濃く古楽
| 分野 | 音楽学・音響文化 |
|---|---|
| 成立 | 1958年頃(とされる) |
| 中心地域 | (主にと) |
| 主な方法 | 濃度指数にもとづく旋律設計 |
| 関連学会 | |
| 代表的媒体 | 手製の共鳴板冊子と実測譜 |
| 対立軸 | 「薄く古楽」との美学論争 |
| 語の由来 | “濃度”と“古楽”の造語とされる |
(こくこがく)は、音色の「濃さ」を測定しつつ、古典的な様式を“時間の密度”として扱うとする芸術運動である。特に周辺で1950年代後半に広がり、のちに音響工学や地域文化政策と結び付いたとされる[1]。
概要[編集]
は、伝承されてきた様式(古楽)をそのまま再現するのではなく、演奏時に生じる響きの濃度を指標化し、その指標に合わせて旋律やアーティキュレーションを微調整する試みとして語られている。
一般に、濃く古楽では「時間の密度」への関心が強いとされ、同じ古い曲であっても、練習室の温湿度・床材の吸音率・靴底の硬度まで含めて“濃さ”を揃えることが重視されたとされる。なお、この運動はが発行する会報で定型文として扱われ、学術的にも“文化実験”の枠に位置づけられた[2]。
一方で、音楽的には古典性を守るはずが、実測値に引きずられて「正しさ」の基準が揺らぐことも多かったとされ、当事者のあいだでは「古楽が濃くなるのではなく、技術が曲を濃く塗り替えているだけではないか」といった疑念が繰り返し出された[3]。
成立と発展[編集]
語の誕生:江戸の“濃度調律”メモ[編集]
濃く古楽という呼称が定着した直接の起点として、内の小規模工房「江河音響(こうがおんきょう)」に残されたとされるノートが挙げられる。同ノートは、1957年の夏に当時の調律士が作成した「共鳴濃度の暫定指標」を含み、表紙には鉛筆で“Koku-Kogaku”とだけ記されていたと説明される。
渡辺は、古楽の旋律を歌い継ぐ家々を訪れて録音したのち、「母音の保持時間」を0.1秒刻みで分類し、同時に測定マイクの高さ(床から)と反射板の材質(桐、松、合板)を記録した。ここから濃度指数(後述)が作られたとされ、さらにその指数を“音楽の時間を濃くする操作”として語る文体が、工房の常連であった編集者により記事化されたとされる[4]。
ただし、当該ノートは現存が確認されていないともされ、のちの研究者は「記憶の再編集によって濃く古楽の言葉が先に成立した可能性」を指摘している[5]。
制度化:葛飾での“文化実験補助”[編集]
1961年度、の文化課が、地域音楽の振興を目的に「音響文化実験費」枠を新設したとされる。担当だった(課長補佐)は、補助金審査で“濃度指数の公開”を条件にしたと語られ、これが濃く古楽の発展を決定づけたとされる。
このとき提出が求められた資料は、演奏記録に加えて「濃度指数レポート(通称DCR)」であり、同レポートには再生条件(室温、湿度、空調稼働率)が細かく要求された。なお、審査書式はの関連部局から“既存の音響測定様式を転用した”として承認され、形式面での説得力が増したとされる[6]。
制度化の副作用として、濃く古楽が「数値に合わせる芸」として見られるようになり、伝承の場の人々からは「老人の息遣いを機械に合わせるのか」という批判も出たとされる。もっとも、当時の審査担当者は「批判を受けることで濃さが整う」と半ば真顔で述べた記録が残るとされ、のちに論争の火種になったとされる[7]。
国際化:音響工学との混線[編集]
1970年代に入ると濃く古楽は、音響工学側からの関心を集めた。特に、海外では“古楽の演奏を再現不能にするのは人間の揺らぎである”という通俗的見解が広まり、これを“濃度指数で統制する”という発想が魅力的に映ったとされる。
との共同研究として、濃度指数を「スペクトル密度の時間積分」として定義し直す提案が出され、研究グループは“薄く古楽”を対照群として設定した。ここで、薄く古楽側は「同じ曲を、指標値を下げた条件で演奏する」とされ、結果として濃く古楽と薄く古楽は“同じ古典を二種類の社会に翻訳する”概念として整理された[8]。
この整理の過程では、濃く古楽が実質的に音響機器の販売促進と結び付いたのではないかという疑念も生じ、学会内部で「測定の正しさと芸術の正しさは必ず一致しない」という注意喚起が出されたとされる[9]。
技法と考え方[編集]
濃く古楽の中核とされるのは、濃度指数(DCI: Density Coefficient Index)という考え方である。指標の具体式は論者により異なるとされるが、多くの場合「母音保持時間の分散」「反射板による倍音の増減」「休符の長さが与える知覚の密度」を合算し、最後に係数で“古楽らしさ”を補正する仕組みになっているとされる。
代表的手順では、最初に演奏者の声質を測るのではなく、部屋側の条件を先に固定する。たとえば、調律士が“濃さが育つ条件”として挙げるのは、床材の厚み、カーテンの遮音率、さらに座布団の圧縮度である。これらを揃えたうえで、曲は古いものから選ばれるが、選曲理由は旋律ではなく“時間密度が上がりやすい音程の並び”であるとされる[10]。
また、濃く古楽では「音の輪郭」よりも「音が消える速度」に着目する傾向があったとされる。とくに終止形の直後に置かれる沈黙(ミクロ休止)は、測定上の“知覚の濃度”として最重要だと説明され、当事者の間では「沈黙は小節を裏切らない」といった言い回しが流行したとされる。ただし、その沈黙を過剰に作ると演奏が“説明的”になり、古楽の沈み込みが失われるとして、複数の批判が出たともされる[11]。
社会的影響[編集]
濃く古楽は、単なる音楽の流派というより、地域の文化行政と技術文脈を繋ぐ媒介として働いた。区の補助金審査がDCR提出を求めたことで、学校の音楽室でも簡易の計測が行われ、測定器を持ち込むことが「学びの態度」として扱われるようになったとされる。
この結果、内の小中学校では、音楽の授業に“濃度体験”と呼ばれる短い実験が組み込まれたと説明される。授業では児童が、同じ旋律を「高湿度条件」と「低湿度条件」で歌い分け、感想を“濃い/薄い”の二択ではなく、濃度カード(色付きの感覚尺度)に記入したとされる[12]。なお、濃度カードの色は当初とだけだったが、のちにが追加されたとの証言もある。
一方で、濃く古楽が“測れる文化”を推進したことで、測れない伝承や即興が周縁化されたという指摘もある。特に、の老舗寺子屋では「数値で褒められる歌が減った」とする記録が残っているとされ、技術が共同体の価値判断を変えたのではないか、という議論につながったとされる[13]。
批判と論争[編集]
濃く古楽に対しては、正確な測定が“古楽の解釈そのものを決めてしまう”という批判が繰り返し出された。学会誌上でも「DCIは芸術の基準ではなく、技術の都合である」といった論旨が採られ、測定を主張する側と、測定に依存しない演奏を守ろうとする側で対立が生じたとされる。
論争の中でも象徴的だったのが、1978年の公開演奏会「濃度の夕べ」である。主催側は、観客席の位置によって聞こえ方が変わることを補正するため、会場床の上に透明な吸音布を敷く措置を採ったとされる。しかし、観客の一部は布の存在そのものを不快に感じ、「古楽が“会場の都合”で歪められている」と抗議したという[14]。
さらに、濃く古楽の言葉が“商標化”されたのではないかという疑念も出たとされる。実際には、の関連団体が、指標名DCRを用いる申請手続きを求めたと説明されているが、手続きの詳細が公開されず「実質的な囲い込みだ」との声が上がった。もっとも、学会側は「囲い込みではなく品質保証だ」と反論し、品質保証の根拠として“合格基準がである”と記した書類を提示したとされる[15]。この点数が高すぎるのか低すぎるのかは、当事者の価値観により割れたとされ、現在でも引用の対象になっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「共鳴濃度の暫定指標と旋律操作」『音響文化研究』第12巻第3号, pp.112-129, 1960.
- ^ 秋川ユリ子「区報における“古楽”語彙の再編」『地域文化叢書』第7巻, pp.41-58, 1964.
- ^ 大江慎吾「音響文化実験費の審査基準策定過程」『地方行政と文化』Vol.9, No.2, pp.77-86, 1962.
- ^ Margaret A. Thornton「Reconstructing Density in Early-Style Performance」『Journal of Applied Acoustics and Culture』Vol.21, No.4, pp.233-251, 1976.
- ^ Karl-Heinz Dreyer「Time-Density as a Measure of Authenticity」『Proceedings of the International Symposium on Sound History』第3巻第1号, pp.12-30, 1979.
- ^ 田中里紗「濃度カードによる知覚尺度の簡易化」『教育工学季報』第18巻第1号, pp.5-19, 1982.
- ^ 佐伯和則「濃く古楽と薄く古楽の二項対立の社会学」『音楽社会学研究』第26巻第2号, pp.90-108, 1985.
- ^ 江河音響編「DCR様式の運用記録(非公開資料より)」『江河音響研究資料』pp.1-44, 1963.
- ^ Beatrice L. Nguyen「When Measurement Becomes Aesthetics: The Case of DCI」『New Sound Review』Vol.33, No.1, pp.1-14, 1988.
- ^ (書名が微妙に不一致)渡辺精一郎『共鳴濃度の終局指標:完全版』新潮技術出版, 1956.
外部リンク
- 濃度指数アーカイブ
- 江河音響メモサイト
- 日本音響文化学会 旧会報庫
- 葛飾区 文化実験補助の資料室
- 公開演奏会「濃度の夕べ」記録翻刻