新砂町駅
| 名称 | 新砂町駅 |
|---|---|
| 種類 | 架空の地下駅 |
| 所在地 | 東京都江東区新砂町 |
| 設立 | 1938年(仮開業) |
| 高さ | 地上部 14.2 m |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造・二層式地下ホーム |
| 設計者 | 渡辺精一郎、横山トメ子 |
新砂町駅(しんすなちょうえき、英: Shinsunacho Station)は、にある[1]。現在では一帯の交通結節点として知られているが、その成立にはの埋立計画と、後年の地下水制御技術が深く関わっていたとされる[2]。
概要[編集]
新砂町駅は、東部の低地帯に所在する地下駅である。駅舎は地上に小さくしか現れないが、地下には長さ約312メートルの避難回廊と、潮位の変化に応じて自動で閉鎖する可動止水門が備えられている。
駅はの埋立拡張が進んだ初期、貨物線の旅客転用を見据えて建設されたとされる。現在では周辺のと住宅地を結ぶ拠点として機能しているほか、駅名に含まれる「新砂」が「新しい砂ではなく、締め固められた古層の砂」を指すという俗説でも知られている[3]。
名称[編集]
「新砂町」の名は、当地の埋立地が完成した際、現場責任者のが工事用の砂を検分しながら「これは海砂ではなく、町を支える新しい砂だ」と述べたことに由来するとされる。ただし、駅名として定着したのは、それより後にの内部文書で「新砂町停留場」と誤記されたことがきっかけであるともいわれる。
なお、地元では「新砂町」の読みが時期によって揺れたとされ、開業当初は、戦後の復旧図面では、最終的に現在のに落ち着いたと伝えられる。これに関しては文献ごとに表記が一致せず、駅名標の裏面にのみ旧字体の表記が残されているという。
沿革[編集]
計画から仮開業まで[編集]
新砂町駅の計画は、による臨海部整備案の一部として始まった。当初は軍需物資の搬送を目的とする地下連絡路であったが、に旅客化案が急浮上し、翌年の仮開業に至ったとされる。仮開業時のホームは片側のみで、列車は1日4往復、しかも満潮時には運休するという極めて不安定な運行であった。
この時期、駅の天井から滴る地下水を受けるために、改札外に長さ1.8メートルの銅製樋が設置された。これは後に「日本で最初期の雨水再利用設備」として紹介されたが、実際には清掃員がバケツを置くのが面倒だったために作られたと地元では語られている。
戦後復旧と拡張[編集]
の大規模補修では、駅構内の地盤沈下が想定より82センチ進んでいたことが判明したため、ホーム全体がジャッキで持ち上げられた。この工法は当時としては珍しく、後にの技術資料集で紹介されたが、施工報告書の末尾に「作業員の弁当が先に持ち上がった」と記されている点が有名である[4]。
には改札口が1つ増設され、に合わせた案内表示の多言語化が行われた。もっとも、英語表記の「Shinsunacho」が長すぎるとして、一時的に「S-Cho」と略された時期があり、海外からの来訪者が貨物線の詰所へ案内されたという逸話が残る。
現代の再整備[編集]
以降はの防災計画と連動した再整備が進み、駅構内の壁面に吸水性の高い焼成レンガが貼られた。現在では、地下水の上昇に応じて床面下の空気層が膨張し、ホームの傾斜を年平均0.3度以内に保つ仕組みが導入されている。
また、の改修では、旧貨物用トンネルが一般開放され、週末のみ見学可能な「潮位観測廊」として公開された。この廊下の終端には、駅の初代設計者の胸像があり、右手に巻尺、左手に切符を持つ姿で建立されたとされる。
施設[編集]
駅は地下2層、地上1層の構成で、上層には小規模な駅舎と換気塔、下層には島式ホーム2面3線がある。3番線は通常は使用されないが、台風接近時には臨時の待避線として使われ、過去にはの際に自転車112台が一時保管されたことがある。
構内には「潮騒ホール」と呼ばれる半円形の待合空間があり、壁面には海図を模したタイルが敷き詰められている。これらのタイルは、近隣ので焼かれたもので、1枚ごとに海岸線の深度が異なるという妙な仕様である。
さらに、駅務室の奥には「砂時計室」と呼ばれる小部屋があり、ここでは潮位・気温・来客数を砂の落下速度で測る旧式の計器が展示されている。職員によれば、最も精度が良い日は1時間あたりの誤差が3分以内に収まるという。
交通アクセス[編集]
新砂町駅へは、系統の架空支線「新湾線」と、の循環路線でアクセスできるとされる。駅前広場は幅42メートル、奥行き19メートルで、雨天時には中央部に直径6メートルの水たまりが意図的に残るよう設計されている。
自動車利用の場合、駅北側の立体駐車場から地上改札まで徒歩4分であるが、満潮時には地下連絡通路の気圧差のため、実際には6分以上かかることが多い。地元ではこの現象を「新砂時間」と呼ぶことがあり、駅の時刻表もこれに合わせて1分単位で微調整されるという。
なお、駅周辺にはの高架が近接しているが、騒音対策として高架橋脚に吸音砂袋が巻かれている。これは駅の開業100周年記念事業の一環で設置されたもので、見た目が米俵に似ていることから観光客に好評である。
文化財[編集]
新砂町駅の旧駅舎は、の「近代地下交通遺構」に準ずる建造物として登録されている。とりわけ、駅舎正面のアーチ窓と、地下通路に残る手彫りの方位表示板が高く評価され、教育委員会によって年2回の特別公開が行われている。
駅構内にある初代改札鋳物は製で、改札機としての機能を失った後も、旅客の安全祈願を担う「通行守」として保存されている。これを撫でると帰宅が早くなるという迷信があり、通勤客の一部は朝の入場前に必ず右側の角を触っていく。
また、駅西口の地上換気塔は、に「都市景観上重要な設備」としてから準文化財指定を受けたとされる。ただし、指定書の写しには設備名が「新砂町塔」ではなく「新砂町党」と印字されており、当時の担当職員が一字違いに気づいたかどうかは不明である。
脚注[編集]
[1] 開業年については資料により1937年説、1938年説が併記されている。 [2] 地下水制御技術との関係は、戦後の補修記録に基づくとされる。 [3] 「新しい砂」の語源は地元の口承によるもので、一次史料は確認されていない。 [4] 建設省資料集『沈下地盤における駅舎持上げ工法』第3巻第2号、pp. 44-61。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『臨海低地における地下駅設計論』東洋建築学会誌, Vol. 18, No. 4, pp. 201-219, 1940.
- ^ 横山トメ子「新砂町駅の止水門試験報告」『都市地下構造研究』第7巻第2号, pp. 33-58, 1952.
- ^ 佐伯俊一『江東埋立地の交通結節点』潮流出版社, 1966.
- ^ 田中澄江「駅名における転記誤差と地域定着」『交通史研究』Vol. 12, No. 1, pp. 5-21, 1978.
- ^ 東京都港湾局『新砂町駅周辺防災再編計画報告書』, 2009.
- ^ 増田圭介『地下駅の湿度と乗客心理』日本都市技術叢書, 第5巻第3号, pp. 77-93, 2014.
- ^ M. H. Carter, 'Subterranean Transit and Tidal Control in Eastern Tokyo', Journal of Urban Infrastructure Studies, Vol. 9, No. 2, pp. 101-128, 2018.
- ^ 鈴木栄蔵『埋立と駅名のあいだ』新砂町文化協会, 1939.
- ^ 建設省技術資料集編集委員会『沈下地盤における駅舎持上げ工法』第3巻第2号, pp. 44-61, 1951.
- ^ Elizabeth Wong, 'The Curious Case of the Sand-Clock Room', Proceedings of Coastal Transit History, Vol. 4, No. 1, pp. 9-14, 2021.
外部リンク
- 新砂町駅保存会
- 江東臨海交通資料館
- 東京都地下遺構アーカイブ
- 潮位観測廊公式案内
- 新湾線利用促進協議会