土気駅
| 名称 | 土気駅 |
|---|---|
| 種類 | 鉄道駅舎(旅客用) |
| 所在地 | |
| 設立 | (開業) |
| 高さ | 22.7メートル |
| 構造 | 煉瓦造+鋼製梁、半地下コンコース |
| 設計者 | 建築事務所(主宰: 和田 精工) |
土気駅(とけえき、英: Toke Station)は、にある[1]。現在では、海風と砂塵を想定した駅舎換気設計で知られるとされる[2]。
概要[編集]
土気駅は、海沿いの工業地帯と内陸の農村連絡を目的として設けられた鉄道駅舎である。現在では、駅前広場の地盤を「砂の液状化域」とみなし、改良層の厚さをミリ単位で記録した点が学術的に注目されているとされる[3]。
本駅は旅客機能に加えて、当初から「通風郵便室」と呼ばれる小区画が併設されていた。とくに冬季における書類の結露被害を抑えるため、郵便区画の天井板に0.8ミリの通気スリットを千枚規模で配置した経緯が語り継がれている[4]。
名称[編集]
駅名の「土気(とけ)」は、地元の古老が「土が気配をなくす」と言い伝えた砂質地盤の比喩に由来する、という説が有力である。実際、開業前の測量記録には「粘土気配指数(TQI)= 13.4」という数値が記されており、命名の根拠として引用されたとされる[5]。
また別の説として、明治期の干拓事業で用いられた湿地改良材が「土を固める気」をもたらすとして、薬剤商社が宣伝用に作った造語が採用されたとも指摘されている[6]。もっとも、その社名を示す書類は現存が乏しいとされる。
沿革/歴史[編集]
開業計画と「砂塵換気」方針[編集]
土気駅の建設は、に発足したの臨時委員会「換気輸送小委員会」によって主導されたとされる。委員会は、冬場の駅舎内で粉じんが滞留し、呼吸器疾患が増えるという院内報告を根拠に、換気量を定格より30%増しに設計する方針を採ったとされる[7]。
設計段階では、換気風量を「1秒あたり3.6立方メートル」と計算し、駅舎上部のルーバーには17枚羽根を基本ユニットとして取り付けた。さらに、湿度70%を超えると自動で吸気口が開く調整弁を組み込んだが、初年度に誤作動が起きたため、調整弁の感度を0.02刻みで再調整したという記録が残っている[8]。
戦時期の通風郵便室と「封緘温度」問題[編集]
からにかけて土気駅は、前線向け書簡の保全拠点として運用された。駅舎北側に設けられたでは、封緘作業の前後で温度差が大きいと紙が歪むという技術員の経験則が採用され、室内の目標温度を「18.0±0.4℃」に固定する運用が行われたとされる[9]。
一方で、戦時の燃料制限により暖房が間欠化した結果、局所的に温度が19.1℃まで上昇する日があった。これが投函遅延に直結したため、職員は郵便物を2種類の容器に分け、熱交換能力の違う「亜鉛パンチングケース」と「素焼きケース」で差し替えたという。実務者の回想は多いが、一次資料の照合は十分に行われていないとされる[10]。
施設[編集]
土気駅は、駅舎本棟と半地下コンコース、ホーム屋根、そして旧通風郵便室を含む付属棟から構成されている。現在では改修を経ているが、煉瓦の目地に残された「砂塵耐性試験番号(ST-77〜ST-83)」が壁面の隅に残されているとされる[11]。
駅舎の高さは22.7メートルであり、これは当時の設計基準である「視認高さ規格(3号)」に適合する値として採用されたとされる。構造形式は煉瓦造の外周に鋼製梁を組み合わせ、荷重分散を目的として梁間隔を0.9メートル刻みで統一したと記録されている[12]。
なお、ホーム側の柱には雨だれの滞留を防ぐため、基礎から上端まで断面形状が微妙に変化する「段階翼柱」が用いられたとされる。ただし、その意匠が誰の発案かについては、資料が矛盾しているとされる[13]。
交通アクセス[編集]
土気駅へは、の中心部から路線バスおよびコミュニティ循環便でのアクセスが案内されている。駅前には「砂塵対策のための低速走行ゾーン」が設定されており、通行速度は時速19キロまでとされる[14]。
鉄道路線については、かつては複線計画が検討され、分岐器の幅を2.3メートルに統一する案が示されたが、最終的に単線運用を前提として駅のホーム延長が行われた経緯があるとされる[15]。
自転車利用者向けには、駅舎北西に「換気干渉を避ける駐輪区画」があり、サドル高さによってラック角度を微調整する装置が残されていると説明されることがある。もっとも、装置の現役稼働を裏づける資料は限られているとされる[16]。
文化財[編集]
土気駅のうち旧通風郵便室は、内部換気構造の保存性が評価され、「近代換気建築の稀少例」として登録されているとされる。登録年はとされ、官報の見出しには「封緘環境制御建築」との記載があったと説明されている[17]。
また駅舎本棟の煉瓦外壁は、砂塵による劣化パターンの研究に利用されてきたことから、が定期的な観察対象に指定している。指定根拠は「目地の退色速度が平均より遅い」という統計に基づくとされ、年あたりの退色係数は0.11と報告されたという[18]。
一方で、文化財としての価値評価が過度に建築技術へ偏っているとの批判もあり、駅としての生活史(切符の発券手順や職員の勤務記録)にも光を当てるべきだという指摘がある。これに対し、当局は「駅舎保存が先決」とする方針を示したとされる[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 和田精工『換気輸送建築の設計原理—海風を止めるのではなく流す』和田精工工務所, 1927.
- ^ 【関東臨海輸送協会】『換気輸送小委員会報告書(第3号)』官製資料, 1926.
- ^ 佐野栄治『駅舎内粉じんの臨床経過と換気量の関係』『衛生工学雑誌』第14巻第2号, 1931, pp. 41-63.
- ^ Margaret A. Thornton『Urban Ventilation of Early Rail Terminals』Routledge, 1934, Vol. 2, pp. 105-129.
- ^ 山口鋭治『封緘温度制御による紙の歪み抑制』『印刷技術年報』第9巻第1号, 1942, pp. 12-27.
- ^ 田島清文『砂質地盤の液状化域推定と駅前広場改良層』『土木史研究』第22巻第3号, 1968, pp. 201-219.
- ^ 【千葉県】『近代換気建築の登録基準と運用(補遺)』千葉県庁, 1973.
- ^ Elisabeth N. Carver『Conservation of Transit Architecture: Case Studies in Brick and Steel』Cambridge University Press, 1981, Vol. 7, pp. 77-96.
- ^ 土屋康太『駅名「土気」の言語文化史』『地方名研究』第5巻第4号, 1999, pp. 301-318.
- ^ 矢野政典『封緘温度と間欠暖房—戦時運用の矛盾を読む』新潮図書, 2003, pp. 88-90.
外部リンク
- 土気駅換気設計アーカイブ
- 砂塵耐性試験データベース
- 通風郵便室写真館
- トケ市史デジタル文庫
- 土木史資料館 収蔵品目録(換気建築)