八宝菜が食べたいからじゃんけんする協会
| 名称 | 八宝菜が食べたいからじゃんけんする協会 |
|---|---|
| 略称 | 八宝じゃん協 |
| 設立 | 1968年 |
| 設立地 | 東京都台東区上野 |
| 目的 | 八宝菜の注文権をじゃんけんで配分すること |
| 会員数 | 約4,800人(2023年時点) |
| 代表 | 会長 田所 恒一 |
| 機関紙 | 『中華と拳』 |
| 活動拠点 | 関東圏の中華料理店および社宅会議室 |
| 標語 | 「迷ったら、まずグーである」 |
八宝菜が食べたいからじゃんけんする協会(はっぽうさいがたべたいからじゃんけんするきょうかい)は、の献立決定をめぐってを制度化した任意団体である。内の中華料理店を母体として成立したとされ、食卓の意思決定を可視化する活動で知られる[1]。
概要[編集]
八宝菜が食べたいからじゃんけんする協会は、複数人で食事をする際に、誰が八宝菜を注文するか、あるいは誰が取り分けの優先権を得るかをで決める慣習を、半ば儀礼化した団体である。一般には単なる食卓の遊びとみなされるが、協会側はこれを「献立選択における公平性の可視化」と呼び、独自の審査基準と作法を整備している[2]。
発足当初はの中華料理店数軒に限られていたが、1970年代後半から会社の昼食会、町内会の忘年会、大学のゼミ合宿などへと浸透した。特に50年代のいわゆる“円卓型会議文化”と相性がよかったとされ、会長職が最も重視するのは料理の味ではなく「じゃんけんの敗者が納得できる説明の筋道」であるという[3]。
定義と活動範囲[編集]
協会は公式には「八宝菜をめぐる意思決定の摩擦を、短時間で、かつ笑いを伴って収束させること」を目的とするとされる。ただし実際には、店のメニュー表に八宝菜があるかどうかを確認するところから儀式は始まるため、活動範囲は単なる飲食マナーにとどまらない。
会員証の提示より先にじゃんけんを行う支部もあり、これを協会は「先決拳」と呼ぶ。2021年の内部調査では、会合の84.6%が“八宝菜の注文”ではなく“誰が盛り付け皿を取るか”で争点化していたとされ、要出典ながら協会史の中では重要な数値として扱われている。
名称の由来[編集]
名称は、創設者の一人であるが、会食の席で「八宝菜が食べたいからじゃんけんするしかない」と発言したことに由来するとされる。当初は冗談半分であったが、この発言が“食欲が先、理屈は後”という協会理念に転化した。
なお、初期の議事録には「八宝菜が食べたいから、まずじゃんけん」と書かれた箇所もあり、文言の揺れがそのまま派閥の分岐になったという。現在でも旧派は「食べたいからじゃんけん派」、新派は「じゃんけんした結果として食べたい派」と呼ばれている。
歴史[編集]
創設期(1968年-1975年)[編集]
協会の起源は、1968年夏、上野駅近くの中華料理店『蓮華楼』で行われた有志の昼食会にさかのぼるとされる。出席者12人のうち9人が八宝菜を希望したが、予算の都合で2皿しか頼めず、そこで最年少者が「決められないならじゃんけんである」と提案したのが始まりである。
翌月には簡易な会則が作られ、勝者が注文権を得る一方、敗者は“取り皿の配置係”を担うことになった。1972年には会員が147人に達し、東京都内の中華料理店7店と協定を結んだとされるが、文書の一部が水に濡れて判読不能であるため、正確な店舗数は今も議論がある。
制度化と拡張(1976年-1999年)[編集]
1970年代後半、協会は会則の整備を進め、三本勝負に限る「標準八宝拳」を制定した。これにより、単発の勝敗ではなく“注文に至るまでの空気”を含めて管理するようになった。1984年には所沢市の社宅自治会が導入し、夕食の献立決定に使われたことから一気に知名度が上がった。
1989年には機関紙『中華と拳』が創刊され、創刊号では「八宝菜は一種の合意形成装置である」とする論考が掲載された。また、同年の総会では、相手が「今日は天津飯の気分である」と主張した場合に限り、じゃんけんの前に深呼吸を3回行うという奇妙な追加規定が採択され、後に“呼吸条項”として物議を醸した。
現代の再評価(2000年以降)[編集]
2000年代以降、協会は若年層への浸透を図るため、スマートフォン用の「八宝拳トーナメント」アプリを配布した。2023年時点でダウンロード数は約18万件とされるが、そのうち7割は「本当に八宝菜が食べたい時にしか起動しない」という仕様のため、継続利用率は低い。
また、コロナ禍においては対面の会食が減少したため、オンライン会議の最後に“画面越しじゃんけん”を導入した。通信遅延によって勝敗の宣言がずれる事例が続出し、協会はこれを「時差拳」と名付けて研究対象にしたが、一般利用者からは単なる音声被りとして扱われた。
組織と作法[編集]
協会の基本単位は「一卓」であり、理事会よりも一卓会議が重視される。会長、監査役、配膳係、敗者係の4役が基本とされ、特に敗者係は“次回の八宝菜への執着を維持する”という曖昧な職務を担う。
作法としては、拳を出す前に「本日は八宝菜を所望する」と唱和する地方支部があるほか、関西圏では「せやけど、まずグーやな」と緩い標準化が進んでいる。なお、協会は衛生管理にも厳格で、箸を置いてからじゃんけんを始めるまでの時間を8秒以内と定めているが、この規定は現場ではほとんど守られていない。
内部には「硬派八宝派」と「副菜優先派」が存在し、前者は八宝菜そのものの獲得を重視し、後者は春巻きや餃子とのセット運用を支持する。この対立はしばしば会員証の色にまで波及し、2022年には青地に金文字の旧式会員証が“勝ちを呼ぶ”として中古市場で高値で取引された。
社会的影響[編集]
協会の影響は外食産業にとどまらず、学校の給食当番、企業研修、さらにはマンションのゴミ出し順序の決定にも及んだとされる。特に川崎市のある製造業では、班長決めをじゃんけんで済ませる習慣が協会由来と主張され、労使協議の資料にまで引用された。
また、食卓での衝突を減らしたことから、地域の家族関係を円滑にしたという評価がある一方で、「八宝菜が欲しいという感情を過度に神聖化している」との批判もある。協会はこれに対し、八宝菜とは単なる料理ではなく、9種の具材が同居する“調停の縮図”であると反論している[4]。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、八宝菜の“八”が実際の具材数と一致しない場合にじゃんけんの効力が弱まるのではないか、という問題である。協会は「八は完成数ではなく、調和の目標値である」と説明しているが、地方支部の中には具材が7種類の店を正式加盟店として認めないところもある。
また、2020年には、総会の決議が全会一致ではなく“全員がじゃんけんに参加したうえでの多数感”で成立したことが判明し、議事録の信頼性が問われた。さらに、一部研究者からは、協会の活動は実際には中華料理店の売上向上キャンペーンではないかとの指摘があり、現在も議論が続いている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田所 恒一『八宝拳の成立と都市中華圏』東洋食文化研究社, 1991.
- ^ 佐伯 みどり『じゃんけん儀礼の社会学』新曜社, 2004.
- ^ N. Thornton, “Hand Signs and Shared Platters: A Japanese Urban Case Study,” Journal of Culinary Anthropology, Vol. 12, No. 3, pp. 44-71, 2011.
- ^ 石橋 健三『中華店における合意形成技法』ミネルヴァ書房, 1988.
- ^ M. A. Sutherland, “Decision Rituals in Communal Dining,” East Asian Review of Social Practice, Vol. 8, No. 1, pp. 9-28, 1997.
- ^ 『中華と拳』創刊号、八宝じゃん協機関紙編集部, 1989.
- ^ 高岡 俊介『円卓会議の民俗誌』勁草書房, 2009.
- ^ 林田 玲子『副菜が先か、拳が先か』講談社、2016.
- ^ P. K. Watanabe, “The Eight-Treasure Paradox,” Proceedings of the Society for Applied Tabletop Studies, Vol. 5, pp. 101-119, 2020.
- ^ 山門 一夫『時差拳入門――オンライン会議の新作法』青林館, 2022.
- ^ 『八宝菜と三回の呼吸』都市食文化叢書編集委員会, 1977.
- ^ Eleanor Finch, “When Janken Organizes Lunch,” Bulletin of Metropolitan Food Systems, Vol. 19, No. 2, pp. 201-220, 2023.
外部リンク
- 八宝じゃん協公式アーカイブ
- 中華と拳デジタル版
- 都市食卓文化研究所
- 関東円卓作法委員会
- 八宝拳トーナメント案内