水曜ドラマ100のオムライス
| 名称 | 水曜ドラマ100のオムライス |
|---|---|
| 英語表記 | Wednesday Drama 100 Omelettes Rice |
| 別名 | 100オム枠、卵包み水曜劇場 |
| 放送開始 | 1987年10月7日 |
| 放送終了 | 1996年3月27日 |
| 発案者 | 関西料理演出研究会と東都放送編成部 |
| 主な舞台 | 東京都港区、横浜市中区、大阪市北区 |
| 特徴 | 毎話オムライスの作り方が物語進行に連動する |
| 記録 | 最高卵消費量 1話あたり平均38.4個 |
| 関連規格 | 卵白分離タイムコード規格 |
水曜ドラマ100のオムライスは、の民放各局で水曜22時台に編成された“食卓型連続劇”の総称である。毎回が重要な小道具として登場し、放送終了時点で100種類の卵焼きパターンが確認されたことからこの名で呼ばれる[1]。
概要[編集]
名称にある「100」は、100話構成を意味するのではなく、放送技術者の間で用いられた“卵の割り方100手順”の暗号名に由来するとされる。一方で、現場では第12話あたりで既に手順が崩れ、台本と調理指導書が別個に改訂されるなど、運用は極めて混沌としていた。結果として、ドラマ史における料理演出の一分野として扱われるようになったが、番組企画会議の議事録には「なぜ毎回ケチャップが地図になるのか」との記述が残る[3]。
成立の経緯[編集]
試験放送と卵協会の介入[編集]
起源はの試験番組『夜半の台所メモ』にさかのぼるとされる。同番組ではの要請により、視聴者が画面越しに卵の鮮度を判定できるよう、毎回オムライスの断面が以上映される仕組みが採用された。これが予想以上に好評で、翌年に系の編成担当・渡辺精一郎が「ならば水曜に毎週やるべきである」と提案したという[4]。
港区会議と“100”の決定[編集]
正式名称が決まったのはの貸会議室である。ここで放送作家の林田久子、料理監修の松平辰夫、舞台美術の黒崎一郎が集まり、番組名に数字を入れることで“教育番組と見せかけた娯楽番組”として通しやすくなると判断したとされる。なお、会議では当初『水曜ドラマ7のハヤシライス』案も出たが、スポンサーの都合で卵の方が勝ったという記録がある[5]。
番組の構成[編集]
また、調理シーンは単なる小道具ではなく、実際に物語の進行条件として機能した。撮影現場ではの旧式タイマーを改造した「オムタイマー」が用いられ、卵をフライパンに入れてから以内に会話が成立しない場合、脚本上は必ず雨が降るという不文律があった。ただし第41話では3分12秒にわたって誰も喋らなかったにもかかわらず快晴のまま終わり、要出典とされる伝説が残っている。
主要な演出技法[編集]
ケチャップ地図法[編集]
最も有名なのが“ケチャップ地図法”である。オムライス上に描かれるケチャップの線が、その回の人間関係図を表し、が長男、が元恋人を示すなど、家族構成と地理情報が奇妙に一致した。美術部は毎回のケチャップを用意し、書き直しに備えて同じ図を3枚分描くこともあった[7]。
卵白分離カット[編集]
卵白と卵黄を分ける場面を長回しで撮る「卵白分離カット」は、後年の演出にも影響を与えたとされる。監督の真鍋透は「感情の分離とは、卵白の透明度で測るものである」と発言したが、当時のスタッフは意味が分からず、録音されたまま保存された。現在では番組資料館で“演出思想の過剰純化”の例として展示されている[8]。
社会的影響[編集]
また、教育現場でも採用例があった。都内の調理実習では、オムライスを包む手つきでプレゼン能力を測定する「包卵式発表法」が一部で試行され、が「実施要領が過度にドラマチックである」として注意喚起を出した。なお、その通知文の末尾に小さく「ただし文化的意義は否定しない」と書かれていたため、現場では事実上の容認と受け取られたという。
批判と論争[編集]
一方で、番組終了後に一部のファンが“完全再現オムライス”を作ろうとしてを1日平均9個消費し、近隣の鶏舎から苦情が出た事件がある。この事件は「料理番組の熱狂が現実の物流を圧迫した稀有な例」として学会報告にまとめられたが、要旨の途中で執筆者がオムライスを食べに行ったため、結論部分が空欄のまま刊行された。
後年の評価[編集]
現在では、ドラマ史・食文化史・放送技術史の境界領域に位置づけられることが多い。ただし一部研究者は、そもそも番組そのものよりも、編成会議で配られた試食弁当の方が本体であった可能性を指摘しており、この説を採るとタイトルの“100”は弁当の卵焼きの数を意味したことになる。なお、当時の資料には確かに卵焼きが98個と記録されているが、残り2個については誰も覚えていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『水曜編成と卵料理の近代史』東都放送出版会, 1998.
- ^ 林田久子「連続劇におけるオムライスの象徴機能」『放送文化研究』Vol. 14, No. 2, pp. 41-67, 1993.
- ^ 松平辰夫『卵白分離カットの技法』中央料理評論社, 1995.
- ^ 黒崎一郎「港区会議における番組名決定過程」『編成学年報』第8巻第1号, pp. 112-130, 1992.
- ^ S. Hayashida, “Ketchup Cartography and Domestic Drama,” Journal of Culinary Media Studies, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219, 1996.
- ^ 真鍋透『オムタイマーの理論と実践』日本映像工学会出版部, 1994.
- ^ 東都放送技術局『卵白分離タイムコード規格 第2版』社内資料, 1991.
- ^ 高橋みどり「“感情の火入れ”という比喩の成立」『都市言語文化』第22巻第3号, pp. 55-73, 2001.
- ^ M. Thornton, “When Wednesday Smelled Like Omelette,” The Nippon Broadcast Quarterly, Vol. 9, No. 1, pp. 7-29, 2002.
- ^ 佐伯直哉『水曜ドラマ100のオムライス資料集成』港湾書房, 2007.
- ^ 加納真澄「欠落字幕と料理表現の相関について」『京都メディア大学紀要』第31号, pp. 9-18, 2014.
外部リンク
- 東都放送アーカイブセンター
- 卵白分離カット研究会
- 日本オムライス演出学会
- 港区映像史資料室
- 水曜夜帯番組年表データベース