清月
| 名称 | 清月 |
|---|---|
| 読み | せいげつ |
| 別名 | 月洗い菓子、浄月、白露餅 |
| 起源 | 京都市東山区の月見講で成立したとされる |
| 主材料 | 白餡、寒天、粗糖、柚子皮、竹炭灰 |
| 分類 | 低温熟成型の和菓子 |
| 関連行事 | 十五夜、寒露会、清掃奉納 |
| 標準熟成時間 | 18〜24時間 |
| 保存期間 | 常温で約2日 |
清月(せいげつ)は、末期にの月見文化と浄化思想が結びついて成立したとされる、低温熟成型の儀礼菓子である[1]。のちに期の都市衛生運動と結びつき、茶席・寺院・学校給食にまで浸透したことで知られている[2]。
概要[編集]
清月は、表面を薄い白粉で覆い、内部に柚子香の白餡を封じた小型菓子である。製法上はの凝固と低温乾燥を要し、湿度の高い時期には製造が難しいとされる。
名称は「月を清めて供する」ことに由来すると説明されるが、実際には下のある菓子司が、明治20年代に市役所の衛生標語「清く・明るく・静かに」に便乗して命名したという説が有力である[3]。ただし、同名の月見団子との混同を避けるため、老舗では意図的に「清月」を「せいげつ」と読ませる慣行が定着したとされる。
定義と特徴[編集]
清月の定義は広く、茶席で一口菓子として供されるものから、寺院の奉納用に直径9センチまで大型化したものまで含まれる。特にの一部では、表面に竹炭灰を極薄く刷く「曇り仕上げ」が伝統とされ、この処理が月光の反射率を0.18まで下げると宣伝されたことがあるが、数値の根拠は不明である[4]。
流通[編集]
戦後はの問屋街を経由して関西一円に広がり、1972年にはの非公式統計で年間約12万箱が出荷されたとされる。なお、近年は冷蔵流通の普及により、祭礼用のほか、企業の月初会議用菓子としても流通している。
歴史[編集]
成立期[編集]
清月の原型は、年間に近くの茶屋で出された「水月餅」に求められるという説がある。これは月見の宴で供された菓子が夜露で崩れやすかったため、の僧が竹炭を混ぜて表面を乾かしたのが始まりと伝えられる。もっとも、この逸話は明治後期の菓子誌に初出するため、後世の創作である可能性が高い。
普及期[編集]
期には茶道家のが、清月を「月を食べる作法」と評し、裏千家系の稽古菓子として推奨したことで知名度が上昇した。これにより、従来の饅頭文化に対抗する「白い菓子の美学」が生まれたとされる。
初期には、都市部の学校で「清月一斉検食」が行われたとの記録があり、給食指導の一環として児童に1人2切れまで配布されたという。実際には保管温度の問題から配布数がしばしば不足し、欠食児童が見学だけさせられた、という要出典の証言も残る。
現代[編集]
21世紀に入ると、清月は伝統菓子というより地域ブランドの象徴として再定義され、の推奨土産に含まれた。なお、2016年にはSNS上で「#清月断面図」が流行し、切断面の白餡層が満月のクレーターに似ているとして若年層に再評価された。
一方で、2021年に一部工房が「宇宙食清月」を名乗って販売したところ、吸湿剤の封入量が多すぎて菓子というより石膏に近い食感になり、批判を受けた。業界団体は「月面着陸に耐える硬さ」と説明したが、逆に話題を拡大させた。
製法[編集]
清月の基本工程は、白餡の練り上げ、柚子皮の微量混和、寒天層の成形、表面白粉の塗布、18時間以上の低温熟成から成る。特に熟成工程では、から吹き下ろす風を模した送風機を用いる工房があり、月夜の乾燥条件を再現するために照度120ルクス以下で作業する例もある。
伝統工房では、白粉の定着を「雪止め」と呼び、職人は毎朝7時17分に第一回目の塗布を行うとされる。これはの創業家が、東本願寺の鐘の時刻に合わせたのが始まりとされるが、現代では職人の気分調整の意味合いが強い。
なお、製法書の一部には「満月の前夜にだけ甘味が増す」との記述があるが、科学的検証では再現性が確認されていない。もっとも、清月職人の間では「月齢より湿度の方がよほど重要である」と半ば公然と述べられている。