朝倉知子
| 別名 | 避難連絡マトリクス研究会 代表(旧称) |
|---|---|
| 生誕年 | 1971年 |
| 国 | 日本 |
| 分野 | 生活防衛学、家庭防災設計、危機コミュニケーション |
| 主な活動地域 | 東京都世田谷区および関東一帯 |
| 所属(登場史) | 非営利任意団体「備蓄設計研究会」 |
| 代表的手法 | 三層備え指数(TBRI) |
| 影響領域 | 自治体講座、企業のBCP研修(家庭版) |
朝倉知子(あさくら ともこ、1971年 - )は、日本の「生活防衛学」に基づく家庭災害対策の提唱者として知られる人物である。家庭内の“備え”を数値化して広めた功績は、自治体の防災講座にも波及したとされる[1]。
概要[編集]
朝倉知子は、家庭の防災を「感情」ではなく「設計」として扱う立場から、生活防衛学の普及に取り組んだ人物である[1]。
その活動は、地震・台風などの災害が“いつ来るか”ではなく、“その瞬間に誰が何を決めるか”に注目する点に特徴があるとされる。とりわけ、家庭内の意思決定手順を図式化し、連絡・備蓄・避難の順序を「三層備え指数(TBRI)」として算出する方法が、実務者の間で半ば定番化したと説明される[2]。
一方で、朝倉の理念はしばしば「防災を生活の息苦しさに変えるのではないか」とも批判され、講座会場では質問票が余り、代わりに“個別の恐怖に寄り添う”相談時間が増えるという現象が報告されている[3]。この結果、朝倉は「数の話を、安心の話として終える」ことを徹底したとされる。
経歴と活動[編集]
「三層備え指数(TBRI)」の着想[編集]
朝倉は神奈川県横浜市の地域小学校PTAでの役員経験を起点として、備蓄の“量”より“段取り”が失敗につながる例を体系化したと語られる。転機になったのは、1998年の町内会防災訓練で、参加者120名中、連絡網を確認できたのが37名(31.0%)にとどまったという記録であった[4]。
この出来事をもとに、朝倉は備蓄・連絡・避難を「第一層(在宅維持)」「第二層(連絡復元)」「第三層(移動選択)」として区分し、それぞれを10項目ずつ採点する枠組みを作ったとされる。ここで合計100点満点の指数TBRIを作り、70点以上を“家族の会話が成立する備え”と定義したと説明される。
なお、TBRIの算出表には、なぜか「冷蔵庫の奥を触らない誓約」や「子どもの靴ひもを結び直すタイムライン」といった項目が含まれていたとされ、設計思想は“理屈”より“習慣の再編集”に寄っていると指摘されている[2]。
公的場面への橋渡し[編集]
朝倉の活動が公的な研修に採用されたのは、東京都世田谷区の委託事業「家庭防災設計実証プログラム」(当時、応募は全国で18団体、採択は3団体)に選ばれたことによるとされる[5]。
同事業では、町内の避難所で配布する紙教材の裏面に、TBRIの短縮版(TBRI-7)が印刷された。TBRI-7は7つの質問に答えるだけで“備えの穴”を示す仕様で、朝倉は「設問数は人の不安を増やさない範囲で7に固定する」と主張したとされる[6]。
さらに、朝倉は企業向けに「家庭版BCP研修」を提案し、日本の中堅メーカー「株式会社カイセイ物流」では、営業担当が通勤前に自宅の連絡ルートを3分で点検する“モーニング・マトリクス”が導入されたという逸話が残っている[7]。ただし、この研修の実施率は初月で推定62.4%にとどまり、上層部は「数字が落ちるのではなく、生活が追いつかない」点を理由に追補策を講じたとされる[8]。
社会的影響[編集]
朝倉の理論は、家庭防災を“道具の購入”から“意思決定の整備”へとずらした点で影響が大きかったとされる。講座を受けた参加者の一部では、備蓄の賞味期限管理が細部まで徹底され、賞味期限切れの廃棄が「前年同月比で-19件」になったという報告が、自治体の広報に引用されたことがある[9]。
また、朝倉の紹介した「避難連絡マトリクス」は、災害時の電話が通じない前提で、SMS・災害用伝言サービス・近隣集合の順序を事前に決める仕組みであったとされる。特に、通話できない状況を想定して“話す内容を固定”することで、パニック時の言葉選びを減らすという発想は、学校の学級通信にも取り入れられたと説明される[1]。
一方で、朝倉の普及活動は「備えの正解が一つに固定される」危険も孕んでいたとする見方もある。TBRIを導入した家庭では、指数が高いほど自信が増す反面、指数が低い場合に“自分の家は劣っている”という自己否定が生まれたという指摘があり、朝倉は後年「指数は裁判官ではない」と繰り返し述べたとされる[3]。
人物像とエピソード[編集]
朝倉は講座の冒頭で、必ず“静かな計測”を行ったとされる。たとえば、参加者に対して「部屋の中で最短距離の出口まで歩くのに、何歩で何秒か」を紙に書かせ、平均を出す。1999年の講座記録では、平均歩数が38.6歩、平均秒数が14.2秒であったという[10]。
このデータは単なる雑談ではなく、「移動の速度が遅いこと」ではなく「遅くなる要因を事前に潰すこと」を学ばせるために用いたと説明される。たとえば、朝倉は“靴のサイズが原因で手間が増える”ケースがあることを挙げ、参加者に家族それぞれの靴(または代替品)を「左右2点で換算」する簡易表を作らせたとされる[11]。この発想は合理的に見える一方で、なぜか参加者の子どもが自分の靴に名前を書き始め、講座が予期せず“生活の儀式化”へと向かったという。
さらに、朝倉は東京都港区の防災イベントで、壇上に透明な箱を置いたまま20分間、誰にも触らせなかったとされる。箱の中身は「何もない」と説明されたが、帰宅後に参加者が“空の箱の重さ”を手探りで覚えてしまい、その後の避難訓練で“持ち物の位置”が揃ったという不思議な実績があったと記録される[2]。この逸話は、合理の形をとりつつ学習心理を狙ったものだったのではないかと推定されている。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、朝倉の方法が家庭に“点数制度”を持ち込むことで、当事者が対話する機会を奪う可能性があるという点である。実際、ある調査ではTBRI導入家庭の一部で、避難計画の会話時間が開始から2か月で「月平均-14.8分」減少したとされる[12]。もっとも、同じ資料では“会話が減ったのではなく、必要な会話が短くなった”とする反論も掲載されている。
また、朝倉の講座が増えるほど、参加者の不安が“管理される不安”として残り続けるとの指摘もある。朝倉は「不安は消すのではなく、手順に吸収させる」と表現したとされるが、これに対して「不安が生活のバックグラウンドに居座る」との見解が出た[3]。
さらに、TBRIに含まれる項目のうち「冷蔵庫の奥を触らない誓約」について、合理性を疑う声もあった。批判者は、冷蔵庫の奥を触らないことと避難行動の因果は弱いと述べたとされる。ただし朝倉側は、冷蔵庫の奥を触る作業は“急いでいるときほど発生し、結果として時間を奪う”ため、行動の癖を断つ意味があると反論したとされる[6]。
この論争は、朝倉が「数字は目標であり、物差しではない」という説明を何度も繰り返すことで、一定の沈静化を見たとされる。とはいえ、会場では今も「結局、災害時に役立つのはどこまでの理屈なのか」という質問が繰り返されると報じられている。
脚注[編集]
脚注
- ^ 朝倉知子『家庭防災設計のための三層備え指数(TBRI)』備蓄設計研究会出版局, 2009.
- ^ 山田悠真『数字で折る不安:避難連絡マトリクスの実装』中央防災学会, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton, “Household Risk as Decision Architecture,” Journal of Civic Preparedness, Vol. 18, No. 2, pp. 44-63, 2016.
- ^ 鈴木明良『学校における危機コミュニケーション教育の設計』教育防災研究会, 2015.
- ^ 【東京都】『家庭防災設計実証プログラム報告書(世田谷区・委託事業)』第3版, 2007.
- ^ 田中章介『TBRI-7の妥当性と短縮手順の心理効果』防災情報学論文集, 第12巻第1号, pp. 77-99, 2011.
- ^ Keiko Matsuda, “Morning Matrix Protocols in Corporate Home BCP,” International Review of Business Continuity, Vol. 9, No. 4, pp. 210-236, 2019.
- ^ 佐藤礼子『災害時における対話量の変化:点数制度の影響』社会心理防災, 第6巻第3号, pp. 1-18, 2021.
- ^ 匿名『冷蔵庫の奥を触らない誓約:行動癖と時間の損失』家庭行動研究, 第2巻第7号, pp. 55-60, 2013.
- ^ ピーター・クレイン『管理された不安の終端(Management of Managed Anxiety)』東京政策出版, 2018.(原題の一部が誤記されていると指摘がある)
外部リンク
- 三層備え指数 公式アーカイブ
- 備蓄設計研究会 講座記録データベース
- 家庭版BCP実践ガイド(寄稿集)
- 危機コミュニケーション教材倉庫
- 世田谷区 防災設計ワークショップまとめ