全日本もう帰りたい協会
| 名称 | 全日本もう帰りたい協会 |
|---|---|
| 略称 | AJWGH |
| ロゴ/画像 | 青地に白い矢印と湯気の立つ事務机 |
| 設立 | 1994年4月1日 |
| 本部/headquarters | 東京都千代田区神田三崎町 |
| 代表者/事務局長 | 白川 省三 |
| 加盟国数 | 0 |
| 職員数 | 常勤17名、非常勤43名 |
| 予算 | 約2億8,400万円(2024年度) |
| ウェブサイト | ajwgh.jp |
| 特記事項 | 帰宅願望の標準化指標「WHS-12」を策定 |
全日本もう帰りたい協会(ぜんにほんもうかえりたいきょうかい、英: Japan Institute of Wanting-to-Go-Home, Inc.、略称: AJWGH)は、帰宅希求の実態調査と「帰りたい」という感情の社会実装を目的として設立されたである[1]。設立。本部は神田三崎町に置かれている。
歴史・沿革[編集]
全日本もう帰りたい協会は、内の中小事業者と文筆家を中心に創設された帰宅文化の擁護団体である。会員は「早く帰りたい」「もう無理である」といった感情を個人の怠慢ではなく、労働環境・移動事情・会議体制の複合現象として扱うべきだと主張している。
設置法上はに基づくであるとされるが、登記上の目的欄がやけに長く、法務局職員が3回読み直したという逸話が残る。また、機関誌『帰りたい通信』の発行を通じ、決議の周知、帰宅推奨時刻の提言、及び「今日くらいはもう帰るべきである」という啓発活動を行っている。
創設期[編集]
協会の前身は、代前半に周辺の喫茶店で開かれていた「終電前倒し研究会」である。発起人の白川省三は、深夜会議が多い編集者、広告代理店勤務者、そして帰宅を諦めた大学院生の3者が毎週水曜日に集まっていたことが、組織化の契機になったと回想している。
4月1日、会員12名で正式に創設され、本部は九段下の雑居ビル7階に置かれた。初期の活動は、帰宅意志を失った者に代わり、定時に机上の荷物を片づける「代理帰宅」制度の試行であり、1995年末には延べ1,283件の利用があったとされる[要出典]。
拡大と制度化[編集]
には、の委託調査「長時間拘束下における帰宅感情の変動」に協力し、帰りたい度合いを0〜12点で測るWHS-12を開発した。この尺度は、昼食後に急上昇し、を過ぎると一部の職種で逆に低下するという奇妙な曲線を示し、学会誌で小さな話題となった。
一方で、の金融危機後には会員数が急増し、だけで約6万4,000人が「準会員」として登録したと報告されている。協会はこの時期にの貸会議室を転々としながら、理事会を毎回「短めに」開催する方針を採用したが、最短でも92分かかっていたという。
組織[編集]
組織構成[編集]
協会の最高意思決定機関は年2回開催されるであり、その下に、事務局、及び地域支部が置かれている。理事会は「帰宅権利」「定時帰り推進」「会議短縮」「家路の安全」の4部会を所管し、いずれも議題が多いわりに結論が早いとされる。
事務局はの本部に設置され、会員の相談、統計調査、広報、そして「今日は帰ってよいか」を判定する相談窓口を担う。判定は三色札方式で行われ、青札は即帰宅、黄札は1時間以内に撤収、赤札は上長に直接抗議してから帰宅と定められている。
主要部局[編集]
主要部局には、帰宅文化研究部、終電対策室、惰性会議監視班、及び夜食抑制課がある。なかでも終電対策室は、・私鉄各社との協議を担当し、月末金曜におけるホーム混雑の推定値を毎月発表している。
また、帰宅文化研究部は、全国の玄関マットの摩耗度から家庭復帰速度を推定する「足元帰巣指数」を開発したとされる。これは学術的にはかなり疑問視されているが、協会内では「現場感がある」として根強い支持を持つ。
活動[編集]
啓発活動[編集]
協会は、、、などの主要都市で「帰りたいは恥ではない」を掲げる街頭キャンペーンを実施している。街頭配布物には、折るとちょうど定時で帰れるように見える時刻表型うちわが用いられ、の配布枚数は12万3,700枚であった。
さらに、企業向けには「会議45分制」「議事録先行配布」「退出のための沈黙時間」などを提案している。導入企業の一部では残業時間が月平均で14.2%減少したとされるが、同時に「帰りたくなる会議が増えた」との声もあり、評価は割れている。
調査研究[編集]
協会は毎年『全国帰宅希求白書』を公表し、都道府県別の帰りたい指数を算出している。上位は、、など「早く温泉に行きたい」「路面電車が少ない」「家が遠い」地域が並ぶことが多いとされる。
また、には、在宅勤務下でもなお帰りたくなる現象を扱った『帰宅の二重否定問題』を発表し、世界の労働研究者から「用語は奇妙だが現象は妙にわかる」と評された。なお、同書の巻末付録には「Zoom会議を閉じる音の心理効果」まで収録されている。
加盟国[編集]
国際機関ではないため加盟国は存在しない。ただし協会は便宜上、全国47都道府県を「準加盟地域」と呼び、各地の有志団体を地域代表として登録している。
なお、海外にも類似団体があり、の「もう家に帰りたい研究会」、の「下班促進聯盟」、の「Institut du Retour Immédiat」などと覚書を交わしたとされる。もっとも、いずれも年1回のオンライン合同総会で顔を合わせる程度で、実務上は互いに「今日は無理である」と言い合うだけの関係に近い。
歴代事務局長・幹部[編集]
初代事務局長はで、からまで在任した。彼は、定時帰宅率を「帰れるのに帰らない人を減らすこと」と定義したことで知られ、会内に小さな議論を呼んだ。
第2代はで、からまで務めた。浜口は広報の達人として評価され、駅貼りポスターに「無理なら帰れ」の一文を入れただけで相談件数が3倍になったとされる。
現事務局長はである。小笠原は元のダイヤ改正担当で、会議を15分短縮するだけで年間8,900人時の帰宅余力が生まれると主張している。副理事長には労務士、ライター、元スーパー店長が並び、組織としては妙に現場的である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 白川省三『帰りたい社会学序説』帰宅文化研究出版, 1998, pp. 11-48.
- ^ 浜口友理『WHS-12の開発と応用』日本帰宅研究学会誌 Vol. 4, No. 2, 2002, pp. 77-103.
- ^ 小笠原 恒一『会議短縮と帰宅余力の相関』労務政策評論 第18巻第3号, 2010, pp. 21-39.
- ^ Margaret L. Harrow,
- ^ Margaret L. Harrow『Homeward Impulse and Urban Fatigue』Journal of Applied Dismissal Studies Vol. 9, No. 1, 2011, pp. 5-29.
- ^ 藤井みさと『夜食抑制課の設立経緯』現代組織史研究 第7号, 2014, pp. 102-118.
- ^ Y. Sakamoto, 'Minutes, Meetings, and the Metabolism of Leaving', Tokyo Review of Social Rituals Vol. 12, No. 4, 2017, pp. 144-166.
- ^ 『全国帰宅希求白書 2023』全日本もう帰りたい協会調査部, 2024, pp. 1-214.
- ^ 中村直樹『帰宅の二重否定問題』生活時間学会紀要 第31巻第2号, 2022, pp. 55-81.
- ^ Catherine Bellamy『The Sociology of Long Goodbyes』Harbor Press, 2019, pp. 203-219.
- ^ 島田和彦『午後三時十七分の組織論』神田書院, 2021, pp. 8-17.
外部リンク
- 全日本もう帰りたい協会 公式サイト
- 帰りたい通信アーカイブ
- 全国帰宅希求白書 データベース
- WHS-12 解説ページ
- 帰宅文化研究所