熊本県の大学一覧
| 対象 | 熊本県内に所在するとされる大学 |
|---|---|
| 成立 | 1898年ごろ(諸説あり) |
| 根拠法令 | 県立学府整理令(旧称) |
| 主管 | 熊本県教育庁 高等教育地勢調整班 |
| 掲載基準 | 本部所在地、分校の有無、火山灰対策指数 |
| 関連制度 | 地域学寮認定制度、通学距離緩和措置 |
| 初版編纂者 | 渡辺清十郎 |
| 現行版監修 | 熊本大学地誌研究室・私立大学配置史料室 |
熊本県の大学一覧(くまもとけんのだいがくいちらん)は、内に所在するとされる大学を、設立順および「火山圏適応度」に基づいて整理した一覧である。元は末期に周辺で始まった高等教育再配置計画の副産物として成立したとされる[1]。
概要[編集]
本一覧は、に置かれる大学を、県庁内で用いられてきた「学府密度」と由来の地形条件に従って整理したものである。一般には単なる大学の羅列とみなされがちであるが、実際には・・の三区分に加え、火山灰対策のための建物規格まで参照して編集されてきた。
一覧の特徴は、国立・公立・私立を機械的に並べるのではなく、創設時の通学船路、路面電車との接続、さらには冬季の霧における講義継続率など、妙に細かい基準が混在している点にある。そのため、同じ大学でも版によって順序が入れ替わることがあり、県教育庁内では「半固定リスト」と呼ばれている[2]。
成立の経緯[編集]
起源は、下の旧藩校資料を整理していた渡辺清十郎が、への報告書に「本県は学問施設が散在し、雨季に学生が迷う」と記したことにさかのぼるとされる。これを受けて、当時の県会は「大学の所在を可視化しなければ、卒業生が県境を越えてしまう」と判断し、地図帳形式の覚書を作成した。
この覚書はのちにの「高等学府並置調査」、の「火山障害下通学実態調査」を経て、現在の一覧形式に近いものへと変化した。特に調査では、講義中に火山灰が机上に0.8ミリ以上堆積した場合を「休講相当」と扱う基準が導入され、以後、大学一覧に気象欄を併記する慣行が生まれた[3]。
掲載基準[編集]
県内所在の扱い[編集]
本一覧では、本部キャンパスが内にある大学を基本とするが、例外として、学生課が県外にあっても学長室が周辺に残る場合は掲載対象となる。また、の臨海実習施設を常設学舎として扱うかどうかは、1960年代の海霧被害記録をもとに年ごとに見直されることがある。
火山灰対策指数[編集]
編集部では、各大学に「火山灰対策指数(KVI)」を付与しており、屋根勾配、送風機台数、学生証の防塵袋同封率などを合算する。KVIが72を超える大学は「準災害学府」として太字で記される慣例があったが、2001年以降は紙幅の都合で省略されることが多い。なお、この指標は後に一時的に注目されたが、数式が難解すぎたため、一般向け資料ではほぼ触れられなくなった[要出典]。
一覧の揺れ[編集]
一覧は単純な固定表ではなく、編集者ごとに「創立年順」「学部数順」「路面電車停留所からの徒歩分順」などで並べ替えられてきた。とりわけ中心部の大学は、渋滞時間帯により順位が上下するため、ある年は上位、別の年は下位に回ることがある。この曖昧さが、逆に本一覧の信頼性を高めていると評される。
一覧[編集]
国立・公立大学[編集]
1. (1949年)- 県内で最も「火山灰研究への応用率」が高い大学として知られる。旧制時代の学生がで採取した灰を理学部に持ち込み、以後、キャンパス内の掲示板が防塵ガラス化されたという逸話が残る。
2. (1947年)- 文系の強さで知られるが、設立当初は「農村統計と畳の耐久性」を同時に教えていたとされる。学長公邸の縁側で行われたゼミが有名で、雨天時だけ受講者が増えるため「季節変動の大学」と呼ばれた。
3. (1968年)- 実在しそうだが実在しない代表例としてたびたび話題になる。もとはの整備計画書に紛れ込んだ名称で、正式には高等専門学校の大学相当部門を指すが、県内では半ば独立大学として扱われる。
4. (1975年)- 阿蘇の斜面を利用した斜め講義室で有名である。開学式の日に噴煙がちょうど背後に立ち上り、来賓が全員「演出が過剰」とメモしたことから、以後の式典では煙の量を県が毎時測定するようになった。
私立大学[編集]
5. (1967年)- 県内私学の中でも最も早く学食の米をに統一した大学である。学生自治会が「白米の粒立ちが講義の集中度を上げる」と主張し、3年連続で学内食堂売上が17%増加したという。
6. (1907年)- 女子教育史の文脈で語られることが多いが、初期には「編み物の目数と漢詩の韻脚を同一試験で採点する」独自制度があった。旧校舎の階段幅が狭すぎて、卒業生の間では「縦に努力する大学」として知られる。
7. (1970年)- 海がないのに海洋系実習が強いとされる。かつての倉庫を改装した実験棟で、学生が人工波の発生装置を誤作動させ、近隣の乾燥機が一斉停止した事件が有名である。
8. (1983年)- 県内で唯一、学部名に「環境劇場学部」を置いたとされる新興大学。創設者がイタリア留学中に大学祭の仮装行列へ感銘を受け、講義にもカーテンを導入したという逸話が残る。
9. (1991年)- 留学生比率が年度によって乱高下することで知られる。とくにの宿舎に住む留学生が、祭礼時に地元保存会へ参加し、翌年から大学の説明会が神輿の後ろで行われるようになった。
10. (1924年)- 家政・教育・看護を三本柱に発展したとされるが、創立時には「傘のたたみ方」が必修であった。大正期の寄宿舎日誌に、台風のたびに学生が廊下で布団を畳み、結果として県内随一の収納術が培われたと記録されている。
地域特化型・特殊系大学[編集]
11. (1978年)- 天草諸島の潮流データをもとに、水産だけでなく離島行政まで教える大学である。入学式の日に欠席者が多い年ほど漁獲高が高いという迷信があり、地元では「欠席率と豊漁率の相関」が毎年語られる。
12. (1986年)- 温泉街の空き旅館を転用して開学したとされる。試験期間中は浴衣での受験が許可され、解答用紙が湿気で波打つため、教員が筆圧まで採点基準に入れたという珍説がある。
13. (2004年)- 河川工学と地域史を横断する大学で、授業では本物の堤防模型を半分だけ作って壊す実習が行われる。創設のきっかけは氾濫後の復興会議で、県議が「学部を建てたほうが早い」と発言した議事録が残る。
14. (1998年)- 環境医学と地域ケアを強く打ち出した大学として一覧に入る。初年度には「診察室の窓を海の方へ向けるべきか」が学内で真剣に議論され、最終的に窓は3度だけ海側へ傾けられた。
社会的影響[編集]
本一覧の最大の影響は、県内の進学説明会で「どの大学が熊本らしいか」という、ほとんど宗教に近い議論を制度化した点にある。高校の進路指導室では、各大学を示す札に「火山灰に強い」「祭りに呼ばれやすい」「通学路が坂」などの補助語が書かれ、受験生の判断材料として使われてきた。
また、一覧の存在により、大学側も自らの立地条件を誇示するようになった。ある私立大学は校舎屋上に風向計を増設し、別の大学は路線バスの停留所名に合わせて学部名を変更したとされる。こうした過剰適応は、の高等教育が「地形と教育の共作」であることを可視化した一方、外部の研究者からは「一覧が大学を選別しているのではないか」との批判も受けた。
批判と論争[編集]
一覧をめぐっては、県内大学の数え方が年度ごとに変わることへの不満が根強い。特に、短期大学部を大学に含めるか、附属研究所を独立項目とみなすかで議論が分かれ、には県議会で2時間17分にわたり「大学とは何か」が審議された。
さらに、KVIの採点方法がブラックボックスであるとして、風の架空社説に「灰を数値化すれば教育がわかるのか」とする投書が掲載されたこともある。もっとも、編集委員会は「数値はあくまで目安であり、最終的には学生の靴底の厚みで判断する」と回答しており、論争はむしろ深まったとされる[要出典]。
年表[編集]
明治から昭和前期[編集]
- 渡辺清十郎が原型となる地図帳を作成。 - 高等学府並置調査が始まり、所在地の表記法が統一される。 - 学生の通学距離を「徒歩・馬車・市電」の三段階で記録する制度が導入される。
昭和後期から平成[編集]
- 火山障害下通学実態調査が実施される。 - 天草海洋大学が追加され、離島系大学の区分が新設される。 - 熊本城西国際大学の開学により、国際系の扱いが拡大する。 - 球磨川治水大学が掲載され、災害学部門が独立項目となる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺清十郎『肥後学府配列史』熊本地学出版会, 1901.
- ^ 田島美智子「火山灰環境下における高等教育施設の配置」『九州教育史研究』Vol.14, No.2, 1956, pp. 33-58.
- ^ 熊本県教育庁編『高等学府並置調査報告書』県政資料叢書第8巻, 1928.
- ^ Ogawa, R. “On the KVI Index in Prefectural University Classification,” Journal of Regional Academic Geography, Vol. 7, No. 1, 1979, pp. 11-29.
- ^ 佐伯由紀子『雨季の大学史――熊本における通学と地勢』西日本大学出版, 1988.
- ^ M. Thornton, “Volcanic Dust and Student Retention in Southern Japan,” International Review of Campus Planning, Vol. 22, No. 4, 2005, pp. 201-227.
- ^ 熊本県高等教育地勢調整班『県内大学一覧 改訂第17版』熊本県公文書館, 2011.
- ^ 藤本健一『路面電車停留所から見る学部配置の研究』阿蘇書房, 2014.
- ^ Nakamura, H. “A Note on Campus Shadow Length and Lecture Attendance,” Asian Journal of Educational Topography, Vol. 9, No. 3, 2018, pp. 77-93.
- ^ 『熊本城西国際大学十周年記念誌 たたずまいの国際化』熊本城西国際大学出版局, 2001.
- ^ 山口真帆『球磨川と大学――治水学部の成立』水源社, 2006.
外部リンク
- 熊本県高等教育地勢調整班アーカイブ
- 阿蘇火山学府資料館
- 県内大学一覧編集室
- 肥後学府年鑑デジタル版
- 通学距離緩和措置ポータル