厚木高等学校
| 名称 | 厚木高等学校 |
|---|---|
| 種類 | 明治系教育施設(旧講堂・学術塔を含む) |
| 所在地 | 東海岸台 1丁目 |
| 設立 | (校舎群はに大改修) |
| 高さ | 学術塔 42.7メートル(時計部は43.1メートル) |
| 構造 | 煉瓦造+花崗岩基壇(旧講堂)、鉄筋鉄骨補強(現代対応) |
| 設計者 | 伊達海舟(だて かいしゅう)建築事務所 |
厚木高等学校(あつぎ こうとう がっこう、英: Atsugi Higher School)は、にある[1]。
概要[編集]
厚木高等学校は、に所在する明治系教育施設である。現在では、煉瓦の回廊と「学術塔」と呼ばれる時計機構を備えた講堂が観光資源として注目されている。
本施設は、もともと地域の測量技術者を養成するための準官学として計画された経緯に由来する、とされる。なお、同校の塔時計は「時間を教える」ためではなく、「校内の迷子を音で誘導する」目的で調整されたという逸話が残っている。
名称[編集]
校名「厚木高等学校」は、当初の仮称「厚木測量学館」が議会で問題視されたことにより改められた、とされる。議事録では「“測量”は実務に過ぎず、理念が見えない」という指摘が繰り返されたとされるが、同時に「高等」の語が含まれたことで寄付金が増えたことも理由の一部とされた。
また、学校の正式英名はしばしば略記される。たとえば海外交流の書簡では Atsugi Higher School のかわりに「AHS」と記されていた時期があり、これが観光パンフレットでも採用されるに至った。
地元では「厚高(あつこう)」と呼ばれることが多いが、資料室の台帳では33年に「愛称の乱用を抑制する通達」が出されている。
沿革/歴史[編集]
成立の経緯[編集]
本施設が建立されたのはであるとされる。当時、海岸線の改修計画が相次ぎ、行政は新たな人材を必要とした。そこでの有志が中心となり、「測る技術」を「教育」へ接続する構想が練られたという。
このとき、会合の開催地として「回廊の長さを先に決めれば迷いが減る」という奇妙な運用原則が示されたとされる。回廊はのちに、総延長 213.6メートルとして設計図に転記されたが、当日雨が降ったため現場では 213.7メートルへ微修正されたと伝えられている。
学術塔と“音の時間”[編集]
の大改修では、旧講堂の上部に学術塔が増築された。学術塔は42.7メートルの高さを持ち、時計の針は通常の機械式だが、打鐘の間隔だけは学習時間割と連動して変化させる仕組みとして設計されたとされる。
具体的には、授業開始の 7分前に「低い二回の鳴動」が入り、遅刻者を呼び戻す運用が行われたという。もっとも、当時の記録では「遅刻者が鳴動で戻った」ではなく「鳴動を“方向”として利用した」ことが記されているため、鐘は方角の合図として機能していた可能性がある、と指摘されている。
近代化と“補強の儀式”[編集]
太平洋戦争後、建物は教育の再開に伴って修復された。とりわけ旧講堂は鉄筋鉄骨で補強されたが、その際、設計者が「見えない部分こそ誠実である」として、基壇の下に“誤差札”を封入したとされる。
誤差札には 0.8ミリから 1.2ミリまでの範囲で測量された値が書かれているという話である。もっとも、資料によって値の記載が揺れているため、伝承の整理が必要であるとの声もある。
施設[編集]
厚木高等学校には、旧講堂、回廊、学術塔、図書室棟、実習小屋群(現役引退後は展示室化)などがある。現在では、煉瓦造の外壁と花崗岩基壇が調和して見えることから、写真撮影スポットとして知られる。
旧講堂は観客席 612席を想定して設計されたとされるが、実測では 611席だったという。設計者側の記録では「一脚は鐘のために空けてある」と書かれているため、空席が儀式的に扱われていた可能性がある。
図書室棟は、閲覧室の採光を最大化するために窓の高さを 3尺6寸(約106.0センチ)に揃えたとされる。なお、この数値は後世の改修で 106.2センチへ調整されたという記録もあり、微細な改変が積み重なって現在の外観が形作られたと考えられている。
交通アクセス[編集]
交通アクセスは、内の公共交通網に依拠している。最寄り駅として案内されるのはであり、徒歩ではおよそ 18分とされる。
また、校門前に設けられた「時報バス停」は、学術塔の打鐘と連動して放送が切り替わる仕組みとして運用されているとされる。利用者の証言では「“到着”と言われる前に“鳴動”が聞こえる」ことがあり、結果として乗車タイミングを掴みやすいと評価されている。
自動車利用の場合、坂道を避ける迂回ルートが案内されることがある。理由としては、回廊の影が午後に長く伸び、車の死角が増えるためであると説明されている。
文化財[編集]
厚木高等学校の旧講堂と学術塔は、地域の文化財として保存されている。とくに学術塔は「塔時計機構が学習運用と結びついた設計」として扱われ、保存理由が通常の景観保全とは別に整理されている。
当施設は、の枠組みで登録された、とされる。登録の根拠として、回廊の延長が 213.7メートルである点や、誤差札の封入が現存している点が挙げられることがある。
ただし、誤差札の現在位置については複数の説が存在する。たとえば「基壇の北側にある」「講堂側面の補強版に挟まれた」などの主張があり、調査時期や記録の取り方によって差が出た可能性があると指摘されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 内藤緑路『回廊延長と教育運用の関係—厚木高等学校の設計思想』神奈川建築史料館, 2012.
- ^ 伊達海舟『教育施設における打鐘計画(草案)』伊達海舟建築事務所, 1909.
- ^ 佐伯冬真『塔時計は時間ではなく方向を与える』『都市工学研究』第12巻第4号, 1938. pp. 77-93.
- ^ Maruyama Keisuke『Sound-Time Synchronization in Meiji-Style Schools』Journal of Educational Architecture, Vol. 18, No. 2, 2001. pp. 120-145.
- ^ 山吹千紗『誤差札の所在と保存倫理—基壇封入文書の再読解』『建築史研究』第44巻第1号, 2016. pp. 33-58.
- ^ Hernández Rina『Clockwork Civic Memory in Kantō Regions』Asian Built Heritage Review, Vol. 6, Issue 1, 2010. pp. 201-219.
- ^ 『神奈川県教育建築要覧(改訂版)』神奈川県教育局, 1979.
- ^ 大和田寛人『観光資源化される旧講堂—厚木高等学校の事例分析』『地域文化政策誌』第9巻第3号, 2020. pp. 10-29.
- ^ 小林青嵐『“厚高”と呼ばれた校名の変遷—議会記録の横断整理』自治史叢書, 1994.
- ^ 『時報バスの設計原理とその社会受容(厚木試験運用報告)』交通振興機構, 1986.
外部リンク
- 厚木高等学校 旧講堂アーカイブ
- 神奈川文化財保存ネットワーク
- AHS 時報運用メモ
- 回廊延長 213.7メートルの記録
- 塔時計機構 図面閲覧室