新中央高速道路
| 路線種別 | 新設・並行高速道路(構想) |
|---|---|
| 想定延長 | 約684.7 km(当初案) |
| 主要連結点 | ほか |
| 想定所要時間 | 〜 約3時間42分(試算) |
| 計画交通量 | 日交通量 132,000台(2035年目標) |
| 事業主体 | 新中央高速道路整備公団(仮称) |
| 用地方式 | 先行取得+ベイブルック型補償(当時の議論) |
| 特徴 | 山岳部は防音ではなく「音響調整壁」で設計する方針が議論された |
(しんちゅうおうこうそくどうろ)は、に並行してとを結ぶことを目的とした構想道路である。計画区間はから、さらに、、を経てへ至り、以後、、、、、、、、、、までを含むとされる[1]。
概要[編集]
は、の「物流ボトルネック」を緩和する目的で、首都圏と中部内陸を“よりまっすぐに”結び直す構想として整理された道路である。とくに計画時、道路交通ではなく通信遅延が話題になり、路線選定において「到着時刻の確率分布」まで含む議論が行われたとされる[2]。
成立経緯は、1980年代の高速道路料金制度改定に端を発する。旧来の料金施策では「夕方に一斉流入」が発生しやすいとされ、内閣府の作業部会では“分散のための迂回路”として側から山岳区間へ段階的に接続する案が検討された。なお、この時期の資料では、路線名が複数回“中心”から“新中心”へ言い換えられた痕跡が見られるという指摘もある[3]。
計画の選定基準とルート像[編集]
ルートは、架空の交通工学モデル「三層流儀(さんそうりゅうぎ)」に基づき、(1)通勤系、(2)幹線物流系、(3)観光回遊系を分けて考える前提で描かれた。具体的には、ピーク流量のうち約17.3%は観光回遊であり、観光回遊の“戻り”が翌朝の渋滞を生むため、休憩施設の位置を北緯・東経ではなく「帰着確率の谷」に合わせる必要があるとされた[4]。
その結果、計画区間は→→→→→→→→→→→→→→→→という並びで説明されることが多い。実務上はこの“順番”を優先し、勾配区間の調整は後から行う方針が議会向け資料に書かれていたとされる[5]。
また、山岳部の設計思想が特徴である。防音を主とする一般的傾向に対して、やでは「走行音を減らす」のではなく「走行音を“一定の周波数に整える”」音響調整壁が採用される想定だったとされる。建設省系の技術者は、走行音の快適性が休憩回数を増やし、結果として交通分散につながる可能性を指摘したとされるが、これがのちに批判の的になった[6]。
歴史[編集]
構想誕生:通信遅延と“道路の秒”[編集]
の起点は、1991年の「道路秒計画」と呼ばれる社内プロジェクトに求められる。これは道路そのものではなく、料金ゲート周辺の渋滞によって発生する“到着のばらつき”が、当時広がりつつあった遠隔会議の同期を乱すという問題意識から生まれたとされる[7]。作業を担当したのは、運輸計画局の若手である(仮名の官僚として資料に登場する)で、彼は「遅延は平均ではなく分布で測るべきだ」と主張したと記録される。
ここで提案されたのが、で“中央回廊”を作り直す考え方である。資料では、JCTの名称が同一文書内で「富士山幹線結節点」「富士山結節所(FNC)」と揺れている。編集の過程で“かっこよさ”が優先されたのではないかという推測もあるが、少なくとも政治日程の都合で呼称を固定する必要があったことは示唆される[8]。
整備を狙った試験工区:下部温泉郷の“温度同調舗装”[編集]
2004年、構想の具体化として周辺に「試験工区A」が設けられたとされる。ここでは融雪や補修の目的で、路面温度を検知し舗装の膨張を抑える「温度同調舗装」が導入される予定だった。実験計画では、路面温度の目標偏差を±0.8℃以内に収めるとされ、さらに補修費を平方メートルあたり月額で計算する独特の積算が採用されたという[9]。
ただし、温度同調舗装は“温泉の熱”を活用する発想に寄りすぎたため、温泉源の湧出量が季節で変動する問題が指摘された。結局、試験工区は舗装そのものではなく「データの取り方」を評価する段階で打ち切られ、現場では“道路が温泉に負けた”という噂まで立ったとされる[10]。この逸話は、後の住民説明会で引用され、「道路は理屈、温泉は自然」とまとめられた。
計画停滞と再解釈:郡上八幡で生まれた“観光分散工学”[編集]
2013年以降、用地買収の進捗が伸び悩み、構想は“再解釈”の局面に入った。再解釈の中心になったのは、地域観光の時間軸を分散させる「観光分散工学」である。作成された内部資料では、における宿泊ピークが年間で最頻値を取り、そこから前後に±6.5週間の波が立つと推定されていた[11]。
このモデルでは、やの休憩時間が“平均”ではなく“分位”で管理される。たとえば第二休憩の推奨滞在は第70パーセンタイルで34分、第三休憩は第85パーセンタイルで41分といった具合で、運用マニュアルはまるで金融商品のように記述されたとされる。結果として、観光地側は歓迎したが、物流業者からは「回遊のための遅延を許容できない」との反発が出た[12]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、道路を作る目的が“渋滞緩和”ではなく“行動誘導”へ滑っているのではないかという点であった。特に音響調整壁の議論は強い反応を呼び、の近隣自治体では住民が「車の音を整えるなら、私たちの生活音も整えてほしい」と訴えたとされる[13]。
また、ルートの途中にあるやの扱いが不自然だという指摘もあった。これらは当時の自治体境界や開発計画と完全に整合しない可能性があるとされ、都市計画の専門家は「地名が先に決まって、工学条件が後から合わせられた」と分析したとされる。ただし、資料の残り方が断片的であるため、実際に誰がどの順番で決定したかは確定していないとされる[14]。
一方で、擁護側は“計画が未成熟だからこそ選択肢が残る”と主張した。彼らはからにかけての山岳区間を、危険箇所ではなく「観光の揺らぎを吸収する区間」として設計する案を提示し、交通事故リスクよりも人の動きの学習効果を重視したとされる。ここに「安全より物語を取った」という揶揄が生まれたとされるが、議事録の書きぶりが妙に熱いことから、記述の編集過程に感情が混ざった可能性が指摘されている[15]。
評価:社会に残った“道路以外の成果”[編集]
が実際に完成するに至らなかったとしても、周辺の制度設計や交通データの取り方には影響が残ったとされる。たとえば、道路計画の段階で「分布で評価する」発想が先行し、以後の渋滞評価が平均値から分位へ移ったという回顧もある[16]。これは一見すると学術的な変更であるが、現場では「問い合わせの質問が変わった」こととして記憶されていた。
さらに、休憩施設の運用設計に“パーセンタイル”が導入された。これによりの営業時間延長が議論され、結果的に観光地の周辺交通に“段階的に空気を入れる”ような運用が増えたとされる。もっとも、この手法は物流側から「遅い便を前提にした設計」と見られることもあり、評価が割れたままになった[17]。
加えて、地域の語りが道路計画に寄っていった。たとえばでは「道路が来る前に風景を測ろう」という測量会が開かれ、地元の測量サークルが“音響調整壁の周波数”を自作の装置で測ろうとした逸話が残る。これは成功したのか失敗したのか記録がなく、ただ活動写真だけが残っているとされる。この曖昧さが、嘘のようにリアルな伝承を生んだといえる[18]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 新中央高速道路整備公団『新中央高速道路(仮)技術検討報告書』新中央高速道路整備公団, 2002.
- ^ 渡辺精一郎「到着のばらつき(分布)に基づく道路評価の試み」『運輸計画季報』第18巻第2号, pp. 41-63, 1993.
- ^ Margaret A. Thornton「Percentile-Guided Travel Behavior and Corridor Design」『Journal of Transport Simulation』Vol. 12, No. 4, pp. 201-228, 2011.
- ^ 田中真紀子「音響調整壁の快適性評価:青崩峠モデル」『道路工学レビュー』第7巻第1号, pp. 9-34, 2008.
- ^ 佐伯和典「温度同調舗装と地域資源:下部温泉郷試験工区Aの記録」『土木技術史研究』第3巻第3号, pp. 77-92, 2006.
- ^ 鈴木志保「観光分散工学と休憩施設運用(郡上八幡における検討)」『観光交通学会誌』第22巻第5号, pp. 130-156, 2014.
- ^ 国土計画局『道路秒計画(付録資料集)』国土計画局, 1991.
- ^ Akiyoshi Kuroda「Three-Layer Flow Rituals: A Heuristic for Expressway Parallel Routes」『International Review of Urban Mobility』Vol. 9, No. 2, pp. 55-79, 2010.
- ^ 新中央高速道路整備公団『観測と編集:議事録の断片から読み解くルート決定過程』新中央高速道路整備公団, 2017.
- ^ Hiroshi Nishimura『Geometric Confidence and Expressway Naming』銀河出版, 2005.
外部リンク
- 新中央高速道路計画アーカイブ
- 道路秒計画・資料室
- 青崩峠音響調整壁 研究会
- 下部温泉郷 試験工区データ閲覧所
- 郡上八幡 観光分散工学ノート