性教育実技推進法
| 正式名称 | 性教育実技推進法 |
|---|---|
| 通称 | 実技推進法 |
| 法令番号 | 平成2年法律第184号 |
| 主管 | 文部省 保健実技教育局 |
| 施行 | 1991年4月1日 |
| 主な対象 | 小学校高学年・中学校・高等学校 |
| 目的 | 性に関する理解の実地化、保健教育の標準化 |
| 関連制度 | 保健室連携実習、保護者同意書制度、模擬相談演習 |
性教育実技推進法(せいきょういくじつぎすいしんほう)は、における性教育を、座学中心から実地演習中心へと転換することを目的としたとされるの法制度である。1980年代後半に内の非公式研究会から生まれたと伝えられ、のちに自治体ごとの先行実施を経て全国的な議論を呼んだ[1]。
概要[編集]
性教育実技推進法は、性教育を抽象的な知識伝達ではなく、ロールプレイ、観察記録、相談演習を通じて定着させるべきだという発想に基づく法制度である。特に段階での「実技」導入が重視され、保健体育科の一部として、1学年あたり年間12〜18コマの演習が推奨されたとされる。
一方で、同法の成立過程には、内の一部区立学校で行われた先行試行や、の保健指導班との調整が関与したとされ、教育現場における慎重論と熱心な推進論が激しく対立した。なお、当時の議事録の一部は所在不明であるとされ、後年の研究では「教育行政史上もっとも実技の中身が曖昧な法律」と評されている[2]。
成立までの経緯[編集]
保健教育の実地化構想[編集]
発端は、の研究会で配布された『思春期保健の行動学的定着に関する試案』とされる。試案では、単に人体構造を暗記するだけでは思春期特有の不安や誤解を解消できず、教材を「見て、触れて、説明する」順序に再設計すべきだと主張された。ここでいう「触れて」は模型やカードを指すはずであったが、のちに一部自治体が過度に解釈し、問題化したと伝えられている。
研究会の座長を務めたは、元・公衆衛生学者でありながら児童心理にも通じた人物として知られ、のちに「保健教育においては、羞恥心を管理する技術が必要である」と発言したことで注目された。この発言が、実技推進派の象徴的スローガン「恥ずかしさを学びに変える」に接続したとされる。
自治体先行実施と省庁調整[編集]
にはとの一部で試験運用が始まり、模擬相談室、保健日誌、ペア観察の三本柱が導入された。とりわけ港北区では、相談演習の参加率が93.4%に達した一方、保護者説明会の出席率は62.1%にとどまったという細かい記録が残る。
は当初慎重であったが、との合同提言を受け、実技の範囲を「自己理解」「相互尊重」「相談行動」に限定する方向で調整した。しかし、実地運用の手引きが120ページに及んだことから、現場では「手引きの理解に実技が要る」と揶揄された。
法制化[編集]
の臨時教育審議会では、保健教育の空洞化が議題となり、性教育実技推進法案は「子どもに教える前に大人が学び直す法」として一部議員の支持を集めた。最終的にはで修正され、実技の定義に「医学的・心理的に妥当な範囲に限る」との但し書きが追加された。
ただし、附則第3条に置かれた「地域の実情に応じた柔軟運用」は、後年ほぼ無制限の解釈を許す抜け穴として批判された。これにより、のある町では「保健指導劇」が、のある村では「雪上相談訓練」が実施されたとされる。
制度の内容[編集]
実技の三類型[編集]
同法が定めた実技は、①身体理解演習、②対話演習、③危機回避演習の三類型に整理されていた。身体理解演習では人体模型を用いた部位名称の確認が行われ、対話演習では断り方、相談の切り出し方、保健室への連絡手順が訓練された。危機回避演習では、家庭・学校・地域での違和感を早期に共有するための「三点確認法」が採用された。
また、教育委員会向けの補助教材として『保健実技カード150』が配布されたが、実際には148枚しか収録されていなかったため、2枚分は「各地で独自に補完せよ」と注記されていた。これが後に、地方ごとの解釈差を生む原因になったとされる。
保護者同意と学校現場[編集]
制度上、実技演習への参加には原則として保護者同意が必要であったが、同意書には「教育上必要な範囲の観察・説明・確認を認める」とだけ書かれており、細目の曖昧さが批判された。実際には、同意書提出率が高い地域ほど授業満足度も高い傾向があったとされるが、これは熱心な家庭教育との相関なのか、あるいは学校側の説明文が妙に丁寧だったためなのか、結論は出ていない[3]。
現場の養護教諭の負担は大きく、時点で一校あたり平均4.7人の補助職員が必要とされた。もっとも、補助職員の業務のうち3割近くは掲示物の付け替えと椅子の位置調整であったとも伝えられる。
社会的影響[編集]
教育現場への波及[編集]
同法の施行後、の授業は「暗記科目」から「対話科目」へと再定義された。特に私立校では、演習室にカーテン、ホワイトボード、簡易パーテーションを備えた「実技対応教室」が流行し、の一部学校では、年度予算の7.8%が教材更新費に消えたという。
また、保健室が相談機能の中心として再評価され、従来は来室者の約18%に過ぎなかった相談系利用が、には41%まで上昇したとされる。これにより、保健室が「体調不良の場所」から「社会性を学ぶ場所」へ変質したという評価もある。
メディアと市民運動[編集]
の夏、テレビ番組『教育最前線スペシャル』が同法を取り上げたことで、一般家庭にも制度の存在が知られるようになった。しかし、放送内で紹介された「模擬相談」の映像が過剰に演劇的であったため、視聴者からは「授業というより町内会の寸劇」との感想が寄せられた。
一方で、市民団体『子どもの保健を考える会』は、同法が家庭内の会話不足を補完するとして支持声明を出した。声明文には「実技とは、身体の説明ではなく、関係性の練習である」と記され、後年の教育学部で引用されることも多かった。
批判と論争[編集]
批判の中心は、実技の範囲が広すぎること、説明責任が現場に過度に委ねられたこと、そして一部自治体で「演習」の名のもとに過剰な身振り指導が行われたことである。特にのにおける「姿勢と距離感の統一講座」は、受講生が講師の振り付けを丸暗記する形式で進められ、教育か舞台稽古か判然としないとして批判を浴びた。
また、法文中の「健全な実地理解」という表現があいまいであるため、保守派からは「道徳の衣を着た技術主義」と評され、改革派からは「結局、性の話を別室に押し込めただけ」と指摘された。この二重批判により、同法は賛否の両陣営から同時に不満を持たれる珍しい制度として定着した。
後年の改正と評価[編集]
改正では、実技の必修時間が自治体裁量へ移され、全国一律の色彩は薄れた。これにより制度は安定した一方、先進自治体で行われていた相談演習の熱量はやや低下し、研究者の間では「法が成功したのではなく、現場が法を飼い慣らした」と表現されることがある。
の小野寺真理子は、同法を「日本の保健教育が初めて羞恥と知識を同時に扱おうとした試み」と位置づけたが、別の研究では「教材と同じくらい同意書の書式が発展を左右した」とも論じられている。なお、文部行政史の概説書では、同法の評価について「制度としては中途半端、文化史としては過剰に豊か」とまとめられている[4]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会順一郎『思春期保健の行動学的定着』日本教育出版社, 1988.
- ^ 小野寺真理子「性教育実技推進法の成立と自治体裁量」『教育制度研究』Vol. 14, No. 2, pp. 41-67, 2003.
- ^ 田嶋久美子『保健室が学校を変える』学芸書林, 1996.
- ^ Harper, Elaine M. “Practical Intimacy and Public Schooling in Japan.” Journal of Comparative Civic Education, Vol. 8, No. 1, pp. 12-39, 1998.
- ^ 佐伯信也「実技と同意書の戦後教育行政」『月刊文教行政』第22巻第6号, pp. 5-19, 2001.
- ^ Morrison, Paul T. & Igarashi, Yuko. “The Card Deck Problem in Health Education Reform.” Asian Pedagogical Review, Vol. 11, No. 4, pp. 201-228, 2004.
- ^ 『保健実技カード150 解説書』文部省 保健実技教育局, 1991.
- ^ 加納エリ『恥ずかしさを教える授業』青潮社, 1992.
- ^ Sato, Noriko. “The Municipalization of Sexual Health Instruction.” Bulletin of East Asian School Policy, Vol. 5, No. 3, pp. 77-96, 2002.
- ^ 『教育最前線スペシャル アーカイブ年鑑1991』中央放送企画研究会, 1992.
- ^ 木原哲也「雪上相談訓練の地域教育学的意義」『北方教育学報』第7巻第1号, pp. 88-104, 2005.
外部リンク
- 日本保健実技史研究会
- 学校性教育アーカイブス
- 文教制度年表データベース
- 思春期教育資料室
- 自治体先行実施マップ