携えて社殿の外周を巡る神事として行われる。祭名に含まれる語句は過激な印象を与えるが、地域では「乱れ」は悪意ではなく“村の回路が一度焼き切られる”という比喩として説明される。
本祭は、村の家々が前夜に灯すの小火(計123か所とされる)と、当日の「三手三拍子の舞」によって、豊作の循環を強制的に再起動する儀礼であるとされる。なお、参加者は“処女”として限定されるのではなく、婚姻状況ではなく「誓いを新しく結び直すことのできる年齢枠」を指す、と伝わる。
名称[編集]
祭名は、村内で長く残る「伊讃岐村の誓い札(いさんきむらのちかいふだ)」の呼称が変形したものとされる。『讃岐(さんき)』は地形の語源であり、祭礼のほうは「処女」を“初火”の意味に置き換えて理解するのが古い約束だとされる。
一方で、近年の観光パンフレットでは、祭名の語感を優先して「奉納乱交祭」として短縮して紹介されることがある。ただし村の年寄りは、音の良し悪しではなく「供物を運ぶ列の乱れが縁起を呼ぶ」という因習を根拠にしていると語る。この二重の説明が、外部の取材者を毎年迷わせる要因にもなっている。
由来/歴史[編集]
古文書「誓輪帳」と“数字の呪い”[編集]
由来は、に伝わるとされる古文書「」に求められている。同帳は「村の年取りに必要な“接続点”は、乱れるほど多くなる」と記し、具体的には“格子点9×9=81”と“交わりの拍数27”を用いると書かれている[2]。村ではこの数字が“焼き付け”の工程そのものを意味するとされ、解釈を外すと火が消えるという逸話がある。
ただし、この古文書が何年に記されたのかについては諸説があり、初期に写本が作られた可能性もあるとされる。編集担当の民俗誌では「大正末より続く」という言い回しが整理され、取材記事の統一見解になった経緯があったと記録されている。
外部の禁忌と、村内の“再配線”[編集]
明治期以降、都市部からの衛生観念が流入するたび、本祭は“男女の逸脱”として批判されるようになったとされる。そこで村は、祭の目的を「奉納」に寄せ、儀礼の作法として“誓い札の受け渡し”を前面に出した。
特にの府県巡回指導(とされる1920年代の行政記録)では、乱交という語が放置されることが問題視されたとされ、村は祭名の意味を説明する文言を神社掲示に組み込んだ。掲示は銅板に刻まれ、当日の巡回順路を「石灯籠の左から右へ、計14基」と細かく指定することで、祭を“作業”として再定義したといわれる。
日程[編集]
日程は毎年、下旬の金曜の夕刻から深夜にかけて組まれる。開始の合図は、田井岐神社の境内で鳴らされる「九つ打ちの鐘」(合計9回)であるとされ、9回目の直後に「籾殻の灯し」が一斉に行われる[3]。
翌日未明には、参加者が外周を三周する「三手三拍子」が行われる。三周それぞれの拍は「1拍で前進、2拍で停止、3拍で後退」の順で、村では“止めることで運が戻る”と説明される。なお、雨天時は神社の周りに張られる藁縄の輪(計36本)を増やして調整されると伝わる。
各種行事[編集]
奉納札の回覧「白木の回廊」[編集]
最も重要な行事として、白木の札を受け取り、社殿外周の16か所の結び目(結び目札とも呼ばれる)で次の人へ手渡す「白木の回廊」が行われる。札の材はではなく、松の若木とされるが、年によっては“村が踏みしめた雪の記憶が樹に宿る”として杉が使われることもある。
回覧が終わると、札は神職ではなく、海辺の古井戸を管理する係が集めるのが慣例だとされる。この点は外部から見ても奇妙であり、取材記者は「なぜ井戸係なのか」と尋ねるが、村人は「水路の順番を揃えるから」と即答するという。
“乱れ”を数える「九十九の影踏み」[編集]
社殿の影が最も短くなる時刻を基準に、参加者が床板に印された小さな目印を“飛ぶ”のではなく“踏む”儀礼がある。これは「九十九の影踏み」と呼ばれ、踏む回数が実際に99回であるとされるが、雨の日は踏みの順序が変えられ、合計100回になる年もあったと古老は語る[4]。
ただし、この逸話は“100回でも火は消えなかった”という勝ち負けの話に変わることがあり、観光記事では誇張されて「必ず100回に到達する」と紹介されてしまうことがある。結果として、数の整合性が怪しくなり、後から補足する編集が入るのが毎年の流れである。
春の“焼き切り”「籾殻再起動」[編集]
初火の灯しは、を使った小火を灯して再起動の象徴とする。灯しは前夜に準備され、境内の“目”として見なされる場所に計123か所置くとされる。もし123か所に届かないときは、村の子どもが余った籾殻で“足りない分の星”を描いて補う、と伝わる。
この行事は、外部からは火を増やす危険行為に見える場合があるが、村は「燃えるのではなく、誓いの埃が落ちるだけ」と説明する。なお、消火用の水壺は神社横の庫に保管され、全部で72個があるとされる。
地域別[編集]
伊讃岐村周辺では、近隣集落の守り方によって作法が変わるとされる。たとえばの内陸側では白木の札を受け渡す際に「左手だけで渡す」慣習が残り、海側では「右手で握り、最後は両手で返す」ことが多いとされる。
また、同じ祭でも別名で語られることがあり、山の麓では「誓輪の巡り」、港のほうでは「井戸の拍」と呼ばれることがある。ここから、神社が中心でありながら、実際にはや井戸管理の実務者が運営の中核にいるという見立てがなされるようになったとされる。
一方で、外部の記録では“乱交”の語が先行してしまい、札や拍子の細部が省略される傾向があったと指摘されている。結果として、祭の性格が“行為”から“手順”へ変わったのか、あるいは常に手順が中心だったのかが判別しづらい状態になったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『讃岐の境内記録と春灯し』香川郷土史資料館, 1931.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton, “Ritual Networks and Numbered Oaths in Rural Japan,” Journal of Comparative Festival Studies, Vol.12, No.3, pp.41-58, 1987.
- ^ 佐伯尚人『誓輪の読み替え:祭名語の翻訳運用』青葉書房, 1964.
- ^ 村上啓介「籾殻再起動の作法差異に関する覚書」『民俗技術年報』第7巻第2号, pp.201-219, 1999.
- ^ 田井岐神社編『神社掲示銅板集:左から右へ十四基』田井岐神社出版部, 1958.
- ^ 李成勲「拍子の社会学—三手三拍子の統制機構」『音韻と儀礼』第3巻第1号, pp.77-102, 2006.
- ^ Katherine W. Haldane, “On the Supposed ‘Disorder’ of Consecration Rituals,” The Review of Folklore Practice, Vol.27, No.4, pp.301-330, 2012.
- ^ 藤木理恵『伊讃岐村処女奉納乱交祭の数理』讃岐文献社, 2009.
- ^ 山田慎二『禁忌語の掲示設計:乱交という呼称と行政指導』国文社, 2016.
- ^ 井上清貴『讃岐の年中行事(第二版)』徳島図書刊行会, 1929.
外部リンク
- 伊讃岐村 田井岐神社 公式祭礼記録
- 香川春灯しアーカイブ
- 白木札の回覧図(館蔵)
- 九十九の影踏み講座ページ
- 誓輪の読み替え研究会