寝屋川テストセンター
| コンビ名 | 寝屋川テストセンター |
|---|---|
| 画像 | |
| キャプション | |
| メンバー | 小橋 誠司、三宅 テスト彦 |
| 結成年 | 1998年 |
| 解散年 | |
| 事務所 | 北河内放送芸能社 |
| 活動時期 | 1998年 - |
| 芸種 | 漫才、コント |
| ネタ作成者 | 両者共同 |
| 出身 | 大阪府寝屋川市 |
| 出会い | 市内の予備校模試会場 |
| 旧コンビ名 | 答案回収係 |
| 別名 | ネヤテス |
| 同期 | 第3期生 |
| 影響 | 模試漫才、採点芸 |
| 現在の代表番組 | 月曜零時の採点会議 |
| 過去の代表番組 | テストセンター予備校 |
| 現在の活動状況 | 関西を中心に活動 |
| 受賞歴 | 北河内お笑い大賞2007優勝 |
| 公式サイト | 北河内放送芸能社 公式プロフィール |
寝屋川テストセンター(ねやがわテストセンター、英: Neyagawa Test Center)は、に拠点を置くとされる。1998年に結成され、深夜の模擬試験番組を舞台にしたで知られる[1]。
メンバー[編集]
小橋 誠司(こばし せいじ)はツッコミ担当で、早口の採点比喩を得意とする。元はの学習塾で模試監督補助をしており、答案用紙の束の持ち方がそのまま所作の完成につながったとされる[2]。
三宅 テスト彦(みやけ てすとひこ)はボケ担当で、答案欄の空欄を「余白芸」と呼び、沈黙そのものを笑いに変える手法で知られる。名前の「テスト彦」は高校時代のあだ名がそのまま芸名化したもので、本人は「本名より返却率が高い」と語っている[3]。
来歴[編集]
結成まで[編集]
1998年、内の進学予備校で実施された公開模試の監督補助として両者が出会ったことが結成の起点とされる。試験終了後、回収された答案を並べ替えて小芝居を始めたところ、受験生の間で「採点より先に笑いが来る」と評判になり、そのまま芸人活動に転じた。
当初は「答案回収係」を名乗っていたが、観客が増えるにつれ事務局が正式な芸名を求め、当時の会場名であったをそのまま採用したとされる。もっとも、実在の施設名との関係は曖昧で、地元の複数の証言が食い違っている[要出典]。
東京進出[編集]
2003年には活動拠点をからへ移し、下北沢の小劇場を中心に活動した。東京では「地方の受験文化を持ち込むコンビ」として珍しがられ、予備校系イベントや深夜番組の再現コントに多数起用された。
この時期にの東京支部が設置され、同社の初の広域営業案件として扱われた。営業資料には「ホワイトボードと鉛筆だけで60分持つ」と記されていたという。
賞レースでの台頭[編集]
2007年ので優勝し、以後は「模試漫才」の代表格として扱われるようになった。とくに採点発表を模した沈黙の間が評価され、審査員の1人は「答案用紙をめくる音だけで客席を温めるのは稀有」と述べたとされる。
2011年には準々決勝進出、2014年にはの地区予選で“異様に手堅い”と評され、以降は賞レースの常連としてメディア記事に登場した。
芸風[編集]
芸風はとの中間に位置すると説明されることが多く、両者はこれを「採点付き漫才」と呼んでいる。冒頭で小橋が問題を読み上げ、三宅がわざと論点を外した回答を返すという形式が基本で、終盤に答案用紙を裏返してオチにするのが定番である。
また、ネタの進行に合わせて客席に赤鉛筆風のマイクを配る演出があり、観客が自分で採点してしまうため笑いの持続時間が長いとされる。ライブ記録によれば、最長では1本のネタで7回「見直し」が起こったという[4]。
一方で、彼らの芸は教育的であるとも評され、かつての外郭団体が「学力と笑いの両立事例」として紹介しようとしたが、事前審査で「笑いが先、学力が後」と判断され見送られた。
エピソード[編集]
2005年の単独ライブ『第一回答案返却』では、終演後に配られたアンケートがすべてマークシート式であったため、観客の一部が本当に採点されると思い込み、最終集計に3日を要したという。
また、の劇場で行われた公演では、舞台袖に置かれたタイマーが本物の試験用ストップウォッチだったため、ネタ中盤で小橋が自らの持ち時間を過剰に意識し、予定より14分早く「合格発表」を始めた。この回は後に“時間管理に成功した唯一の事故”として語られている。
三宅は地方営業の際に、宿泊先のから持参した過去問を楽屋に並べて気分を整える習慣があり、スタッフからは「もはや入場時の荷物検査がネタ」と呼ばれていた。
出囃子[編集]
出囃子は、の車内チャイムを参考に作られた「Test Signal No.3」とされる。正確には、始業前の校内放送を模した電子音に、鉛筆削りの効果音を重ねた短い楽曲で、1999年の初舞台からほぼ一貫して使用されている。
この出囃子は、客席が着席した瞬間に“試験開始”の緊張感を生むため、ライブハウス側からも好評であった。なお、演奏権の管理をめぐって一時期と確認作業が行われたが、最終的には「教育目的のように聞こえる」として保留扱いになったと伝えられる。
賞レース成績・受賞歴[編集]
2007年優勝。
2009年準優勝。
2011年準々決勝進出。
2013年審査員特別賞。
2014年地区予選通過。
2018年最優秀採点芸賞。
2022年観客投票1位。
とくに2018年の受賞は、審査基準に「解答欄の空白を笑いに変換できるか」が含まれていたため、彼らに極めて有利であったといわれる。
出演[編集]
テレビ番組[編集]
『月曜零時の採点会議』系、2015年 - 。 『深夜模試ショー』、2012年 - 2014年。 『ネタの見直しお願いします』、2019年特番。
いずれも深夜枠での放送が多く、視聴率は高くないが録画再生率が異様に高いとされる。制作側の話では、早送りするとネタの間が壊れるため、視聴者が自然に通常速度へ戻すという。
ラジオ[編集]
『寝屋川テストセンターの追試は来週』、2008年 - 2016年。 『答案返却便』、2017年 - 。
ラジオでは紙を使えないため、二人とも口頭で答案の描写を行う必要があり、かえって想像力が増幅されたと評価されている。
作品[編集]
CDでは、2006年に『赤鉛筆でこんにちは』、2010年に『採点は終わってから』を発表した。いずれもネタ音源と効果音が同時収録され、学習参考書の棚に誤って並べられた店舗が複数あったという。
DVDは『寝屋川テストセンター単独ライブ集 返却済』、『採点不能ライブ in 心斎橋』などがあり、特典映像の「客席の沈黙を数える副音声」は一部ファンの間で高く評価された。
単独ライブ[編集]
『第一回答案返却』(2005年) 『第七回追試会場』(2011年) 『口頭試問は苦手です』(2016年) 『最終補習と拍手』(2023年)
公演タイトルは毎回、学校行事と試験制度の中間を狙って付けられる。とくに2016年公演では、客入れ時に配布された整理券が本物の受験票と酷似していたため、入口で番号確認をする観客が続出した。
脚注[編集]
[1] 公式プロフィールでは「北河内放送芸能社所属のお笑いコンビ」とされる。 [2] 小橋の経歴については、本人談と劇場パンフレットで細部が一致しない。 [3] 三宅の芸名由来には諸説ある。 [4] ライブ記録『採点芸年鑑 2001-2010』による。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
北河内放送芸能社 公式プロフィール
寝屋川テストセンター 劇場案内
月曜零時の採点会議 番組ページ
採点芸アーカイブ研究会
脚注
- ^ 佐伯 恒一『採点芸の成立とその周辺』北河内文化出版, 2012, pp. 14-29.
- ^ M. Thornton, "The Rise of Test-Comedy in Kansai", Journal of Performing Arts Studies, Vol. 18, No. 2, 2014, pp. 101-118.
- ^ 田中 美沙『模試と笑いの境界線』関西芸能評論社, 2009, pp. 63-77.
- ^ 小林 亮介「深夜番組における答案用紙の演出効果」『放送と演芸』第12巻第4号, 2016, pp. 44-52.
- ^ E. Nakamura, "Audience Self-Grading and Laughter Retention", Comedy Research Quarterly, Vol. 7, No. 1, 2018, pp. 5-19.
- ^ 水野 由紀『寝屋川市の小劇場史』寝屋川学術叢書, 2011, pp. 88-93.
- ^ 北川 恒一「北河内お笑い大賞の審査基準改定をめぐって」『芸能地方史研究』第9巻第1号, 2008, pp. 21-34.
- ^ Margaret L. Reed, "Chalk, Silence, and Punchlines", International Review of Humor Studies, Vol. 11, No. 3, 2020, pp. 201-214.
- ^ 大西 祐介『関西コント実験室年報』実験社, 2019, pp. 7-12.
- ^ 石田 透「出囃子『Test Signal No.3』の音響設計」『音芸ノート』第5巻第2号, 2021, pp. 55-61.
外部リンク
- 北河内放送芸能社 公式サイト
- 寝屋川テストセンター アーカイブページ
- 採点芸アワード 公式記録
- 関西深夜芸能データベース
- 答案返却文化研究所