日々の大喜利会
| 行事名 | 日々の大喜利会 |
|---|---|
| 開催地 | 東京都千代田区(日比谷周辺) |
| 開催時期 | 9月上旬〜中旬(主催便宜で3日間) |
| 種類 | 即興口上・神前五七調・大喜利(参加型) |
| 由来 | 稲荷へ“日々の笑い”を奉納する言葉遊びの儀礼 |
日々の大喜利会(ひびのだいきりかい)は、のの祭礼[1]。40年ごろより続くの初秋の風物詩である。
概要[編集]
は、で行われる即興芸能と投句(投げる比喩)を融合した年中行事である。神前で短い題材が配られ、参加者がその場で返しを作る形式が中心である。
祭礼の核は「日々の笑いを供える」という建前にあり、笑いが“収穫”として数えられる点に特徴がある。実際の運用では、境内の掲示板に当日用の「反応指数」が貼り出され、出来の良い返しには札ではなく“日数”が付与されると説明されている[2]。
また、会の進行は落語会のような流れでなく、短い儀礼(拝礼)→題出し→返し→神職講評、の循環で構成されるとされる。なお、この循環は「三回まわして気が馴染む」という信仰に基づくとされ、古い記録には、返し作りの所要時間を“最大でも49秒まで”とする目安が書き残されている[3]。
名称[編集]
名称は、参加者が“その場で思いつく日々の喜び”を神に届ける、という趣旨から付けられたと伝わる。特に「大喜利」の語が、喜利稲荷神社の古い神札の文言「大いなる利(ことわり)」から採られたという説明が、祭礼要項の冒頭に置かれることが多い。
一方で、実際には「日々の」部分が重要だとされる。これは前年のネタを持ち込まず、当日配布の紙片(題)に対してのみ返すことで、日々の考えを刷新する“儀礼的禁欲”が成立するためであると、関係者は語っている。
また、呼称が地域で分岐し、側では略して「日々大(ひびだい)」と呼ぶ人もいるとされる。さらに、外来者向けには「Hibi Daikiri」と英字表記されたポスターが掲出されることがあり、近年の観光促進策との結節も指摘されている[4]。
由来/歴史[編集]
起源譚(“笑いの収穫”説)[編集]
由来は、の湿地に「言葉の種」を播くと願掛けした明治期の神職・渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)に結び付けられることが多い。彼は、農作業の人手が足りない年に、代わりに神社へ通う者へ口上を依頼し、その出来を“翌月の米俵の多寡”に換算する帳簿を試みたとされる[5]。
その帳簿には、口上の出来を「うなずき」「吹き出し」「背筋の伸び」の三種で採点し、合計が108を超えると“豊作指数”が上がる、といった独特の換算が残るとされる。ただし、この帳簿の原本は長く所在不明で、現在は複写が回覧されている段階だという。
なお、口上の“即興”は、当時の寺子屋の復習を禁じる意味で導入されたと説明される。既成のことばではなく、日々の頭の働きそのものを供える、という発想がこの行事に織り込まれたと推定される。
制度化(昭和40年代の運用設計)[編集]
祭礼が現在の形に制度化されたのは40年ごろとされる。当時、都心の通勤者の増加により、神社の参拝導線が分断され、境内の滞留時間が短くなったことが課題となった。
そこでの文化振興担当が、待ち時間を“言葉遊びの短時間競技”に置き換える試みを行ったと伝えられている。いわゆる「日々の大喜利会」では、短時間で集中が生まれるよう、題出しから返し提出までを平均で32秒、最大でも49秒に収めるよう設計したと記録される[6]。
また、当時の神職会議の議事録に「笑いの量は測れないが、照明の明暗は測れる」とあり、返しの間に境内照明を二段階に調整する“見た目の採点補助”が採用されたという。もっとも、照明採点は後年に廃止され、現在では参加者の拍手数を“目安”に留める運用へ移行している[7]。
日程[編集]
日程は「9月上旬の初日が神明の目覚め、同中旬の最終日が題の収束」と説明される。運用上は3日間で行われるが、初日の朝には前夜祭に準ずる“題前(だいまえ)”が実施されるとされる。
初日(第1回)は、の本殿前で開会拝礼が行われ、参拝者へ“今日の題片”が配られる。参加者はその題片を財布にしまい、昼の部まで開かないという習俗があり、「財布の中で温まると返しが柔らかくなる」といった迷信めいた説明が添えられることがある[8]。
昼の部と夕の部で題が変わり、夕の部では“日々の生活”に近い題材(通勤、洗濯、終電など)が多用される傾向がある。なお、最終日には神職講評の後、返しの採録が行われ、上位返しには“日数札”(にっすうふだ)として「○日供納」が書き込まれるという。
各種行事[編集]
各種行事は、儀礼と芸能が交互に配置され、単独で行われるよりも“連続性”を重視する形で構成されている。主なものとして、題出しの前に行う、返しの最中に行う、締めに行うが挙げられる。
では、参加者が短い呪文(五七調の脚韻)を唱えてから題片を受け取るとされるが、神社側は呪文そのものを公表しないとしている[9]。または、笑いが爆発しすぎると“利”が流れる、という古い比喩に由来すると説明される。実際の運用では、拍手を「三拍まで」とする張り紙が出されることが多い。
では、提出した返し用紙が小型の焚き火台で焼かれるとされる。焼いた後、灰は回収され、翌年の受付で“文字の熱”が混じった鉛筆(らしきもの)が配られることがあるとされる。ただし鉛筆の配布は一部の年だけで、確実な年次記録が揃っていない点が、むしろ民俗学的に語り継がれている[10]。
そのほか、子ども向けに題片を“絵題”へ変換する、遠方の参加者を対象に手紙形式の返しを受け付けるがある。郵便神答は、返信が届いた日を“参加日”として扱うため、実質的に参加者の生活日程が祭りへ吸い込まれる、と表現されることがある。
地域別[編集]
地域別の特徴は、同じ行事名でも“題の匂い”が変わる点にある。神社の氏子域である側では、制度・慣習をからめた題が多く、「規則に勝てない人ほど笑える」という見方が共有されている。
一方で、や周縁の会社員が多い年は、終業後の疲労を題材にした即興が増える傾向がある。とりわけ、駅名やビル名をうっかり入れてしまう返しが“誤爆扱い”になり、誤爆した返しほど大喜利として評価が上がるという、妙に合理的なルールがあるとされる[11]。
さらに、遠方から来る観光客は「翌日も大喜利を続けるのが礼儀」と誤解することがある。主催側はこれを訂正し、あくまで“日々の大喜利会”は当日一回の儀礼だと説明するが、結果的に参加者が帰宅後に家族へ同じ題を出し合う事例が増えたという指摘もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『日比谷稲荷の言葉帳(複製)』喜利稲荷神社史料室, 1956.
- ^ 田中啓吾『神前即興芸能の時間設計』明治学院出版, 1973.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritual Timing and Public Laughter in Urban Shrines』Journal of Folk Performances, Vol.12 No.3, 1981.
- ^ 小林妙子『拍手の節制と儀礼工学』国書刊行会, 1990.
- ^ 吉田宗助『終電題と生活笑の社会学』東京民俗研究所紀要, 第7巻第1号, 2004.
- ^ 金子守『図解大喜利の記号論』筑波大学出版局, 2011.
- ^ Sato Haruka『Postal Oracle Formats in Japanese Seasonal Festivals』Asian Cultural Studies Review, Vol.5 No.2, 2016.
- ^ 喜利稲荷神社編『祭礼便覧(縮刷版)』喜利稲荷神社, 2020.
- ^ 架空科学協会『照明二段階採点の最適化』架空科学協会出版, 1987.
- ^ 佐藤一馬『笑いが灰に変わるまで』誤字だらけ民俗叢書, 1999.
外部リンク
- 喜利稲荷神社 公式祭礼案内
- 日比谷大喜利同好会
- 都市民俗リソースセンター
- 神答(しんとう)投稿窓口
- 図解大喜利アーカイブ