女 屁(おんなへ)
女 屁(おんなへ)は、の都市伝説の一種[1]。口伝では「夜道で聞こえる、女性のように見える“不可解な破裂音”にまつわる怪談」とされ、別称としてとも呼ばれる[2]。
概要[編集]
(おんなへ)は、路地裏や下水のような空気が滞る場所で、突如として“破裂音”が連続して聞こえ、聞いた者の背筋が凍るとされる都市伝説である[1]。
噂の中心は音そのものであり、「声ではない」「文字でもない」と言われる。目撃談では、音が発生した直後に視界の端が歪み、なぜか香ばしいようで鉄っぽい匂いが残るとされる[3]。全国に広まったブームは、奇妙な音の再現をめぐる掲示板の投稿がきっかけになったとされる[4]。
歴史[編集]
起源:下町通信衛生課の“音紋”研究[編集]
起源として挙げられるのは、明治末にの衛生行政へと持ち込まれた「音紋(おんもん)記録」の試みである。史料が断片的であるため確証はないが、当時の内に「下水管内の異常気泡を、音の波形で判定する」部署があったと語られる[5]。
噂では、その部署にいた技師・が、管の“鳴き”を分類するうち、同じ波形が「女性の息遣いに似る」と感じたのが最初だとされる[6]。さらに、彼が用いた記録簿が失われる前に、走り書きで「女の屁=おんなへ」と俗名が添えられていた、という不気味な言い伝えがある[6]。
ただし、もっともらしい説明としては「当時の住民が下水工事の振動と、生活排気の混ざりを錯覚しただけ」とされる。一方で、錯覚では説明できないとされるのが、“聞いた者だけに起きる”奇妙な現象の連鎖である[7]。
流布の経緯:1977年の“夜鳴き統計”とラジオ放送[編集]
52年(1977年)に、の一部で「夜鳴き」の届出が急増したという噂が語られたことが、全国に広まった契機だとされる[8]。この時期、が「住居環境の新しい苦情分類」を取り上げた放送があり、そのなかで「女屎(おんなへ)という俗称がある」と“誤読”したアナウンサーの発言が、のちに都市伝説の語感を固定したとも言われている[9]。
のちにが「女 屁の音程は三段階(低→中→破裂)」と投稿し、模倣動画が流通した。その結果、怪談は妖怪めいた存在として再編集され、「出没するのは“聞きたがる人”だけ」といった条件が追加されたとされる[4]。
なお、この時点で正体は“下水の怪音”に寄せられたり、“人の仕草が影だけ残る”方向に寄せられたりと、複数の流派に分岐したとされる[10]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
女 屁は単なる音ではなく、目撃されたという話が語られる。目撃談では「音の直後、足元だけが“ふくらむ”ように見えた」「影が一瞬だけスカートのひだのように揺れた」という伝承がある[11]。
言い伝えによれば、出没は夜更けの3:07〜3:19に多いとされ、町内放送が「機器の不具合」として無視した翌日に限って症状が増えた、という不気味な目撃談が添えられる[12]。さらに、聞こえた者は「笑うな」「数えるな」と言われるが、なぜか“数えてしまう”人の方が強く影響を受けるとも語られる[13]。
正体に関しては二派ある。第一に、という話として「下水管が外気温と湿度の条件で鳴く“怪しい共鳴”」とされる説がある。第二に、という話として「過去に不衛生な手仕事を抱えた女性が、煤けた指先の記憶を音に残した」とされる説がある[10]。
ただし、恐怖が増幅するのは“聞こえた後の行動”に依存すると言われる。恐怖で足が止まり、振り返り、確かめようとするほど、次の破裂音が近づく、とされるお化けじみた怪奇譚が繰り返し語られた[3]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションとして、まず「」がある。これは音が“屁”のように途切れるのではなく、ならす(鳴らす)ように連続するとされる怪談で、学校の帰り道に多いとされる[14]。
次に「」という呼び名がある。便所のドアを閉めた瞬間に音だけが返ってくるという噂で、目撃談では、誰もいないはずなのに鍵穴の周りに白い水滴の輪ができたと語られる[15]。この呼び名は、の一部で特に強いとされ、学校の怪談として“廊下の掲示板に貼られた注意書き”の形で広まったという[16]。
さらに「」という派生も確認されている。掲示板の投稿では、低音が来てから7秒以内に中音が来るとされ、最後に“空気が抜けたような破裂”が起きるとされた[4]。一方で、細部の数字は尾ひれがつきやすく、目撃談の地域差として、関西では“6秒”、関東では“8秒”が多いとされる[17]。
なお、正体が下水の怪音である可能性を匂わせる派生もある。たとえば「」という呼び名では、妖怪というより現象として扱われ、恐怖が“科学っぽい語り”で薄められて拡散したとされる[18]。このように、同じ噂が恐怖と説明の間で揺れ、ブームが長引いたと考えられている[10]。
噂にみる「対処法」[編集]
噂の対処法は、どれも“行動を制限する”点で共通している。まず第一に「聞こえたら数を数えない」が基本とされる。理由として、「数えるほど音の周期が脳内に固定され、次の夜に同じタイミングで再生される」と言われている[19]。
第二に「角を曲がる前に、口を閉じる」が挙げられる。恐怖で息が乱れると音に共鳴するとされ、目撃談では、マスクをしていた人だけが被害を回避できたという話がある[20]。ただし、マスクをしていない人が悪いとされる根拠は曖昧で、「口の中の湿度」が鍵だとする説もある[21]。
第三に「“返事”をしない」がある。噂では、女 屁は返答を“合図”として解釈し、より強い不気味さで近づくとされる。全国に広まったのち、子ども向け注意喚起として「返事禁止」の貼り紙が作られたとも言われた[22]。
このように、対処法は呪術というより“条件操作”の形を取っており、現象に対する恐怖心を管理するための、半ば合理化された怪談とされることも多い[13]。
社会的影響[編集]
女 屁の噂は、当初は地域の怪談として扱われていたが、やがてマスメディアの関心を引き、ブームへと接続したとされる[4]。特に、が「苦情の分類」を見直す際に、“音に関する訴え”を独立項目にした、という噂がある[23]。
その結果、学校や商店街では夜間パトロールの名目で巡回が増え、「出没を確認するな、見つけたら記録するな」という矛盾した指示が飛び交ったという[24]。パニックが起きる局面では、掲示板に「本日3:11に出た」という投稿が連鎖し、翌日は同時刻に“わざと音を立てる”いたずらまで発生したとされる[12]。
また、女 屁が「女性の存在を音に固定する」ため、当事者への偏見が生まれたという批判も後年に出た。学校の怪談として流行した分、「“変な音=女性のせい”」という短絡が広がったと指摘され、行政文書のなかで「性的連想を伴う表現は避けるよう」呼びかけが行われたとも言われている[25]。
このように、怪談は社会的な不安を引き起こす一方で、逆に情報整理の必要性も可視化したとされるが、当事者不在の恐怖が増幅した点が問題視された[10]。
文化・メディアでの扱い[編集]
文化的には、女 屁は“音”を中心に据えた妖怪譚としてメディア化された。深夜ラジオでは「恐怖を煽らない読み上げ」が流行し、の番組では「音の擬音を当てない」ルールが徹底されたとされる[26]。
また、テレビのバラエティでは、女 屁の対処法が「恋愛テクニック」と誤変換されて紹介され、噂がさらに滑稽化したという。番組台本の注釈に「返事をしてはいけない=しない勇気」と書かれた、というやけに細かいエピソードが残っている[27]。
一方で、漫画・小説では、女 屁は“都市の呼吸”の擬人化として描かれることが多い。作中では、主人公が下水管の点検口を開けた瞬間に、スカートのひだのような影が走り、「女の屁は、言葉になる前に消える」といった台詞が入れられるとされる[28]。
ただし、女 屁の扱いには時期ごとの温度差がある。ネット世代では軽いネタとして消費されがちであるのに対し、地方紙では“生活環境への不安”として報じられることがあり、結果として同じ怪談が異なる意味で流通したとされる[23]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山根ユキオ「女 屁の波形分類:3段階説の起源と誤読」『都市怪談学雑誌』第12巻第3号, pp.45-61, 2002.
- ^ Catherine R. Holm『Myths in the Sewer: Urban Sound Legends of Japan』Kobe Academic Press, 2010.
- ^ 【要出典】渡辺精一郎『音紋記録簿(復刻想定)』東京府庁文書室, 1921.
- ^ 田島サトル「“おんなならし”の方言差と掲示板の拡散速度」『地方紙編集研究』Vol.7 No.2, pp.120-134, 2016.
- ^ 【大阪市】生活環境衛生課編『夜間苦情の分類改善に関する報告(仮)』大阪市役所, 1978.
- ^ Kenji Matsuda「Ritual Silence: Why Urban Ghosts Hate Replies」『Journal of Contemporary Folklore』Vol.19 No.1, pp.9-28, 2018.
- ^ 佐伯ミツコ「学校の怪談としての“破裂音”伝承」『児童文化と恐怖』第4巻第1号, pp.77-96, 2005.
- ^ Liu, Mei「Audio-Tabet: A Comparative Study of Urban Sound Beliefs」『International Review of Strange Legends』Vol.2 Issue 4, pp.201-219, 2013.
- ^ 桐生レン「配管の舌と呼ばれる現象:科学寄り怪談の条件」『都市伝説と説明の倫理』第9巻第2号, pp.33-52, 2021.
- ^ 若狭ひかり「FM横丁の放送方針にみる“恐怖の抑制”」『放送史研究』第15巻第6号, pp.501-515, 2020.
外部リンク
- 路地の耳(掲示板アーカイブ)
- 夜鳴き統計 1977年の頁
- 音紋記録 断片検索サイト
- 学校の怪談 データベース
- FM横丁 放送台本コレクション