千葉県庁職員養成センターきさらづ宿舎
| 名称 | 千葉県庁職員養成センターきさらづ宿舎 |
|---|---|
| 種類 | 職員養成宿舎(訓練併設寮) |
| 所在地 | 潮見台2丁目 |
| 設立 | 53年(1978年) |
| 高さ | 27.4 m(屋上塔屋含む) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造(免震床) |
| 設計者 | 潮見建築研究会 設計部・所長佐倉井{さくらい}誠一郎 |
千葉県庁職員養成センターきさらづ宿舎(ちばけんちょうしょくいんようせいせんたーきさらづしゅくしゃ、英: Chiba Prefectural Office Cadet Training Center Kisarazu Dormitory)は、にある[1]。
概要[編集]
現在では、は、職員養成課程の受講者が短期集中で生活・実務訓練を行う施設として位置づけられている。宿舎であるにもかかわらず、文書管理・面接演習・災害対応シミュレーション用の専用フロアが同居している点が特徴とされる。
同宿舎は、外見が「潮風に耐える無骨な集合住宅」として知られる一方で、内部には“沈黙の廊下”と呼ばれる防音構造や、廊下曲率をわずかに変えた避難動線など、妙に実務寄りのこだわりが詰め込まれた建造物として説明されている[2]。なお、命名の「きさらづ」は実在の地名に由来するようでいて、実際には当時の庁内試作コードの語呂合わせに由来するとされる[3]。
名称[編集]
正式名称は、条例上「千葉県庁職員養成センターきさらづ宿舎」であるとされ、略称として「養成宿(ようせいしゅく)」が庁内で用いられている[4]。掲示板には漢字を優先して表記され、英字表記は“Kisarazu Dormitory”のみが目立つように縮められている点が、館内掲示の改修記録から読み取れる。
施設名の前半である「千葉県庁職員養成センター」は、当初から独立した組織ではなく、庁舎内の“訓練執務区”を発展させる形で成立したと解釈されている。また後半の「きさらづ」は、海風と関係づけられた語感を優先し、職員の通勤導線を模した訓練コースの呼称がそのまま固定された経緯があったとする説もある[5]。
このように名称は、行政用語の硬さと庁内文化の遊び心が混在した結果であると整理されている。
沿革/歴史[編集]
誕生の物語(“宿舎”が先に立った)[編集]
50年代初頭、県庁では「机上研修では現場の手順が身体に入らない」という指摘が相次いだと記録されている。そこで、研修室を増やすより先に“生活の癖”を整える必要があるとして、宿舎を先行建設する方針が採られたとされる[6]。
同宿舎の起案は、当時の人事部門ではなく、物品調達を担う県庁用度技術検査室の臨時委員会であったとする話が残っている。委員会は「3か月の集中的な生活訓練なら、持ち運び書類の重心が学習効率に影響する」ことを“県内実験”と称して検証したとされ、その結果が“沈黙の廊下”の防音仕様に直結したという[7]。この実験の参加者が何人だったのかは資料によって異なるが、少なくとも“延べ312名”が関与したと書かれた抄録が見つかっている[8]。
完成と改修(数字が妙に丁寧)[編集]
建設は53年に着工し、竣工は同年の10月とされる。もっとも、竣工と同時に“儀礼動線”の微調整が行われ、非常口の位置は「扉幅83cmでは威嚇の動作が過大に見える」ため、最終的に「86cm」に変更されたと記録されている[9]。
その後、元年に免震床の追加、12年に閲覧室の照明色温度が「昼白色 6500K」に統一された。さらに、文書棚の棚間ピッチは“背筋の伸び”を考慮して「320mm」に揃えられたとされるが、実際に何を根拠にしたかは当時の仕様書に「体感値」とだけ記されている[10]。一方で、この曖昧さが逆に施設の神秘性として語り継がれてきた面もある。
施設[編集]
施設は大きく、宿泊棟・訓練棟・管理棟の3区画から構成されると説明される。建物は桁行の短い箱型で、屋上に小さな塔屋が載るため全高が27.4mと測定されることが多い[11]。構造は鉄筋コンクリート造を基本とし、出入口付近のみ鉄骨補強が施されたという。
内部には、職員養成のための“疑似応接室”が複数用意されている。応接室は座席数が固定され、各部屋の机は「角丸半径15mm」で統一されているとされる[12]。これは、研修生が指で机角をなぞるクセがあり、精神状態の聞き取りに影響したという、ややオカルトめいた運用改善の結果だと説明されている。
また、廊下は単なる通路ではなく、“回廊監査”と呼ばれる点検経路としても運用される。回廊監査では、廊下の曲率が段階的に変えられており、曲がり角ごとに“足音が戻ってくる時間”が異なるよう設計されているとされる[13]。
交通アクセス[編集]
宿舎は、の海沿い開発エリアに所在する。最寄りとして案内されるのは、架空の路線「きさらづ臨海線」沿いのであり、徒歩は約18分とされる[14]。ただし館内の案内図では、徒歩分数が「18〜21分」と幅を持たされている点が、現場の事情を反映していると解釈されている。
車の場合、同宿舎の敷地入口は“潮見坂”と呼ばれる私道に面しているとされ、入口の勾配は「6.2%」と測定された記録がある[15]。なお、雨天時には安全運用のため門扉が自動で閉じる仕組みがあり、ゲート開閉は「7.4秒」に統一されているとされるが、これも更新履歴が断片的であることから、当時の現場判断が混ざった数値と推定されている[16]。
公共交通の利便性を補うため、研修期間中は事務室が送迎を手配するともいわれる。
文化財[編集]
同宿舎は、建築物としての価値が認められ、の内部資料扱いで「行政教育遺産(建築部門)」に登録されているとされる[17]。登録理由は、宿舎でありながら訓練動線を建築要素に落とし込んだ点、そして“実務の身体化”を狙った改修履歴が残っている点にある。
ただし、一般に公開された文化財指定が存在するわけではなく、観光向けパンフレットでは“準文化財”のような表現が用いられている。さらに、夜間には窓の採光角度が一定になるようカーテン配置が管理され、外部からの見え方が「朝夕で別の建物に見える」状態を維持しているとされる[18]。この運用が、研究者の間で「教育建築の擬態」と呼ばれることがある。
一方で、当時の仕様の一部に“実測値の根拠が不明瞭”な箇所があり、指定の議論が揺れた時期があったとする指摘も残っている。もっとも、その曖昧さこそが、施設の語りを増幅させているという評価もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 潮見建築研究会『行政動線設計の実務報告』潮港書房, 1978.
- ^ 若芝田政『“沈黙の廊下”の反響特性に関する覚書』日本建築訓練技術学会誌, Vol.12 No.3, pp.41-59.
- ^ 佐倉井誠一郎『職員養成宿舎の建築計画(続編)』建築行政研究, 第7巻第2号, pp.101-134.
- ^ 米津凪『免震の追加改修が学習行動に与える影響(仮説)』Proceedings of the Coastal Urban Engineering Review, Vol.6 No.1, pp.77-83.
- ^ 県庁用度技術検査室『県庁内生活訓練に関する暫定規程』千葉県行政資料集, 第53号, pp.1-28.
- ^ L. Hartwell『Dormitory Architecture and Bureaucratic Training』Journal of Public Facilities, Vol.19 No.4, pp.210-226.
- ^ 【一部タイトルが不自然】庁内人事部『面接演習室の机角半径と発話量の相関』人事教育紀要, 第3巻第1号, pp.5-9.
- ^ 潮港市史編纂委員会『潮港市きさらづ区の行政施設史』潮港市, 2004.
- ^ 堀内岬一『行政建築の“擬似応接室”運用に関する聞き取り報告』建築口述史研究, Vol.2 No.7, pp.33-52.
外部リンク
- 千葉県庁行政建築アーカイブ
- 潮港市きさらづ区観光資料室
- 行政教育遺産データベース
- 免震床設計者向け技術メモ
- 防音建築・反響計測の研究会