生きごたえ
| 名称 | 生きごたえ |
|---|---|
| 読み | いきごたえ |
| 英語 | Ikigotae |
| 起源 | 1968年頃の東京都品川区 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎(仮説上) |
| 分類 | 生活工学・行動心理学 |
| 関連機関 | 日本生活負荷研究会 |
| 代表的施設 | 高負荷生活展示館 |
| 流行期 | 1980年代後半 - 1990年代前半 |
生きごたえ(いきごたえ、英: Ikigotae)は、が日常生活の中で「生存している実感」を得るために意図的に負荷を増やし、その反作用として快感や充足を生じさせる日本発の生活概念である[1]。もともとは後期の内で使われた労務・健康管理用語とされ、のちに自己啓発、都市設計、娯楽産業へと拡散した[2]。
概要[編集]
生きごたえは、単なると異なり、「少し面倒で、少し危険で、しかし確実に達成できる」課題を日常に組み込むことで得られる心理的な充足を指す概念である。たとえば、毎朝の通勤経路をあえて17分遠回りする、重量のある買い物袋を左右で持ち替える、といった行為が典型例とされる。
この語は一般には後発の流行語として理解されがちであるが、の地区再開発会議で、労務担当だった渡辺精一郎が「楽な生活は長続きしない。人は手応えがないと萎える」と発言したのが起点とされる。なお、当時の議事録には「生きごたへ」と旧仮名で記されていたとする説がある[3]。
歴史[編集]
前史[編集]
生きごたえの前史として、期の都市労働者の間で行われた「朝の坂道登り」運動が挙げられる。これは下の新聞社が健康記事として紹介したもので、急坂を10回登ってから出勤することで「一日分の気力を前借りする」と説明されていた。
の関東大震災後、復興局の一部職員が瓦礫整理における士気維持法として、あえて工具を一部鈍らせる「半効率作業」を採用したとされるが、これが後の生きごたえ理論に影響したとの指摘がある[4]。
成立[編集]
後半、品川区の周辺では、工場勤務者の離職率上昇が問題となっていた。そこで(事務局・港区芝公園)では、心理学者のと産業衛生学者のが共同で、作業の中に「軽度の障害」を挿入する実験を行った。
この実験では、被験者36名に対し、エレベーター利用を禁止しまで階段で上がらせる群、コピー機の紙を1日3回だけ補充させる群、昼食の箸をあえて短いものに替える群が設定された。結果、最も満足度が高かったのは「重すぎない不便」を与えられた群であり、平均自己申告値はを記録したという[5]。
普及[編集]
に入ると、生きごたえはやの文脈へ移植された。の住宅メーカーが「段差のある平屋」を売り出し、の家電量販店は「説明書を読まないと点かない照明」を試験導入した。いずれも不評もあったが、購入者アンケートでは「妙に愛着が湧く」と回答した比率が22.6%に達した。
またにはで『暮らしの生きごたえ学』という15分番組が放送され、視聴者投稿コーナーでは「わざと遠回りして豆腐を買う主婦」「毎週ひとつだけ電球を自分で交換する会社員」などの実践例が紹介された。番組内の司会者が「これは苦行ではなく、生活の微細な登山です」と述べた回は、再放送要望が最も多かったとされる[6]。
理論[編集]
生きごたえ理論は、・・の三領域を横断する。基本仮説は「人は達成可能な困難に反応して自己効力感を回復する」であり、これを日用品レベルに落とし込んだ点に独自性がある。
理論家たちは、困難の強度をからまでの「生きごたえ指数」で表した。指数3は「少し重い買い物」、指数7は「階段の踊り場が一つ足りない公共施設」、指数12は「雨の日に傘を忘れたふりをして外出する」などとされたが、指数12以上は過度であるとして研究会内部でも禁じ手とみなされた[7]。
なお、の改訂版では「努力の見返りが即日でなくてもよい」という条項が加えられ、これにより家庭菜園、模型制作、長距離徒歩移動などが正式な実践法に編入された。
社会的影響[編集]
生きごたえは一時、に強い影響を与えた。特に期には、企業研修として「会議室までわざと迷う」「資料を紙で三重印刷する」などの訓練が半ば冗談、半ば本気で行われたとされる。
一方で、過剰な生きごたえ志向は批判も招いた。の外郭団体がに出した注意文書では、「生きごたえは労働強化の口実として転用されうる」と警告され、特に流通業界の『階段推進キャンペーン』に対しては要出典のまま議論が続いた[8]。
それでも、都市計画分野では一定の評価を受けた。の一部区では、ベビーカーが通れるが少しだけ遠回りになる歩行者動線を採用し、利用者満足度が上がったという調査結果がある。もっとも、調査票の自由記述欄には「たしかに生きごたえはあるが、雨の日はつらい」との記載が多く見られた。
実践方法[編集]
家庭内生きごたえ[編集]
家庭内実践では、冷蔵庫の最上段にのみ頻用食材を置く、掃除機のコンセントを一度抜いてから使う、調味料を3種類だけ同系色にする、などが推奨された。これらは「生活の微細な摩擦」を人工的に作るための手法である。
の主婦グループ『手応え会』では、週1回だけ包丁を研ぐ日を作ることで、料理への集中度が平均14%上昇したと報告された。ただし、研究会の再調査では「研ぎすぎて普通の夕食がイベント化した」との声も多かった。
職場内生きごたえ[編集]
職場では、あえて会議資料の枚数を1枚減らす、プリンタを遠い位置に置く、週報の提出締切を30分早めるなどの方法が用いられた。これにより、社員の「自分で乗り越えた感」が醸成されるとされた。
のある中堅広告会社では、昼休みにビルの外周を2周する「回遊休憩」が導入され、離席率は減少したが、靴底の摩耗が前年比で1.8倍になったという。
批判と論争[編集]
生きごたえをめぐる最大の論争は、それが自己成長の技法なのか、単なる不便の美化なのかという点にある。特に以降、消費社会の中で「不便を買う」現象が増えると、文化批評家のは『手応えの倫理は、しばしば浪費の口実に変わる』と批判した[9]。
また、の商業施設で実施された「わざと混雑するエスカレーター」は、来館者の滞留時間を増やしたものの、転倒リスクが高いとして中止された。中止発表の記者会見で担当者が「過剰な生きごたえは、生活を生きにくたえにする」と述べたと伝えられているが、この発言は後に社内広報用の仮メモに由来する可能性が高い。
もっとも、支持者は「完全に効率化された社会では、人は自分が生きていることを確認できない」と主張し、現在でも一部の地方都市や芸術家コミュニティで細々と継承されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『生きごたえの設計――都市労務における微小負荷の心理学』日本生活研究社, 1973.
- ^ Margaret A. Thornton, "Micro-friction and Vitality in Postwar Japan," Journal of Urban Behavior, Vol. 12, No. 3, 1981, pp. 44-67.
- ^ 佐伯一郎『生活負荷指数入門』港区文化出版, 1978.
- ^ 日本生活負荷研究会編『生きごたえ白書 1988』中央実務資料刊行会, 1988.
- ^ 宮園隆二『不便の美学と管理社会』青葉書房, 1991.
- ^ 渡辺精一郎・佐伯一郎「階段上昇と自己申告充足度の相関」『労務と衛生』第8巻第2号, 1971, pp. 18-29.
- ^ Margaret A. Thornton and Ichiro Saeki, "The Ikigotae Index: A Field Report," International Review of Applied Lives, Vol. 5, No. 1, 1984, pp. 101-119.
- ^ 東京都都市政策局『歩行者回遊と生きごたえ効果に関する調査報告書』1989.
- ^ 厚生省外郭団体生活適応研究班『過剰生きごたえに関する注意文書』1992.
- ^ 『暮らしの生きごたえ学』番組制作班『15分でわかる生きごたえ入門』NHK資料室, 1987.
- ^ 山岸信也『なぜ人は遠回りを好むのか――手応え社会論』新港社, 1995.
- ^ 佐伯一郎『階段と自己尊重のあいだ――生きごたえ研究覚書』港北選書, 1997.
外部リンク
- 日本生活負荷研究会アーカイブ
- 高負荷生活展示館デジタルコレクション
- 品川再開発議事録オンライン索引
- 暮らしの生きごたえ学番組資料室
- 生きごたえ指数年表データベース