林家たい平(巨大機械)
| 名称 | 林家たい平塔 |
|---|---|
| 種類 | 複合観覧施設・観測塔 |
| 所在地 | 埼玉県秩父市東郊外丘陵 |
| 設立 | 1987年 |
| 高さ | 92.4m |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造、一部機械塔 |
| 設計者 | 林沢義信建築研究室 |
| 運営 | 秩父観光開発公社 |
林家たい平塔(はやしやたいへいとう、英: Hayashiya Taihei Giant Machine)は、にあるである[1]。現在では落語展示と機械遺構を兼ねる特殊な建造物として知られ、後期の地方振興事業に由来するとされる[2]。
概要[編集]
林家たい平塔は、東部の丘陵地に所在する観覧施設で、外観が巨大な演者像と機械塔を折衷した意匠になっているのが特徴である。地元では単に「たい平機械」とも呼ばれ、遠望するとの高層展望施設に似るが、近づくと落語の小道具倉庫、蒸気式回転舞台、放送記念室が複雑に組み込まれている点で異なる[3]。
現在では年間約18万4,000人が訪れるとされ、観光施設でありながら、の登録有形文化財に相当する扱いを受けている。もっとも、登録の経緯には一門による寄贈説、議会の議事録改ざん説、さらに「機械内部で一度だけ本物の汽笛が鳴った」事件など、要出典級の逸話が多い。
構想の背景[編集]
建設構想は前半、沿線の来訪者増加策として持ち上がったとされる。当初は単なる展望台であったが、の名前を冠した「笑いの送信塔」として再設計され、結果的に巨大機械のような外観に変化した。
規模[編集]
塔体は地上14階、地下2階、総延床面積は約26,700平方メートルである。内部の主動力系統は現在停止しているが、回転席の一部だけが毎月第3日曜に試運転され、来場者は「実際に動く巨大機械」であると誤認しやすい。
名称[編集]
名称は、落語家のに由来するというのが通説であるが、実際には建設当初の仮称「対平式観光塔」を誤って人名化したものだともいわれる。なお、地元資料では「たい平」の「たい」は平穏、「平」は山の平坦部を示すと説明されているが、工事関係者の回想録では「大出力式回転機」を縮めた符号だったとされ、説明が一致していない[4]。
一方で、正式名称が決定したの市議会議事録では、担当課長が「たい平という語感が、巨大機械の安心感と親和する」と発言した記録が残る。もっとも、同じ議事録の翌頁には建設費の単位が「万円」ではなく「円」で印字されており、文書としての信頼性には疑義がある。
沿革[編集]
計画と建設[編集]
計画はにの観光再編構想として始まり、にの特別補助事業へ採択されたとされる。設計を担当した林沢義信建築研究室は、当時すでに回転式看板塔の研究で知られており、本施設では風力で自動的に向きが変わる外装羽根を採用した。
開業と事故[編集]
の開業式では、テープカットの直後に機械足部の油圧弁が誤作動し、式典用の紅白幕が塔の外壁を一周したという。幸い負傷者はなかったが、この出来事以降、施設は「笑うと止まる機械」として話題になり、来場者が拍手をすると内部モーターの試運転音が大きくなる現象が観測された。
現在まで[編集]
以降は老朽化が進んだものの、の耐震補強で外部骨格が更新され、現在では観測塔としての役割よりも、地域文化の保存拠点としての機能が重視されている。また、毎年に実施される「たい平機械祭」では、塔全体が提灯で装飾され、夜間に機械音を模した録音が流される。
施設[編集]
塔の1階には受付と土産物売場、2階から4階には落語資料室があり、歴代の高座道具や寄席看板の断片が展示されている。7階の「回転機械室」には直径11.8mの円盤床が設置されており、かつては毎時1回だけ90度回転していたが、現在は安全上の理由から観覧者の体感演出にとどめられている。
最上部の展望室はを一望できるとして知られているが、晴天時にはとともに「地平線の向こうにあるはずのない煙突群」まで見えるとされる。これは機械塔内部の反射板が作る光学効果だと説明されているが、地元では「たい平塔が笑うと景色が増える」と語られている。
地下2階には「反響庫」と呼ばれる部屋があり、ここで一言発声すると約6.4秒遅れて戻るため、演芸の稽古場として重宝された。なお、館内案内板の一部は9年製のまま残されており、現在でも「機械が完全停止するまで走らないでください」と書かれている。
交通アクセス[編集]
最寄り駅はのとされ、徒歩約19分で到達できる。駅前からは施設専用の小型シャトルが30分間隔で運行されているが、観光シーズンには「巨大機械優先」の臨時便が追加されるため、時刻表が実態と一致しないことがある。
自動車ではから東郊外丘陵へ入る山道を通る。駐車場は普通車312台分、観光バス11台分が用意されているが、塔の回転試験日には搬入路が一時的に封鎖されるため、近隣のに迂回させられることが多い。なお、タクシー運転手の間では「たい平塔まで」と伝えると、ほぼ例外なく旧正面ではなく裏口に着くと言われている。
文化財[編集]
林家たい平塔は、の近代観光遺産として扱われるほか、外装フレームの一部がに準じる意匠保全対象に指定されている。特に、入口上部の「笑いの送信口」と呼ばれる金属彫刻は、昭和末期の公衆娯楽施設における装飾技術の到達点と評価されている。
また、館内の機械図面には、設計者の林沢義信が手描きしたとされる余白メモが残されており、そこには「上から見た時、少しだけたいへんに見えるように」と記されている。これは後年の修復委員会で真偽が議論されたが、現在も保存対象として封印されている[5]。
脚注[編集]
[1] 『秩父観光年報1988』によれば初出は「林家たい平塔」であるとされる。 [2] ただし、同書の巻末索引では「大平機械塔」とも記載されている。 [3] 展望機能と演芸機能を併設した施設は当時としても珍しかった。 [4] 1986年9月の市議会速記録には誤植が多く、引用には注意が必要である。 [5] 余白メモの原本は現在、の特別収蔵庫に保管されているとされる。
関連項目[編集]
の地方振興
脚注
- ^ 佐伯隆一『秩父観光年報1988』秩父観光協会, 1988, pp. 41-58.
- ^ 林沢義信『回転塔と笑いの構造』建築文化社, 1986, Vol. 12, No. 3, pp. 102-119.
- ^ 高瀬美和『地方遊戯建築の系譜』新都出版社, 1994, pp. 201-233.
- ^ 大河内進『観測塔の社会史』関東学術出版, 2001, 第4巻第2号, pp. 15-39.
- ^ Marjorie H. Allen, "Mechanical Folly and Civic Humor in Postwar Japan," Journal of Urban Heritage, 1999, Vol. 8, No. 1, pp. 77-96.
- ^ 田島和也『埼玉県の奇妙な文化財』みどり書房, 2007, pp. 88-97.
- ^ E. R. Whitcombe, "The Taihei Protocol in Regional Spectacle Design," Architectural Anomalies Review, 2004, Vol. 3, No. 4, pp. 11-28.
- ^ 秩父市教育委員会編『林家たい平塔保存調査報告書』秩父市役所, 2012, pp. 5-146.
- ^ 三輪千鶴『笑いを支える機械遺構』河岸出版, 2015, 第1巻第1号, pp. 64-81.
- ^ Jonathan K. Reed, "A Tower That Laughs Back," Proceedings of the Society for Speculative Heritage, 2018, Vol. 21, pp. 9-22.
- ^ 秋山玲子『たいへんだった建築名の話』白澤社, 2020, pp. 13-29.
- ^ Chiba, N. & Sato, M., "On the Acoustic Delay Room of Hayashiya Taihei Tower," Memoirs of Mechanical Folklore, 2022, Vol. 5, No. 2, pp. 140-155.
外部リンク
- 秩父観光開発公社公式案内
- 埼玉県近代観光遺産アーカイブ
- 林家たい平塔保存協議会
- 東日本機械建築研究フォーラム
- 郷土資料デジタル展示室