屁糞問答
| 分野 | 民俗芸能・口承文学(仮説) |
|---|---|
| 成立期 | 後期(とされる) |
| 主な舞台 | 都市の寄席・講中の集会(とされる) |
| 特徴 | 問答の論点を嗅覚・聴覚へ転換する |
| 形式 | 質問→比喩→反語→結論(破裂) |
| 代表例 | 『下肥問答記』など(架空書名を含む) |
| 関連概念 | 、 |
(へふんもんどう)は、江戸期の滑稽譚から派生したとされる、下品な語を用いた問答芸の流儀である。しばしば論理学的な体裁を装いながら、実際には談義の着地点を「匂い」や「音」にすり替える作法として語られてきた[1]。
概要[編集]
は、直観的には「言葉の下ネタ」を笑わせる芸として理解されがちであるが、周縁では論理操作の技法として観察されてもいる[1]。すなわち、質問に対する答えを“科学的説明のふり”で組み立てつつ、最終的に議論の座標を身体感覚へ落とし込むことで笑いが成立する、と説明されることが多い。
成立経緯としては、町人文化が武家の説教口調を借用し、同時にその権威を逸脱させるための「言い回し反転」の実験だった、とする伝承がある[2]。とくにの夜席では、客の笑いが途切れる瞬間を狙って語彙を切り替える職人芸として運用され、記録係が「反転指数(へんてんしすう)」を付けていたとも言われる[3]。なお、その反転指数は“屁”で始まった問答の方が平均7.3秒で拍手が発生し、なおかつ“糞”で終わるものは次回の入場率が12.4%上がったと推定されている[3]。
歴史[編集]
起源—「屁」起因の説教文脈[編集]
起源については諸説があるが、最も流布しているのは「屁を“罪”ではなく“記号”として扱うと、説教が滑稽化できる」ことを発見した、寄席の帳場連中の実務から始まったという説である[4]。伝承では、の小講(ここう)が評判を得る過程で、講師が理屈を長く語るほど客が眠くなるという現象に直面したとされる。
そこで講師たちは、理屈の終端を決める代わりに、途中で「屁の理由は説明できるが、説明しないほうが速い」と言い出す“意図的未説明”を挿入し始めたとされる。ここで重要なのが、未説明の後に必ず「それでも答えるのだ」という体裁で次の問いが投げられる点である。結果として、聞き手は答えを待つのではなく、答えが身体へ転落する瞬間を予期して笑うようになったと語られる[4]。
発展—「糞」結論の技法と寄席の工学化[編集]
が“芸術”として洗練されたのは、期の後、江戸の寄席が互いの持ち時間を削り合い始めた頃だとする説明がある[5]。当時は新規客を呼ぶための触れ込みが過剰になり、演者は一言で空気を奪う必要が出た。そのため、問答の終端を「糞」に置く型が流行したとされる。
この型では、質問側が倫理や学問の言葉(たとえば“道理”“学説”“原理”)を用いる一方で、答え側は比喩を“衛生”や“臭気”にすり替える。最後の結論は、相手の理屈を否定するのではなく、理屈の座標を「匂いの空間」へ移送することで達成される、と記述される[6]。なお、ある寄席帳(実在しないとされる)では、終端に「糞」を置いた型の客席反応が平均で一次ピーク41.2%、二次ピーク19.6%に分かれたと記録されている[7]。ただし当該帳の数値は、筆者の体臭が強すぎたため信頼性が揺らいでいるとも注記されている[7]。
制度化—講中と学会の“ふり”[編集]
さらに後年、口承芸は一部で「講中」や「学会」に似せた組織形態を持ったとされる。たとえばの町人団体では、年2回の査読会のような催しが行われ、問答の適切さが採点されたという[8]。
この査読会には、模擬論文のように“問答台本”が提出されたとされ、審査員はの運用者や、臭気の語彙選定に詳しい調達係まで含んでいた。ここで「屁糞問答は言語倫理を破るのではなく、言語の階層を入れ替える」といった説明が行われ、社会の空気を“上下逆転”のまま滑稽に保つ装置として機能した、と考えられている[8]。
もっとも、制度化が進むほど、演者間の模倣が増え、同じ終端語が続くと笑いが平板化する問題が出たとされる。そこで、語尾の長さや息継ぎの位置が細かく改良され、「息継ぎは語尾の前で0.6呼吸以内」が推奨されたという記述がある[9]。
社会的影響[編集]
は、単なる下ネタとして消費されるだけでなく、言説の“権威づけ”を揺さぶる教育装置としても働いたとされる[10]。たとえば、武家の講釈が「結論を持ち込め」と命じるのに対し、この問答は「結論は持ち込まれるが、持ち込まれ方が別物である」と示すからである。
その結果、都市部では若者の間で“論理っぽい語り”への警戒が増えたと指摘されている。町の掲示(架空の広告板とされる)には「問答は学び、笑いは免許」などと書かれたものもあり、の書肆がその口上を脚注付きで売り出したとも伝えられる[11]。また、演者が地方へ出張する際には、問答の型が“荷札”として持ち込まれ、異なる方言地域での受容率を調整したとされる[12]。
ただし、その調整は時に過剰であり、ある地方公演では“糞”の語を避けた改変版が作られた。ところが、回を追うごとに観客は「避けた語ほど匂いがする」と感じるようになり、演者側は逆に本来の語を強める方向へ戻したという。ここから、笑いが語の品位ではなく、反転のタイミングに依存することが暗に理解されていった、と解釈されることがある[12]。
批判と論争[編集]
一方でには批判も多かった。とくに、寺社勢力の一部は「身体語の常用が道徳を腐らせる」として警戒したとされる[13]。当時の記録としては、周辺での演目が“衛生違反”として扱われたという噂が残っているが、実際にどの程度取り締まられたかは不明である。
また、滑稽化が進むほど、問答が持つ“論理反転”の機能が失われるという指摘も出た。すなわち、ただ下品な言葉を並べているだけに見える場が増え、結果として笑いが短期的になったという批判である[14]。この問題に対し、の学芸係(架空の役職)では、脚本提出時に「問答の反転指数」を添えるよう求めたとされる[14]。
なお、反転指数の算出式は秘密であったが、ある俳書の写本(とされる)では「反転指数=(屁語開始秒数×糞語終端秒数)/観客沈黙秒数」と記されている。もっとも、この式をそのまま使うと“沈黙”がゼロ秒のとき無限大になり、審査が破綻するため、実務では別の補正が行われたと推定されている[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 平井樽之助『下品言説の政治学(下)』河出肝臓堂, 1978.
- ^ J. H. Moreland『On the Comic Turn of Low Register Dialogue』Vol. 12, No. 3, 東京論文館, 1984.
- ^ 佐伯雲舟『江戸寄席の“反転指数”に関する一考察』寄席季刊, 第6巻第2号, 1991.
- ^ 松下百合香『問答芸と身体語彙:臭いを論じる技法』中央学芸出版, 2003.
- ^ R. K. Delaney『A Semiotic Study of Smell-Metaphor in Popular Discourse』Vol. 41, No. 1, Oxford Laughter Press, 2009.
- ^ 関川錠次『町人学問寄場の制度設計(仮説集)』大江書房, 2012.
- ^ 小田切善馬『下肥問答記の比較筆跡学』朱鷺文庫, pp. 113-121, 2016.
- ^ 北川皐月『都市の沈黙計測と笑いの分解』【浅草】研究叢書, 第9巻第4号, 2019.
- ^ Watanabe, K.『The Timing of Breath Cues in Street Performance』Vol. 7, No. 9, Kyoto Improvisation Review, 2021.
- ^ 出雲虎之丞『屁糞問答史料の真偽検定』講談社(わりと正しげ版), 2020.
外部リンク
- 寄席台本アーカイブ
- 反転指数計算機(非公式)
- 臭気語彙研究会サイト
- 音便道データベース
- 江戸滑稽譚写本ギャラリー