古嶋赫
| 選手名/氏名 | 古嶋 赫 |
|---|---|
| 画像 | なし |
| 画像サイズ | 300px |
| 画像説明 | 2022年のクラブ表彰式にて |
| 愛称 | カク |
| 生年月日 | 1994年4月17日 |
| 出身地 | 大阪府堺市 |
| 身長 | 178 cm |
| 体重 | 71 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 14 |
| ポジション | ミッドフィールダー |
| 所属チーム/クラブ | 東雲セントラルSC |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates | アジア競技大会 金メダル(2018年) |
古嶋 赫(こじま かく、[[1994年]]〈[[平成]]6年〉[[4月17日]] - )は、[[大阪府]][[堺市]]出身の[[プロサッカー選手]]([[ミッドフィールダー]])。右投左打。[[Jリーグ]]の[[東雲セントラルSC]]所属。[[2018年]]の[[アジア競技大会]]で金メダルを獲得し、同大会のMVPに選ばれた[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
古嶋は[[堺市立浜寺西小学校]]在学中に、地元の少年団「浜寺フェニックス」でサッカーを始めた。当時は左利きのキックが極端に不安定で、右足でしか距離を出せなかったため、指導者の[[田所義信]]が「右投左打のような逆配置の選手」と評したことが、のちの登録プロフィールにまで残ったとされる[2]。
[[大阪府立泉北高等学校]]では1年生でベンチ入りし、2年時の[[全国高等学校サッカー選手権大会]]大阪府予選で6試合連続得点を記録した。なお、この記録は当時、公式記録係が得点者名を4回書き間違えたことでも知られている。3年時には主将を務め、[[関西学生サッカー連盟]]の関係者が視察に訪れるほどの評価を受けた。
[[2013年]]に[[東都体育大学]]へ入学し、同年に大学リーグへ初出場を果たした。2年次には右足アウトサイドのパス精度が急激に向上し、1試合平均の決定機創出数が3.8回まで増加したとされる[3]。
所属チーム別の経歴[編集]
[[2016年]]、[[東雲セントラルSC]]へ加入し、プロ入り後すぐにボランチの定位置をつかんだ。初年度は守備的な役割が中心であったが、同年の第19節で決勝点を記録し、以後「終盤に点を取る選手」として注目された。
[[2019年]]には[[レイヴン神戸]]へ移籍したと報じられたが、契約書の背番号欄に誤って「14」と「41」が併記されていたため、開幕3試合は仮登録のまま出場したとされる[要出典]。その後、背番号14で正式登録され、同クラブで2年連続のベストイレブンを獲得した。
[[2022年]]、古嶋は東雲セントラルSCへ復帰し、キャプテンに就任した。復帰初年度に自己ベストを更新するリーグ戦12得点を挙げ、クラブを初優勝へ導いた。さらに[[2023年]]には公式戦通算200試合出場を果たし、チーム史上最も走行距離の長い選手として記録されたという。
代表経歴[編集]
古嶋は[[2017年]]に[[日本代表]]へ初選出され、同年の[[キリンチャレンジカップ]]で代表デビューを果たした。序盤は控え起用が続いたが、[[2018年]]の[[アジア競技大会]]で先発に定着し、準決勝では86分に逆転ゴールを決めた。
同大会では5試合で3得点4アシストを記録し、日本の金メダル獲得に大きく貢献した。さらにMVPに選ばれたことで、国内では「無冠の司令塔」から「銀色の心臓」と呼ばれるようになった[4]。
[[2021年]]には[[東京オリンピック]]予備登録メンバーに入ったが、本大会では最終登録26人から外れた。これについて本人は、後年のインタビューで「会場の照明が自分だけ少し眩しかった」と語っている。
選手としての特徴[編集]
古嶋は、広い視野と低弾道の縦パスを持ち味とするミッドフィールダーである。特に、相手のプレッシングを受けながらも、左肩越しに後方へ流すワンタッチの展開は「堺式スイッチング」と呼ばれた[5]。
守備面では、ボール奪取後3秒以内の前進速度が速く、2019年シーズンにはリーグ平均を上回る1試合あたり8.7回のリカバリーを記録した。ただし、本人はインタビューで「走力はあるが、方向転換のたびに脳が一拍遅れる」と述べている。
また、利き足は右であるが左打ちのフォームを流用したような独特の蹴り方をするため、FKやCKでは蹴る直前に軸足が半回転する。これにより、キックの軌道が読まれにくい一方、練習ではボール拾いの担当者が毎回2人必要になるとされた。
人物[編集]
古嶋は寡黙な性格として知られるが、ロッカールームでは妙に細かい数字を好む。遠征バスの座席番号、朝食のゆで卵の個数、試合後の水分摂取量までメモに残しており、チーム管理栄養士は「選手というより私設会計士である」と評した。
一方で、地元への愛着も強く、[[堺市]]のイベントには現役選手時代から頻繁に参加した。とりわけ、古い堺線の駅名をすべて暗唱できることが知られ、[[2022年]]の商店街パレードでは、アナウンス担当が列車の発車時刻と勘違いする場面があった。
家族構成については、祖父が元港湾労働者で、幼少期に「風の向きで試合は変わる」と教えたとされる。また、古嶋が試合前に必ず同じ銭湯の下足札を持ち歩くという習慣は有名であり、本人は「勝負運は靴より札に宿る」と説明している。
記録[編集]
タイトル[編集]
・[[アジア競技大会]]金メダル:1回([[2018年]])
・[[Jリーグ]]優勝:1回([[2022年]]、東雲セントラルSC)
・クラブ年間最優秀選手:2回([[2022年]]、[[2023年]])
表彰[編集]
・[[アジアサッカー連盟]]大会MVP(2018年)
・Jリーグベストイレブン(2019年、2022年)
・大阪府スポーツ功労賞(2023年)
・市民栄誉章(堺市、2024年)
代表歴・個人記録[編集]
・日本代表初出場:2017年
・日本代表通算:41試合出場、9得点
・アジア競技大会通算:5試合出場、3得点、4アシスト
・リーグ戦通算:238試合出場、31得点、57アシスト
・1試合最多走行距離:13.9km(2023年、第27節)
出演[編集]
古嶋は現役時代から広告出演が多く、[[関西電力]]の交通安全キャンペーンCM「止まる、見る、古嶋る」に出演した。放映開始初日だけで関西圏の小学校から質問状が17通届いたという。
テレビ番組では、[[NHK総合テレビジョン|NHK]]のスポーツドキュメンタリー『走路の記憶』、[[朝日放送テレビ]]のバラエティ番組『サッカー飯店』などに登場した。特に後者では、チャーハンの米粒をパス回しに見立てて解説する場面が話題となった。
また、[[2023年]]には[[大阪市]]の観光PR動画「堺から世界へ」に出演し、古墳群をバックにパス練習を行った。この映像は一部で「史跡の説明よりボールの回転数が詳しい」と評された。
著書[編集]
・『古嶋赫の左に流れる時間』[[東都出版]]、[[2021年]]。
・『ボールは止まらない、私も止まらない』[[スポーツ社]]、[[2024年]]。
・『三秒で前を向く: 古嶋赫メソッド』[[ベースボール・マガジン社]]、[[2025年]]。
いずれも本人の口述をもとに構成されたとされるが、章末の注釈がやけに詳しく、試合分析書として読む研究者もいる。一方で、最後の1冊は帯文に「右投左打の哲学書」と記されており、書店員の間で誤分類が相次いだ。
背番号[編集]
古嶋の背番号は、少年団時代の8番から始まり、大学では10番、東雲セントラルSCでは14番を着用した。レイヴン神戸移籍時には一時的に41番のユニフォームが作成されたが、本人が「自分は足し算より引き算の選手である」として使用を避けたと伝えられる[6]。
日本代表では17番と26番を経験し、出場大会ごとに番号が変わる珍しい選手として知られる。背番号の変遷には、所属チームの戦術変更だけでなく、古嶋本人の「奇数日は左脳、偶数日は右脳でプレーする」という謎のルールも影響したとされる。
脚注[編集]
1. 古嶋赫の代表初期経歴については、JFA登録名鑑の複写資料に基づくとされる。
2. 右投左打の表記はサッカー選手としては異例であるが、クラブの広報資料では長らく修正されなかった。
3. 東都体育大学サッカー部『2014年度活動報告書』には、古嶋の「逆足練習量が月間412分」と記されている。
4. アジア競技大会MVP選出の経緯は、決勝後の投票用紙が一部雨でふやけたことにより集計が1時間遅れたという。
5. 「堺式スイッチング」という呼称は、地元紙の見出しが定着したもので、戦術用語として正式採用されたわけではない。
6. 41番ユニフォームの存在はクラブショップの在庫記録に残るが、実際に着用された試合は確認されていない。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
東雲セントラルSC公式プロフィール
Jリーグ選手名鑑
日本サッカー協会登録ページ
スポーツニッポン古嶋赫特集
堺市スポーツ栄誉館アーカイブ
脚注
- ^ 佐伯達也『現代日本サッカーにおける逆足戦術の研究』東都体育学会誌, Vol.18, No.3, pp.41-58, 2020.
- ^ M. J. Thornton, "Midfield Recovery Patterns in the Kansai League," Journal of Applied Football Science, Vol.12, No.1, pp.9-27, 2021.
- ^ 田所義信『浜寺フェニックス指導日誌』堺スポーツ文化研究所, 2016.
- ^ 古嶋赫口述・森下理子構成『古嶋赫の左に流れる時間』東都出版, 2021.
- ^ 日本サッカー協会技術委員会『2018年アジア競技大会 技術報告書』JFAライブラリー, 2019.
- ^ 石川昌弘『ボランチはどこで生まれたか』ベースボール・マガジン社, 2022.
- ^ K. Kojima, "The 3-Second Forward Rule," Asian Football Review, Vol.7, No.2, pp.88-96, 2023.
- ^ 堺市史編集室『堺市スポーツ人物誌』堺市役所, 2024.
- ^ 小林妙子『止まる、見る、古嶋る CM受容史』関西広告大学出版部, 2024.
- ^ W. H. Emerson, "A Study on Right-Throw Left-Bat Athletes in Association Football," Sports Semiotics Quarterly, Vol.4, No.4, pp.201-219, 2025.
外部リンク
- 東雲セントラルSC公式サイト
- 日本サッカー協会選手データベース
- Jリーグ選手プロフィール
- 堺市スポーツミュージアム
- アジア競技大会公式アーカイブ