日本アグリーセーター協会
| 正式名称 | 日本アグリーセーター協会 |
|---|---|
| 英語名 | Japan Ugly Sweater Association |
| 略称 | JUSA(ジャッサ) |
| 設立 | (登記上の成立日はとされる) |
| 所在地 | 東京都千代田区(協会事務局) |
| 活動分野 | 衣類審美、地域イベント、企業協賛 |
| 主な事業 | アグリーセーター・グランプリ、着用キャンペーン |
| 運営媒体 | 月刊『セーター学報』、協会公式掲示板 |
日本アグリーセーター協会(にほんアグリーセーたーきょうかい)は、いわゆるを評価し、着用を促すことを目的とした日本の民間団体である。季節イベント「冬の下品(※)」として知られる審美会を運営してきたとされる[1]。
概要[編集]
日本アグリーセーター協会は、、すなわちを“審美対象”として扱う枠組みを提供する団体である。単なる趣味としてではなく、社会関係の潤滑油として機能させる理念が掲げられており、「笑いは文化資本である」とする決議が繰り返し引用されてきたとされる[1]。
協会の特徴は、作品評価の基準が異様に工学的に整理されている点である。具体的には、色彩の衝突度、糸の反発係数、袖口の“ぶつかり率”など、審査員の体感を数値化する採点表が整備されている。なお、この採点表は「着用者の勇気指数(BQI)」を基準に点数が伸びる仕様であり、毎年の運用改訂が議論の種になっている[2]。
歴史[編集]
起源:『ダサさの公共性』研究会[編集]
協会の前身は、1990年代前半に大阪市で開かれた「ダサさの公共性研究会」に求められるとされる。研究会は、街の商店街で増えた派手なセーターが“威圧に見える”という相談を契機に、逆方向へ振り切ることで空気を柔らげようという発想から始まったとされる[3]。
研究会の中心人物として名前が挙がるのは、繊維メーカー勤務の渡辺精一郎と、当時はフリーのイベント企画者だったである。両者はセーターの“醜さ”を否定せず、公共空間における温度を下げる技術として再定義したことで知られている。渡辺は会合の議事録で「醜の効用は、褒められない者同士を結びつけることにある」と述べたと伝えられる[4]。
当初の構想は「ugly sweater を協賛する会」であり、企業が“わざと惜しい”商品デザインを出すことで、冬季の購買意欲を安全に刺激するという奇妙に合理的な筋書きが用意された。これに呼応して、の毛糸問屋が試作糸を提供し、研究会は全参加者に同じ配色の“ずれ”を強制することで比較検証を行ったという[5]。
発展:グランプリ制度と“勇気の基準書”[編集]
に日本アグリーセーター協会が名目上設立されたのち、最初の大きな制度化として「アグリーセーター・グランプリ」が整備された。第1回は横浜市の港沿い施設で開催され、参加者は約1,284名、審査回数は「布の継ぎ目が増えるたびに追加採点する」という変則運用だったとされる[6]。
協会は評価を巡る混乱を抑えるため、1999年に「勇気の基準書(BQI規格)」を発行した。基準書では、ダサさの要素が“主張の強度”として定義され、(1)色の衝突点数、(2)図柄の意図不明度、(3)袖口の引っかかり感、(4)首元の自己主張、の4系統で採点することが示されたとされる[2]。
なお、この規格の運用中に、審査員が実際に転びかけた事例が記録されており、「危険度は審美の一部である」との議論が一度だけ巻き起こった。結果として、危険度は“ゼロ”であることが前提のうえで、見た目の不器用さだけを評価する、と整備し直されたという[7]。この修正が、協会の信頼性を支えたと主張する編集者もいる。
近年:企業協賛の“ダサい広告”化[編集]
2000年代後半には、協会の活動が企業の広告戦略に組み込まれていったとされる。特に東京都渋谷区を中心に、「ダサさを買う」というスローガンが流行し、飲料メーカーがパッケージデザインを“間違った方向”へ寄せるキャンペーンを展開したとされる[8]。
一方で協会は、企業が“うまくダサくする”ことへの警戒も示した。協会は「本物のダサさは、作者の後悔が織り込まれている」とし、メーカーが狙いすぎる場合は減点する運用を導入したという。具体的には、図柄が左右対称すぎると“反省の痕跡がない”として1.7点の減点となるほか、ラメ使用が統計的に過剰な場合は“祝祭ムード”に寄りすぎとして0.9点が引かれる仕組みになったと報告されている[9]。
この方針は賛否を呼び、協会掲示板では「悪趣味を管理するのは悪趣味である」という投稿が注目されたとされる。ただし協会は、善意の管理を通じて笑いの事故率を抑えるのが目的だと説明してきた。結果として、冬季のイベントは“炎上”ではなく“共感”として扱われる場面も増えたとされる[10]。
運営と仕組み[編集]
日本アグリーセーター協会の主な事業は、年次の「アグリーセーター・グランプリ」と、地方巡回の「着用啓発ツアー」である。前者は全国から応募された作品を、協会指定の“評価温度帯(15〜19℃)”で撮影し、その写真を基に採点する方式が採用されるとされる[11]。
協会が評価の際に重視するとされるのは、素材そのものよりも“着たときの場の音”である。たとえば、ウールのチクチク音、アクリルの軽い軋み、刺繍の糸が擦れる間(ま)の長さなどが、参加者の申告票によって補正される。申告票は「痛みを0点とし、笑いを満点とする」と読める形式で配布されるため、読者の間では「罰則のように思える」とも言われる[12]。
また、協会は“模倣禁止”を掲げている。模倣とは、過去の受賞作の配色をそのまま再現する行為を指すとされる。理由として、模倣は「笑いの遺伝」を断つためだと説明された。ただし現実には、協会は年度ごとに“典型的な失敗パターン”を公開しており、皮肉にも再現が進むと指摘する声もある[13]。
社会的影響[編集]
協会の活動は、ファッションを巡る価値観を揺り戻すことで社会的な議論を生んだとされる。従来は“ちゃんとしていること”が評価軸だったが、協会は「ちゃんとしていないことを言語化できる場」を提供したとされる[14]。
特に地方の商店街では、冬季に客足が鈍る問題があり、協会の巡回企画は“来街理由”として定着した。協会側の試算では、ツアー開催後の週末来客数は平均でに上がったとされる。ただしこの数値は「観測地点が二十四時間営業店の入口のみだった」という注釈付きであり、推計の妥当性には疑問が持たれたという[15]。
さらに、学校現場では“宿題の提出より先に着てしまう”という運用トラブルが起きたとされる。協会は対策として、セーターの着用を「授業の開始10分後まで」と定めた内規を出した。皮肉にも、その内規が守られるほど、生徒が協会を“先生”のように見なす傾向が強まったと報じられている[16]。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのが、協会がダサさを“格付け”し、結局は別種の序列を作ってしまう点である。「ダサいことが勝ちになるなら、ダサい競争になる」との指摘が学術寄稿でも見られたとされる[17]。
また、企業協賛の拡大に伴って、批判は“商業化”へ向かった。協会はスポンサーを歓迎するとしつつ、「スポンサーのロゴは1袖だけに留める」という謎のルールを設けた。だがルールがあまりに具体的であるため、逆に“ロゴを一袖に集中させる技術”が流通し、やがて悪趣味が最適化されるという皮肉が生じたとされる[9]。
さらに、採点の透明性を巡って「BQIが主観に過ぎる」という異議も出た。協会は反論として、BQIは“主観の平均”ではなく“主観の配列”だと説明したという。この説明は一部からは理屈っぽいとして笑われ、別の一部からは「百科事典的に聞こえるので許した」と評価されたとされる[18]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 日本アグリーセーター協会編集委員会『セーター学報:勇気の基準書(BQI規格・増補改訂版)』協会出版局, 2000年.
- ^ 渡辺精一郎「ダサさの公共性と評価の数理」『日本繊維社会学会誌』第12巻第3号, pp.45-62, 2002年.
- ^ エレナ・マクファーソン「Uglyの翻訳—語感が空気を変える—」『International Journal of Fashion Play』Vol.8 No.1, pp.11-29, 2004年.
- ^ 佐藤良太『冬の広告に潜む審美工学』東京図像研究所, 2007年.
- ^ 中村祐介「袖口のぶつかり率:観察と推定の試み」『繊維工学フィールドノート』第5巻第2号, pp.77-90, 2009年.
- ^ 田中真琴「商店街来街動機としての“着用イベント”」『都市生活研究』Vol.19 No.4, pp.201-226, 2011年.
- ^ Katherine Rowe『The Metrics of Embarrassment』Oxford Press, 2013年.
- ^ 吉田麻衣『よくわかるアグリーセーター採点術』名もなき出版社, 2016年(※タイトルが一部誤植のまま再販されたとされる).
- ^ 李成俊「比喩としての不器用さ:評価制度の副作用」『Sociology of Taste Letters』第22巻第1号, pp.1-18, 2018年.
- ^ 鈴木誠「反省の痕跡とラメ量:減点設計の合理性」『衣類文化論叢』第30巻第2号, pp.88-104, 2021年.
外部リンク
- JUSA公式掲示板
- セーター学報アーカイブ
- BQI計算機(配布資料)
- アグリーセーター・グランプリ応募ポータル
- 着用啓発ツアー日程表