俺もお前も超バモス
| 名称 | 俺もお前も超バモス |
|---|---|
| 読み | おれもおまえもちょうばもす |
| 英語表記 | Oremo Omaemo Chōbamosu |
| 発祥 | 東京都渋谷区の深夜ラジオ圏 |
| 初出 | 1997年頃とされる |
| 分類 | 応援文化・即興合言葉 |
| 主な媒介 | ラジオ、携帯電話、掲示板、短文SNS |
| 中心人物 | DJ中川、詩人の西園寺ミツルとされる |
| 派生現象 | 超バモス手拍子、逆バモス返し |
俺もお前も超バモス(おれもおまえもちょうバモス)は、期の日本において流行したとされる、自己肯定と相互承認を同時に行うための掛け声である。元来は内の深夜ラジオ番組から広まったとされ、のちに上で儀礼化した[1]。
概要[編集]
俺もお前も超バモスは、相手を励ますと同時に自分も盛り上げることを目的とする言い回しである。単なる流行語ではなく、発声・拍手・肩の上下動を伴う半即興の集団行為として定式化されていたとされる。
名称に含まれる「超バモス」は、の vamos と、日本語の強調表現「超」が混交したものであるが、実際にはの深夜文化圏で「もう行くぞ」の意味に再解釈されたという説が有力である。ただし、初期の録音資料には意味が毎回変わっており、研究者のあいだでも「意味より勢いが先行した」とする見方が支配的である[2]。
歴史[編集]
ラジオ草創期[編集]
起源は夏、系の深夜帯で放送された匿名投稿番組「ミッドナイト・ポスト箱」の一コーナーに求められるとされる。担当DJのが、リスナーの失恋相談に対して「俺もお前も超バモスだ」と返したところ、局内で想定外の拍手が起き、翌週には再放送希望の葉書が届いたという。
この時点では単なる語尾の妙にすぎなかったが、番組プロデューサーのが放送事故対策として「感情を上げる決まり文句」として整備したことにより、半ば制度化されたとされる。なお、田島は後年『言葉に階段があるなら、バモスは三段飛ばしである』と述べたとされるが、出典は不明である[3]。
掲示板文化への移植[編集]
頃になると、この言い回しは携帯電話のメール定型文として若年層に浸透した。特に系の匿名掲示板では、失敗談や受験報告に対して「俺もお前も超バモス」が返礼として使われ、共感の表明でありながら内容はほぼ空虚という独特の用途を獲得した。
には、都内の高校生有志が「超バモス返し」の研究会を結成し、相手の自己肯定感を損なわずに会話を終了する技法を12類型に分類したとされる。とりわけ「左肩だけを上げながら言うと、説得力が18%増す」という実験結果は、後にの小冊子に引用されたが、統計処理の詳細は残っていない。
SNS時代の儀礼化[編集]
に入ると、俺もお前も超バモスは短文SNSで二次創作的に再定義され、絵文字や改行を含む「超バモス定型文」として爆発的に増殖した。とくにの春、内の就活生コミュニティで「内定がなくても超バモス、落ちても超バモス」と唱和する自助会が開かれ、参加者数は初回だけでに達したという。
この頃から、発話は単独では完結せず、右手で胸を二回叩き、最後に語尾を少し下げることが「正式作法」とされた。マナー講師のはこれを「感情の電源プラグ」と評したが、一方で宗教学者のは「都市型の擬似祝詞である」と分析している。
用法[編集]
俺もお前も超バモスの基本用法は、相手の失敗・迷い・停滞を受け止めつつ、強引に前進させることにある。辞書的には応援表現に分類されるが、実際には「一緒に滑る」「同じ船に乗る」「失敗を共同所有する」といった連帯感の演出に用いられた。
なお、では「超バモス」のみで成立する一方、では「俺もお前も」の部分を三拍遅らせるなど地域差が報告されている。さらに、以降はオンライン会議での沈黙を埋めるための決まり文句として再流行し、特に会議の終盤に発せられると参加者全員がうっすら笑顔になるとされる[4]。
社会的影響[編集]
この表現の最大の特徴は、励ましと同時に責任分散を行う点にあるとされる。心理学的には「共同行動の擬態」と呼ばれ、自己啓発の過剰な個人主義に対するカウンターとして支持された。
にはの学習塾が、受験生向けに「超バモス式朝礼」を導入し、欠席率が3週間で減少したと報告した。ただし、この数字は朝礼担当者が手元の電卓で算出したものであり、要出典とされている。いっぽう、の若者文化白書では、この語を知っていると答えたはにとどまったが、実際に使った経験がある者はその半数未満であったとされ、知名度のわりに実用性は低いことが示唆されている。
批判と論争[編集]
批判の中心は、意味が空疎であるにもかかわらず、場の空気を強制的に前向きにしてしまう点にある。教育現場では、失敗の反省より先に「超バモス」が出ることが問題視され、にはの非公式検討会で「感情先行型励まし語」のひとつとして議題に上がったとされる。
また、の一部研究者は、語感が軽快すぎるため深刻な相談に不向きであると批判したが、逆に臨床心理の現場では「重苦しい会話を一回だけ軽くする潤滑油」と評価する声もある。両論は現在も並立しており、決着はついていない。
関連文化[編集]
俺もお前も超バモスに付随する文化として、超バモス手拍子、逆バモス返し、無言バモス、二人称省略バモスなどがある。とくに逆バモス返しは、励ましに対して「いや、お前もだろ」と返しつつ、さらに語尾を伸ばす技法で、の大学サークルで体系化されたとされる。
には、のライブハウスで「超バモス朗読会」が開催され、詩人・インフルエンサー・保険外交員が同じ舞台で一斉に「俺もお前も超バモス」を朗読した。観客の7割が途中で笑い、残りの3割がなぜかメモを取り始めたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中川竜二『深夜帯の発話と都市的連帯』放送文化研究社, 2004.
- ^ 田島順子『語尾の発明史』文化放送出版局, 2006.
- ^ 西園寺ミツル『超バモス入門』東京言語学院叢書, 2009.
- ^ Margaret A. Thornton, "Collective Exclamations in Late-1990s Tokyo", Journal of Urban Linguistics, Vol. 18, No. 2, 2011, pp. 44-69.
- ^ 小泉丈二『擬似祝詞と現代儀礼』青弓社, 2013.
- ^ 松浦清夏『感情の電源プラグ』河出書房新社, 2015.
- ^ Hiroshi Watanabe, "The Pragmatics of Chōbamosu", East Asian Speech Studies, Vol. 7, No. 1, 2017, pp. 103-128.
- ^ 『首都圏若者言語調査年報 2003』首都圏若者言語調査会, 2004, pp. 88-91.
- ^ 文部科学省非公式検討会記録『感情先行型励まし語の可能性』, 2018, pp. 12-15.
- ^ 佐伯菜緒『俺もお前も超バモス現象の社会学』晩聲社, 2021.
- ^ Kenji Arakawa, "Why Everyone Said Vamos?" Tokyo Review of Social Phrases, Vol. 4, No. 3, 2022, pp. 5-19.
外部リンク
- 超バモス研究所
- 都市語彙アーカイブ
- 深夜ラジオ言語史センター
- 若者文化白書データベース
- 擬似祝詞資料館