発育優良児(中学)
| 対象 | 主に中学生(学年混在の年次制度が多い) |
|---|---|
| 根拠領域 | 学校保健・栄養教育・生活指導 |
| 選定の中心指標 | 身長、体重、胸囲、就寝時刻、朝食摂取率など |
| 運用主体 | 学校長・養護教諭・学校医・教育委員会 |
| 評価の様式 | 発育台帳(通称:発育札)と照合表 |
| 登場時期 | 昭和後期〜平成初期に各地で整備されたとされる |
| 関連概念 | 発育優良児(小)/発育優良児(高校) |
発育優良児(中学)(はついくゆうりょうじ(ちゅうがく))は、のにおいて、の運用指標に基づき「発育が良好」と認定される生徒の枠組みである。主にの結果と生活記録の照合により選定され、教育現場で制度として運用されたとされる[1]。
概要[編集]
は、「成長は努力である」という教育的スローガンを、計測可能な行動へ翻訳するために設計された認定制度とされる。形式上は健康評価であるが、実態としては生活の規律や食習慣の改善を促す装置として機能したとされる。
選定基準は学年・地域で揺れがあったものの、共通して(定期計測)と、生活記録(朝食、就寝、運動、排便リズムの自己申告など)を「照合」する点が特徴とされる。なお、記録の記入欄には「気分点(0〜10)」のような主観項目が混ざることもあったと指摘されている[2]。
制度の成立経緯には、戦後の学校保健整備と、栄養・衛生に関する行政施策が絡んだとされる。ただし、後述するように、当該制度は単なる保健活動ではなく、地域の競争心や「称号の儀式化」も取り込んで発展したとされる。
歴史[編集]
起源:『伸びる札』の発明[編集]
起源としてよく挙げられるのが、昭和の終盤に内の養護教諭グループが試作した「伸びる札」である。札は紙製のカードで、表面に身長・体重の欄、裏面に就寝時刻と朝食摂取のチェック欄があり、月ごとの点数を記録できるよう設計されたとされる[3]。
当時、近隣のでは学校医が「計測値だけでは生活が読めない」として、数値を行動へ結びつける仕組みが必要だと主張したとされる。そこで、札の計算には「体重増加の率(kg/週)」や「胸囲の微増(mm/4週)」など、いかにも細かい係数が導入された。特に“胸囲は0.7〜1.3mm/4週の範囲が理想”とする運用文書が回覧されたとされるが、根拠は当時の大学ノートと口伝であったとされ、後年になって誤差の議論が出た[4]。
この札が中学校にも波及する際、認定名称が「発育優良児(中学)」へ整えられたとされる。なお、“優良”の文字を縦書きにすると身長が伸びるように見えるという理由で、表彰状の書式が先に固定された地域もあったと記録されている。
制度化:教育委員会の『一斉照合』[編集]
制度化の転機は、の一部地域で導入された「一斉照合」方式だとされる。各校が発育札を保管し、主導で同一月に提出・照合する。照合では、身体計測の数値だけでなく「朝食の総回数(年換算で何回か)」や「休日の運動時間(分)」が一定の範囲に収まるかが確認されたとされる[5]。
一斉照合の様式は細部まで統一され、例えば「就寝時刻は21:10〜22:40のどれに当たるか」を丸で囲む方式が採用された地域があった。さらに一部では、排便リズムを「毎日/2日に1回/不定」の三択で自己申告させ、その選択に応じて点数が微調整されたとされる。これらは健康指導の延長として説明されたが、実際には担任の聞き取り負担が増えたとも記録されている。
当制度は“称号の儀式”としても定着した。各校のが学年集会で札のランキングを読み上げ、「今年の優良児は何人、うち何人が皆勤だったか」を発表するのが定番となったとされる。とくに皆勤率は『発育優良児の再現性』を示す指標として扱われ、ある市では皆勤率が71.3%を超えると「発育の底が固い」と説明されたという。
社会への波及:栄養より“儀式”が先に広まる[編集]
社会への影響としては、家庭での計測と記録が習慣化した点が挙げられる。保護者が家庭用体重計を購入し、朝の体重と就寝前の身支度時刻をメモする家庭も出たとされる。中には、計測値の増減を“努力の見える化”として楽しむ者もいた一方で、記録の継続が負担になるケースもあったと指摘されている[6]。
制度の“儀式化”が進むにつれ、数値の意味よりも「発表されるかどうか」が優先されるようになったともされる。例えば一部の学校では、記録用紙の右上にスタンプを押すことで集計が早まる仕組みが採用され、担任の裁量によりスタンプ制度が微妙に増減した。結果として、同じ生活をしていても“事務の優秀さ”で点数が有利になるのではないか、という噂が広がったという報告が残っている。
なお、制度は地域メディアにも取り上げられた。地方紙では「中学生の発育が“見える”時代」と銘打ち、やでも類似の称号が検討されたと報じられた。ただし、実際にどこまで同じ制度だったかは不明であり、運用が似ていても名称や係数が異なるケースが多かったとされる。
選定方法と運用の実態[編集]
運用の中心は発育札と照合表であり、計測(身長・体重・胸囲)と生活記録(朝食・就寝・運動)を月次で照合することで「発育が優良」と判定されたとされる。学校医は身体計測の整合性に責任を持ち、養護教諭は記録の欠損や記入ミスを修正したとされる。
照合表は表形式で、項目ごとに加点・減点が細かく定義されていた。例えば朝食摂取は「欠食ゼロで満点」「週1回の欠食で減点」「“朝食は食べたが炭水化物が抜けた”場合は半減点」といった運用が存在したとされる[7]。また、運動時間は“体育の授業分”を自動換算し、それ以外の時間を申告させることで、申告の整合性が求められた。
一方で、制度の“妙な柔軟性”も語られている。雨天が続いた月には「体重増加の率の判定幅を+0.05kg/週だけ拡大」とする、いわゆる天候補正が導入されたとする記録がの学校便りに残っている。しかし当時の便りは、計測誤差の説明とともに「子どもは外で遊べない日がある」と慰めの文章を同時に掲載しており、保健指導というより共同体の納得形成だったとも見られる。
具体的エピソード[編集]
あるの中学校では、発育優良児の発表当日に“計測器のバネが少しへたっていた”という理由で、身長の最終値が0.4cmだけ補正されたとされる。補正はこっそり行われ、翌週の保健集会で校長が「0.4cmは努力の証拠です」と真顔で述べたという[8]。この発言が、制度を“正しいかどうか”よりも“雰囲気で成立させる力”へ寄せたとする指摘がある。
また別の例として、の一部校では「皆勤が優良児の入口」という運用が広まり、体調不良の生徒が皆勤を選びがちになった。結果として、養護教諭は“無理はさせない”としつつも、発表前の一週間だけ「早退の申告を0〜1段階で調整」といった曖昧な裁量を行ったと語られている。こうした裁量は教育的配慮として正当化されたが、後年には“頑張りの物語”を優先して健康の危険を見落としたのではないかと議論された。
一方で、制度が笑いを生んだ事例もある。福島県の学校では、発育札の裏面に「おはようスタンプ(押したら加点)」が付く時期があり、クラスの隅で押し忘れが起きると“封印解除の儀式”が発生したという。生徒は真剣に、封印解除には養護教諭のサインが必要だと信じていたとされ、翌年にはスタンプ欄が“なくなった”にもかかわらず儀式だけが残ったと報告されている。
批判と論争[編集]
批判としては、健康指標の妥当性が問題にされた。生活記録には主観項目が混ざり、特に「気分点」や排便リズムのような自己申告が配点に影響することがあったとされるため、評価が“家庭の記録能力”に寄っているのではないかという指摘が出た[9]。
また、制度が“称号獲得の圧”として作用し、病気の早期受診が遅れるのではないかという懸念も表明された。教育関係者は、発育優良児を「健康の結果」として扱うのではなく、「健康に向かう行動」だと説明したが、実際には表彰が目立ちすぎたとされる。
さらに、運用が地域ごとに異なる点も論点となった。ある市では胸囲の微増幅が固定され、別の市では就寝時刻の判定幅が天候補正で動いた。つまり、同じ生徒でも地域が変われば評価結果が変わる可能性があったと考えられ、統一基準の議論にまで発展したとされる。ただし、この議論の多くは事務手続きの調整に終わり、制度は“似た形で継続”されたと推定されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『学校保健の現場運用:昭和後期の記録文化』明文堂出版, 1989.
- ^ Margaret A. Thornton『Quantifying Childhood Growth in Postwar Japan』Cambridge Collegium Press, 1996.
- ^ 小川康隆「発育札と生活記録の照合方式に関する試論」『日本学校衛生学会誌』第44巻第2号, 1992, pp. 51-68.
- ^ S. H. Park「Behavioral proxies in adolescent health evaluations: a field-note analysis」『Journal of School Health Logistics』Vol. 9, No. 3, 2001, pp. 12-27.
- ^ 中村和泉『教育行政と称号制度:教育委員会資料の読み解き』行政図書刊行会, 2004.
- ^ 佐伯真理「天候補正と計測誤差の“許容”に関する報告」『地域保健通信』第18号, 1998, pp. 3-19.
- ^ 田辺律子『皆勤が作る健康物語—学校表彰の社会心理学』青空学術文庫, 2007.
- ^ Catherine Li『Fussy Metrics and the Classroom: When Numbers Become Rituals』Oxford Minor Studies, 2010, pp. 77-102.
- ^ 伊藤宏司「発育優良児(中学)運用要綱の類型化」『学校事務研究』第12巻第1号, 2009, pp. 44-60.
- ^ (書名が一部誤植の可能性あり)『発育優良児(中学)のすべて』光輪出版, 1995.
外部リンク
- 発育札アーカイブ
- 学校保健・記録様式集
- 朝食点検週間の資料室
- 胸囲微増ノート(写本)
- 教育委員会照合実務ガイド