初代Wikipedia
| 開始年 | 2001年 |
|---|---|
| 主な運営形態 | 手動投稿・台帳照合 |
| 編集単位 | 「項目札」単位 |
| 初期サーバ | ケンブリッジ風データセンター試験機 |
| 採用ライセンス | 閲覧自由・再配布申請制(暫定) |
| 当時の閲覧経路 | 校内ネットワークと回覧ページ |
| 運営上の最重要指標 | 「脚注の一致率」 |
(しょだいウィキペディア)は、参加者が手動で原稿を「貼り付け」ではなく「書き写す」方式で運営された、初期の百科事典プロジェクトである[1]。後年の自動編集文化と比べ、当時の運用は物理的な台帳・印刷規程に支えられていたとされる[2]。
概要[編集]
は、後に一般化する「誰でも編集できる」概念が形になる前の段階として語られることが多いプロジェクトである。特徴は、単にページを公開するのではなく、編集内容が台帳と照合されてから反映される運用にあった点である[1]。
とくに初期には、投稿者が作成した原稿を「貼り付け」ではなく、専用の様式に沿って“手書きからの転記”を行う必要があったとされる。転記工程は退屈だが、結果として語彙の統一と出典欄のフォーマットが揃い、後年の百科事典的統一感を先取りしたとも説明される[3]。
なお、当時の利用者は検索よりも、図書館員が作った「主題別回覧ルート(通称:輪読配送)」を入口としていたとする証言が残っている。初代の“検索”はあくまで付録で、最初の1か月は、アクセスログがほぼ全部「回覧番号」の閲覧履歴で構成されていたという[4]。
成立と選定基準[編集]
初代Wikipediaが構想された背景としては、当時の大学図書館で発生していた「レファレンス洪水」への対処が挙げられている。具体的には、1998年から2000年の間に、閲覧者の質問が年間約件ずつ増え、特に“辞書的要約”を求める問い合わせがで膨張したとする内部報告が引用されている[5]。
プロジェクトの選定基準は、単語の網羅性よりも「引用の再現性」を優先する設計であった。記事の本文に対して、脚注が同一ページ番号体系に収まるかを機械的に判定する“脚注の一致率”が、初代の採用判断に直結していたとされる[2]。
また、項目の採否は「新規性」だけでなく「返品不能性(いったん公開すると訂正が難しいこと)」も勘案された。編集者のあいだでは“返品不能性が高い項目ほど重要”とされ、たとえば法令名・固有名詞・地名は原稿段階で三重に確認される運用になっていたという[6]。
ただしこの方針は、後年のWikipedia的精神とは一部で齟齬があったとも指摘されている。とくに“編集速度より正確性”が勝ちすぎた結果、初期の新規項目の公開までに平均かかっていたとされ、週次の更新が“季節行事”のように扱われた[7]。
運営体制[編集]
台帳照合と「項目札」[編集]
初代Wikipediaの運営は、ウェブ画面よりも先に「項目札(こうもくふだ)」が中心だったと記されている。項目札は各編集内容に対応する番号票であり、閲覧者がリンクを辿る際にも、内部的にはその番号票がキーとして扱われたとされる[1]。
投稿者は項目札番号を申請し、その番号に対して“原稿の転記”を行った。転記後、台帳の記載(原文・改変履歴・脚注欄の版数)と照合され、通過したものだけが公開された。照合に落ちた場合は、原稿が「一時保管棚(いちじほかんだな)」に移され、次回の公開日に回される仕組みだったと説明される[3]。
この運用は、外部から見ると奇妙に思える一方で、編集者によると“誤字の伝播を統計的に抑える”目的があったという。実際に初期の誤字は、台帳照合前の段階で約発生したが、照合後はにまで下がったとする記録が伝えられている[8]。
編集者と検閲係の役割[編集]
編集者のほかに、当時は「検閲係(けんえつがかり)」と呼ばれる役職が置かれていたとする。もちろん現代的な意味での検閲ではなく、出典形式の統一や地名の表記揺れを潰す“編集審査”の色合いが強かったとされる[6]。
検閲係には、出身の校正担当、のような人物が関与していたと伝えられている。彼女は「脚注欄は論拠であり、飾りではない」として、提出原稿の余白にまで測定線を引かせたという逸話が残る[9]。
一方で、初代Wikipediaの理念に共鳴した若い参加者は「審査があるなら“誰でも”ではない」と不満を漏らした。これが議論となり、公開の可否を決める会議は毎週に固定されたが、参加者が集まらない日は“13:12にだけ動作する時計”が使われた、という妙な記録がある[10]。
技術とインフラ[編集]
初代Wikipediaの技術は、一般のウェブサービスよりも図書館情報管理(LIM)を意識したものであったとされる。初期サーバは常設ではなく、季節ごとに入れ替える運用で、冬季はの小規模データセンターに接続し、夏季は冷房規定を満たす別室へ移されていたという[5]。
アクセスの制御は、IPアドレスではなく“回覧番号”に基づいていた。回覧番号を持たない利用者は閲覧できないよう見えるが、例外として「研究室カードを提示した者」のみに閲覧を許可したとされる。この運用により、閲覧ログには“研究室カード番号”が大量に記録されることになったが、後年の解析で「閲覧者の居場所が図書館の棚番と一致する」現象が発見された[4]。
また、初代の検索は索引語ではなく“脚注の版番号”を手がかりに行う仕様だった。利用者が「うまく検索できない」と苦情を言うと、運営は「検索とは、正しい版番号にたどり着く行為である」と回答したとされる[2]。ただし、この仕様は普及の障害にもなり、のちに検索が項目名中心へ移行していく流れへ繋がったと説明される。
社会への影響[編集]
初代Wikipediaは、百科事典の“更新速度”ではなく“再現性の文化”を持ち込んだとされる。特に大学や研究機関では、メモ的なまとめではなく、脚注形式と版管理を含む文章を書くことが評価されるようになったという[7]。
また、手動投稿が生んだ間接効果として、参加者は編集作業を通じて出典の読み方を学ぶことになった。参加者の座学では、出典カードの作り方が“1枚目は要約、2枚目は批判、3枚目は本文のどこに結びつくか”のように細分化され、実務が半ば教育化したとされる[9]。
さらに、社会側の反応としては、新聞社が「引用が追える百科」として取り上げたことが挙げられる。報道の見出しには『で増える“正確さ”の新しい百科』といった表現が用いられ、地方の図書館でも回覧ルートを真似する動きが起きたとされる[5]。
一方で、初代Wikipediaを“遅いが固い”と評価する一派と、“手続きが重いから参加が減る”と批判する一派が早期から併存していた。結果として、初代の経験は後年のWikipediaの制度設計(より軽い編集の仕組み)に影響したと、関係者回顧談ではまとめられている[10]。
批判と論争[編集]
初代Wikipediaの最大の論争点は、理念と運用のギャップであった。「誰でも編集できる」という言葉が独り歩きする一方で、実際には転記・照合・審査の工程があり、参加には“時間と形式”が必要だったとされる[6]。
また、台帳照合により誤字は減ったが、別の種類の問題が生まれた。すなわち、誤字を恐れるあまり“差分を出さない編集”が増え、記事が無風状態になる現象が観測されたという。編集ログの差分率は最初ので平均に落ち込み、運営は「正しさのための静寂である」と説明したとされる[8]。
さらに、地名の表記統一に関して争いが起きた。たとえばの表記は「Edinburgh」固定が推奨される一方で、一部参加者は方言由来の別表記を提案した。検閲係は“方言は詩としては尊いが百科ではログに残る”と述べたが、逆にこれが地方文化を矮小化したとして反発を招いたとされる[9]。
この論争は、初代Wikipediaの“正確さ”が“文化の揺れ”をどこまで吸収できるかという問題に広がった。のちに制度が軽量化される過程で、初代の手続きの経験が参照されたとも指摘されているが、当事者の評価は割れていたとされる[2]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Richard H. Pemberton『台帳照合がもたらす百科の安定性:初代運用の統計』Cambridge University Press, 2002.
- ^ Mary Whitcombe『脚注の一致率と参加者心理—“正確さの静寂”の実測』Journal of Reference Systems, Vol. 3, No. 2, 2003.
- ^ Liang Chen『輪読配送モデルの設計思想:検索が脚注番号から始まる理由』Proceedings of the International Library Network, Vol. 11, No. 1, pp. 44-61, 2004.
- ^ 【実在書名ではない】
- ^ Nora Kline『回覧番号によるアクセス制御とログ解析:研究室カードの匿名性検証』Library Information Management Review, 第5巻第2号, pp. 120-138, 2005.
- ^ Ayesha Rahman『地名表記の統一と文化摩擦:エディンバラ表記論争の再構成』Atlas of Scholarly Practices, Vol. 7, No. 4, pp. 301-322, 2006.
- ^ Ethan W. Mercer『手動投稿から自動編集へ:初代経験が制度へ与えた影響』Comparative Editorial Systems, Vol. 9, No. 3, pp. 77-95, 2007.
- ^ Sven Berg『“返品不能性”の概念と採否基準:初期項目審査の運用文書分析』Journal of Archival Web Practices, Vol. 2, No. 1, pp. 1-19, 2008.
- ^ 田中祐司『引用が追える百科の社会史:輪読配送時代の図書館改革』新潮学術文庫, 2010.
- ^ 桑原明人『脚注一致の工学:初代Wikipediaに学ぶ編集品質管理』朝日ワークフロー出版, 2012.
- ^ Michael J. O’Rourke『First Wikipedia: A Quiet Revolution of Notes』Oxford Digital History Society Press, 2013.
外部リンク
- 輪読配送アーカイブ
- 台帳照合研究会
- 項目札コレクション
- 脚注の一致率シミュレーター
- 検閲係と編集審査の記録館