忍神 遍く災音編
| 作品名 | 忍神 遍く災音編 |
|---|---|
| 原題 | Shinogami: The Omnipresent Disaster Sound Arc |
| 画像 | Shinogami_HaikyoPoster.jpg |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像解説 | 公開当時の告知用ポスター |
| 監督 | 黒瀬敬一郎 |
| 脚本 | 白石みどり、黒瀬敬一郎 |
| 原作 | 忍神伝承保存会『災音記』 |
| 原案 | 藤堂匠 |
| 製作 | 西京映像、東雲プロダクション |
| 製作総指揮 | 神崎玲子 |
| ナレーター | 高見沢玄 |
| 出演者 | 柳生蔵人、真鍋沙耶、久住英嗣ほか |
| 音楽 | 宮瀬蓮 |
| 主題歌 | 「雨鳴りの刃」 |
| 撮影 | 小竹内匠 |
| 編集 | 戸川理沙 |
| 制作会社 | 西京映像 |
| 製作会社 | 忍神映画製作委員会 |
| 配給 | 大和配給 |
| 公開 | 1987年8月15日 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 約3億8000万円 |
| 興行収入 | 12.4億円 |
| 配給収入 | 6.8億円 |
| 上映時間 | 127分 |
| 前作 | 忍神 風裂編 |
| 次作 | 忍神 黒鐘編 |
『』(しのびがみ あまねくさいおんへん)は、に公開されたの映画である。監督は、主演は。の技法を前面に押し出した異色作で、興行収入は12.4億円を記録し[1]、第11回を受賞した[2]。
概要[編集]
『 遍く災音編』は、とを融合させたとされるシリーズの第3作である。山岳要塞を舞台に、音を媒介として災厄を拡散する禁術「災音」が暴走する様を描いた。
公開当時は、画面外から聞こえる足音や鐘声を物語進行の主軸に据えた構成が珍しいとして話題になった。また、劇場側に専用の低周波補助装置を設置させる方式が採られ、地方館の一部では上映準備にの防災無線技師が動員されたと伝えられている[3]。
あらすじ[編集]
の末期、各地の山寺に謎の共鳴災害が相次ぎ、の陰陽寮からは「音が土地を腐らせる」との報告が上がる。忍神・蔵人は、失踪した父の残した木札を手掛かりに、の雪蔵で封じられた「災音笛」を追う。
やがて彼は、音を吸収する修験僧・と、災音を増幅する琴姫・の二人に出会う。災音は単なる怪現象ではなく、戦国末期に行われた城下町の夜間騒擾制御実験の残響であり、霧尾城の地下では今なお毎夜に鐘が鳴るという。終盤、蔵人は「無音の印」を結ぶことで暴走を止めるが、その代償として一帯の鳥の鳴き声が消えたとされる。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
演じる忍神・蔵人は、寡黙だが耳だけは異様に良い主人公である。刀より先に周囲の気圧差を察知する設定があり、撮影現場では「風向きで感情が読める男」と呼ばれた。
演じる琴姫・沙耶は、災音を美として受け入れてしまう危うい人物である。彼女の演奏に合わせてセットの梁が共鳴したため、終盤の廃城シーンだけは実際にの旧鉱山跡で録音されたという。
その他[編集]
演じる鈴守玄斎は、音を封じるために自ら耳栓を外さなかった僧として描かれる。なお、彼の数珠は1本につきあり、毎回粒数が違って見えるという要出典の逸話がある。
演じる城代・は、災音を軍事利用しようとした悪役である。衣装の襟元に仕込まれた真鍮板が実際に鳴ったため、試写会では観客が「演技より小道具の主張が強い」と評した。
声の出演またはキャスト[編集]
本作は実写映画であるが、災音の人格化を示すため、一部場面にのみ「声の出演」がクレジットされた。ナレーションはが務め、低く抑えた語りがの深夜講談を思わせるとして好評だった。
主要キャストは、、、、、らである。滝本は終盤の巫女役に加えて、劇中で聞こえる「遠雷のささやき」も担当しており、クレジット上は二重の役割が記載された。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
監督は、脚本はと黒瀬の共同である。撮影は、編集は、美術はが担当し、いずれも時代劇としては珍しくとを場面ごとに切り替える方式が採られた。
特殊技術はが担当し、霧の再現にを連結した結果、東京のスタジオ棟で一時的に火災報知機が全館停止したとされる。
製作委員会[編集]
製作はが行い、、、、が参加した。委員会資料によれば、当初は中規模作品として企画されたが、音響装置の仕様が肥大化し、最終的には予算のがスピーカー関連に消えたという[4]。
なお、宣伝部門では「観る映画ではなく、聞き負ける映画」との社内標語が用いられた。
製作[編集]
企画[編集]
企画は、脚本家のがの旧街道で聞いた「山が鳴く夜がある」という地元伝承を元に提案したことに始まる。これに対し黒瀬監督は、忍者映画の定型に「音の公害」を持ち込むことで、当時の都市型不安を可視化できると判断した。
一方で、プロデューサーのは「時代劇としての格調」と「怪談としての派手さ」を両立させるため、初期案にあった巨大笛獣を削除したとされる。
制作過程[編集]
撮影はの廃寺、の採石場、の河川敷で行われた。特に霧尾城の外観はの山城跡を借景にし、遠景合成のためだけに雲の流れを1日単位で記録した。
また、災音の表現には逆回転再生された太鼓と、を水槽に沈めて叩く独自手法が用いられた。録音班は「音の立ち上がりが遅すぎて、逆に怖い」と報告している。
美術[編集]
美術は、墨を焼いた粉を壁に塗り込むことで「音が染みついた城壁」を表現した。衣装の装束には、音叉の形をした刺繍が施され、近接撮影では模様がまるで鳴っているように見える効果が得られた。
また、沙耶の琴には実際にの弦が張られ、弾くたびに音階ではなく「地鳴りの層」が増えるという設定が視覚化された。
興行[編集]
宣伝・封切り[編集]
本作はにのほか全国で封切られた。キャッチコピーは「静けさを斬れ」で、駅貼りポスターには耳を塞ぐ観客の影が描かれた。
公開週には「災音を体感するには前列が有利」との誤解が広がり、前3列の販売率がに達したという。
再上映・テレビ放送[編集]
にはシリーズ再評価の流れを受けてリバイバル上映が行われ、当時の配給元は「音が聞こえない世代にこそ効く」と説明した。また、の系特番では、視聴率を記録し、CM明けに災音が一瞬だけ消える編集が話題になった。
映像ソフト化に際しては、初期版DVDで一部の青みが強く出る「DVD色調問題」が報告され、マニアの間では逆に「災音の青」として珍重された。
海外での公開[編集]
海外では、、で限定公開され、英題の長さから配布資料に収まりきらないという珍事が起きた。特にの特集上映では、無字幕で見た観客が終盤の沈黙を拍手と勘違いしたとされる[5]。
反響[編集]
批評[編集]
批評家からは「の骨格に実験音響を埋め込んだ稀有な成功例」と評価される一方、「物語より床鳴りが雄弁である」との指摘もあった。とりわけのは、災音を『日本映画史上もっとも律儀な怪異』と評し、細部の作り込みを称賛した。
ただし、初見ではクライマックスの説明が足りないという声もあり、の一般紙では「観客があまりに静かで、上映後の感想が聞こえない」と記された。
受賞・ノミネート[編集]
本作は第11回で作品賞、音響賞、美術賞を受賞したほか、でも特殊音響部門にノミネートされた。なお、当時の授賞式では、受賞スピーチ中に会場の空調が共鳴し、プレゼンターが一度話を止めたという逸話が残る。
また、のでは、主演の柳生が「無言で納得させる演技」を評価され、助演と誤記されたまま名誉表彰された。
売上記録[編集]
公開からで興行収入はに達し、シリーズ前作を上回った。製作側は、音響機材の再利用と地方巡回上映により配給収入を安定させたとしている。
なお、の同時期に公開された娯楽大作を抜いて、単館系時代劇としては異例のロングランを記録した[1]。
テレビ放送[編集]
初のテレビ放送はの系深夜枠で、1時間繰り下げ放送にもかかわらず平均視聴率を記録した。放送時には一部の災音効果がテレビ用に再調整され、古参ファンからは「静かになりすぎた」との苦情も寄せられた。
の再放送では、画面隅に音符形のテロップが追加され、実況文化の盛り上がりと相まって若年層への認知が広がった。番組編成担当者は後年、「教育番組より苦情が少なかった」と述懐している。
関連商品[編集]
作品本編に関するもの[編集]
公開後に、、が発売された。特に小型鈴は、鳴らすと低い和音が出る仕様で、文具売場よりも仏具売場で売れたという。
また、豪華版サウンドトラックには、劇中でほぼ聴こえない「無音トラック」が収録され、コレクターの間で高値を付けた。
派生作品[編集]
には朗読劇『忍神 災音残響録』が制作され、には家庭用機向けのアドベンチャーゲーム『災音城の夜』が発売された。さらに、の海外版コミック『Shinogami: Resonant Curse』は、なぜか主人公の耳が第3話から左右逆に描かれている。
シリーズ外では、宮崎監督による解題として知られる映像講座『音が時代劇を裏切るとき』がに収録され、本作の「無音の政治性」が半ば学術的に語られた。
脚注[編集]
注釈
[1] 興行収入および配給収入は、製作委員会の内部資料に基づくとされる。 [2] 第11回日本幻想映画賞の受賞結果は、後年の記録整理で確定したとされている。 [3] 地方館への防災無線技師動員は、一部新聞の劇場紹介欄に見える。 [4] 予算配分比率は、会議メモの写しに依拠するため要出典。 [5] ロッテルダム上映時の観客反応は、現地スタッフの回想録による。
参考文献[編集]
白石みどり『災音記と1980年代日本映画の音響革命』西京出版, 1992年.
黒瀬敬一郎『静けさを斬る: 忍神シリーズ演出手帖』東雲書房, 1988年.
榊原曜子「時代劇における災害表象と低周波演出」『映画批評季報』Vol. 14, 第2号, 1990年, pp. 22-41.
T. Moriyama, "Echoes in the Castle: Disaster Sound and Period Cinema" 『Journal of Japanese Screen Studies』Vol. 7, No. 1, 1993, pp. 88-109.
神崎玲子『製作委員会の夜明けと終焉』港北文化叢書, 1994年.
小竹内匠「35mmと16mmの混成撮影に関する実践報告」『撮影技術』第31巻第4号, 1988年, pp. 5-19.
宮瀬蓮『音楽はなぜ鳴りすぎるのか』大和音楽社, 1991年.
"The Politics of Silence in Shinogami" 『Asian Film Quarterly』Vol. 12, No. 3, 1996, pp. 141-160.
戸川理沙「DVD色調問題の再検証: 災音編を中心に」『映像ソフト研究』第9巻第2号, 2007年, pp. 66-73.
久住英嗣『耳栓のまま演じる』霧尾文庫, 2001年.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
忍神映画資料館
西京映像アーカイブ
東雲特撮研究室 研究ノート
日本幻想映画賞 公式記録集
霧尾城ロケ地保存会
脚注
- ^ 白石みどり『災音記と1980年代日本映画の音響革命』西京出版, 1992年.
- ^ 黒瀬敬一郎『静けさを斬る: 忍神シリーズ演出手帖』東雲書房, 1988年.
- ^ 榊原曜子「時代劇における災害表象と低周波演出」『映画批評季報』Vol. 14, 第2号, 1990年, pp. 22-41.
- ^ T. Moriyama, "Echoes in the Castle: Disaster Sound and Period Cinema" 『Journal of Japanese Screen Studies』Vol. 7, No. 1, 1993, pp. 88-109.
- ^ 神崎玲子『製作委員会の夜明けと終焉』港北文化叢書, 1994年.
- ^ 小竹内匠「35mmと16mmの混成撮影に関する実践報告」『撮影技術』第31巻第4号, 1988年, pp. 5-19.
- ^ 宮瀬蓮『音楽はなぜ鳴りすぎるのか』大和音楽社, 1991年.
- ^ "The Politics of Silence in Shinogami" 『Asian Film Quarterly』Vol. 12, No. 3, 1996, pp. 141-160.
- ^ 戸川理沙「DVD色調問題の再検証: 災音編を中心に」『映像ソフト研究』第9巻第2号, 2007年, pp. 66-73.
- ^ 久住英嗣『耳栓のまま演じる』霧尾文庫, 2001年.
外部リンク
- 忍神映画資料館
- 西京映像アーカイブ
- 東雲特撮研究室 研究ノート
- 日本幻想映画賞 公式記録集
- 霧尾城ロケ地保存会