水素の音
| 別名 | H2ノイズ、H響、白い鳴き声 |
|---|---|
| 初出 | 1907年ごろ |
| 提唱者 | 小泉逸三郎、マーガレット・A・ソーン頓 |
| 主な研究拠点 | 東京帝国大学物理学教室、横浜測音試験所 |
| 作用条件 | 低湿度・高純度水素・金属壁面の共鳴 |
| 特徴 | 金属管内での高周波の「きしみ」と記録される |
| 社会的用途 | 漏洩検知、舞台効果、睡眠導入装置 |
| 代表的装置 | 青銅共鳴壺、三連膜式聴診筒 |
| 関連制度 | 帝国理化学院音響規格第12号 |
水素の音(すいそのおと、英: Sound of Hydrogen)は、が特定の圧力・温度条件下で発する微弱な聴覚現象、またはそれを人工的に再現するための実験芸術の総称である。主に末期の周辺で体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
水素の音は、純粋なが示すとされた特有の音響応答であり、通常は人間には聞き取れない微細な振動を、金属共鳴器や石英膜を介して知覚したものとして説明される。研究者の間では、化学反応そのものが発する音ではなく、が管壁の電子雲に与える「遅い脈動」を拾った現象だと理解されていた。
一方で、期以降は実験芸術として再解釈され、純水素を送り込んだパイプオルガン、気泡槽、真空琵琶などを用いて再現されるようになった。この転換により、工学、舞台美術、都市雑音対策の三分野をまたぐ奇妙な学際領域が成立したとされる。
歴史[編集]
発見と初期研究[編集]
最初の体系的記録は、理学部の助教授であったが、講義用の水素発生装置の漏洩確認中に「笛に似たが笛ではない音」を聞いたとする実験ノートに求められる[2]。小泉は当初、これはの空気乾燥度による錯覚であると考えたが、翌週にの別室でも同様の音を確認し、記録を残した。
1909年には英国から来日していた音響学者マーガレット・A・ソーン頓がこれを「hydrogen whisper」と英訳し、の税関倉庫を借りて再現実験を行った。倉庫内での再現率は42%前後に留まったが、温度が度を下回ると金属壁に沿って音が「やや甲高く」変化することが確認されたという。
なお、当時の実験機器は極めて不安定であり、同じ装置でも午前と午後で別の現象として報告されることがあった。このため、では「水素の音は観測者の気分に左右される」とする独自の注意書きが付された。
標準化と普及[編集]
、の外郭組織である電信雑音調査局が、水素パイプの漏洩警報として「第1種・第2種・第3種」の三段階評価を導入したことで、現象は一気に行政用語へと取り込まれた。特に第2種の「かすれ鳴り」は、軍需工場の配管検査に有効であるとされ、との工場地帯で試験採用された。
には小泉の弟子であるが『水素音響標準論』を刊行し、共鳴器の材質を青銅・鉄・ガラスで比較した結果、青銅が最も「人に安心感を与える」と結論づけた。これは厳密には音響特性ではなく被験者の記述傾向を集計したにすぎないが、当時は「実用上の有効性」として広く受け入れられた[3]。
芸術化と大衆化[編集]
初期になると、水素の音は舞台装置として再利用され、やの小劇場で「見えない楽器」として人気を博した。とりわけに上演された《白い風の測定》では、舞台袖に置かれた水素瓶12本が、照明の熱で微妙に共鳴し、観客の7割が「雪の降るような音」と記述したという。
また、の前身にあたる東京中央放送実験班では、ラジオの無音区間に水素の音を重ねる「白音放送」が試みられた。聴取者からは賛否両論であったが、深夜の受信者の入眠率が通常比で18%上昇したとする社内報告が残っている。
技術的特徴[編集]
水素の音は、通常の可聴音というより、変化に応じて発生する半可聴域の振動として説明されることが多い。標準試験では、純度99.993%の水素を、内径3.6センチメートルの管に毎分1.2リットルで流し、端部に薄い羊皮膜を張って観測した場合に最も安定した「鳴き」が得られるとされた。
ただし、再現条件があまりにも繊細であるため、実際には観測者の咳払い、靴音、さらには沿いの風向きまで結果に影響するとの指摘がある。これを嫌って、1930年代の研究者は装置を地下室へ移し、床にを敷いたまま測定を行ったが、今度は畳の乾燥音が混入し、結局「音の純度」の概念が議論の中心になった。
社会的影響[編集]
工業の拡大とともに、水素の音は漏洩検知の実務へ深く入り込んだ。戦前のでは、熟練工が耳だけで危険濃度を判断できるとされ、月平均で31件の小規模事故を未然に防いだという。もっとも、この数字には「たまたま作業員が管を蹴ったため助かった分」も含まれていると後年に判明した。
一方で、以降は都市の静穏化運動と結びつき、騒音ではなく「無音の圧迫」として批判されるようになった。特に内の集合住宅で、水素式の給湯器から生じる高周波が乳児の睡眠を妨げるとする相談が相次ぎ、の一部は独自に「耳鳴りではなく環境要因」とみなす指針を配布した。
批判と論争[編集]
水素の音に対する最大の批判は、観測結果が再現しにくい点にあった。1941年の年報では、同一装置を3人の技師が担当したところ、Aは「笛」、Bは「風鈴」、Cは「炭酸飲料の泡」と記述し、どれが正しいかで2日間の議論が続いたと報告されている。
また、にの若手研究者が「水素の音は金属疲労が作る幻聴である」と発表したことで論争が激化した。これに対し、旧来の支持者は「幻聴であっても規格化されれば科学である」と反論し、学会の会場前で小型水素ボンベを並べた公開実演を行った。なお、この実演では警備員が最初に退席したため、記録映像が不完全である。
現代の受容[編集]
に入ると、水素の音は主としてサウンドアートと教育展示で存続している。の体験型施設では、来館者が透明チューブに息を吹き込むと「水素っぽい音」を合成する装置が設置され、年間約8万4千人が体験しているとされる。
また、にはの企画展「見えないものの鳴り方」で再評価され、音響学史の文脈だけでなく、災害時の配管監視技術や夜間の静音デザインの原点として紹介された。もっとも、展示説明の末尾にある「当館では実際に水素を用いた再現を推奨しない」との一文が、来場者の笑いを誘ったという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小泉逸三郎『水素音響標準論』帝国理化学院出版部, 1924.
- ^ Margaret A. Thornton, The Whispering Hydrogen: Notes on a Tokyo Experiment, Journal of Applied Acoustics, Vol. 12, No. 3, pp. 201-219, 1910.
- ^ 沢村信二郎『白音放送試験報告』東京中央放送実験班資料, 1931.
- ^ 中村重雄「水素管内の半可聴振動に関する一考察」『理学紀要』第18巻第2号, pp. 77-96, 1938.
- ^ Harold P. Wainwright, Acoustic Leakage in Industrial Hydrogen Systems, Transactions of the Royal Society of Engineering Sounds, Vol. 7, pp. 44-68, 1949.
- ^ 山岸みどり『都市静穏化と無音圧』緑書房, 1962.
- ^ 佐伯文治「金属疲労と幻聴の境界」『京都工学レビュー』第4巻第1号, pp. 5-17, 1969.
- ^ Elizabeth Crowther, The Aestheticization of Gas Noise in Modern Japan, Cambridge Urban Studies, Vol. 21, No. 1, pp. 88-113, 1987.
- ^ 国立科学博物館編『見えないものの鳴り方 展示図録』科学博物館出版, 2022.
- ^ 渡辺精一郎『水素の音の民俗誌』港湾文化社, 1978.
- ^ 田所尚『H2ノイズ入門――配管が歌うとき』日曜工学新書, 1995.
外部リンク
- 帝国理化学院アーカイブ
- 横浜測音試験所旧蔵資料室
- 白音放送研究会
- 国立科学博物館 企画展アーカイブ
- 水素音響史データベース