相棒治療主義
| 主な分野 | 医療倫理・臨床心理・医療制度設計 |
|---|---|
| 提唱の時期(とされる) | 1970年代後半 |
| 中心概念 | 相棒(医師・看護師・心理職・患者を含む関係) |
| 典型的な施策 | 固定ペアリング、共同記録、相棒会議 |
| 評価指標(導入当初) | ABスコア(相棒安定性指数) |
| 批判の焦点 | 因果の混同と“相棒依存”の懸念 |
| 関連する用語 | 相棒回診、相棒処方、二者協奏モデル |
相棒治療主義(あいぼうちりょうしゅぎ)は、治療の成果を医療者個人の技能ではなく「相棒」と呼ばれる相互補完の関係性に帰する考え方である。日本の臨床現場で1970年代末から半ば流行し、のちに政策提言や研修制度へと波及したとされる[1]。ただし、効果の測定方法に関して疑問も呈されている[2]。
概要[編集]
相棒治療主義は、治療は単独の専門性だけで完結せず、相互に役割を補う「相棒」の同席と整合が成果を左右するとする療法理念である。とくに慢性疾患の外来やリハビリ領域で、「相棒が安定しているほど患者の継続率が上がる」と説明されてきた[3]。
この思想は、医学的介入(薬物療法、心理教育、運動療法など)に加え、相棒関係を“治療装置”として運用する点に特徴があるとされる。具体的には、固定ペアリング(担当医と同一の看護師・心理職を組ませる)、共同記録(SOAPの“相棒版”と呼ばれる様式)、月一の相棒会議などが導入された[4]。
一方で、相棒治療主義は「誰でも同じ相棒を当てれば同じ結果が得られる」という誤解を生みやすいとも指摘されている。実際には、相棒の相性や組織文化が強く絡むため、指標化が難しいとされる[5]。それでも研修制度の都合上、ABスコアのような数値が独り歩きすることになった。
起源と成立[編集]
「二者協奏」から「相棒回診」へ[編集]
相棒治療主義の起源は、と呼ばれる院内実験にあるとされる。これはの後援で、1981年に東京都内の港区にある試験外来で開始されたプロジェクトであるとされる[6]。当初の目的は“会話の質”の統計化であり、医師の説明文に対して看護師が即時に要約を返す手順が標準化された。
ところが、実験担当の臨床心理士渡辺精一郎が記録を見直したところ、患者の離脱が説明文の長さよりも「返答までの待ち時間」に強く相関していたと報告したとされる[7]。この発見は、のちに“相棒のリズムが治療のリズムになる”というキャッチコピーへ発展した。
ただし、同センターの議事録には、相棒の定義が揺れていた形跡があるとされる。医師と看護師だけを指すのか、患者も含むのか、あるいは薬剤師の同席まで含めるのかが会議ごとに変わっていたとも記載されている[8]。この曖昧さが、相棒治療主義を現場で使える“柔らかい理論”として定着させた一方、後の論争の火種にもなった。
ABスコアと「相棒安定性指数」[編集]
相棒治療主義が制度として広まった転機は、評価指標の導入である。1984年、院内研究チームは相棒関係の安定性を数値化するためを試作したとされる[9]。計算法はやけに細かく、(1)相棒ペアの変更回数、(2)共同記録の一致度、(3)相棒会議への出席率、(4)患者の“相棒への信頼コメント”の出現頻度(自由記述ベース)を、各0〜10点で再配分するものであったという。
当時の報告では、ABスコアが以上の外来では、治療継続率が平均上昇したと記されている[10]。ただし当該データは“午前枠だけ”の集計であり、午後枠では同様の上昇が確認できなかったとも書かれている。にもかかわらず、数値の分かりやすさが先行し、研修パンフレットでは「ABスコア7.3の壁」とまで表現された[11]。
この“壁”は都市伝説化し、後年の研修担当者が「7.3を超えたら相棒の会話が自走する」と語ったとされる。実測の根拠が薄いと感じる読者もいるが、当時の現場では説得力のある物語の方が採用されやすかったとされる。
発展:医療現場から政策へ[編集]
相棒治療主義は、まずでの実装が進んだ。特に大阪府の堺市にある(当時の地域連携モデル)で、相棒固定ペアを“90日サイクル”で更新する運用が注目されたとされる[12]。この90日サイクルは、患者の生活リズムが崩れやすい時期(季節要因)をまたぐ設計だとして説明された。
その後、相棒治療主義は研修制度に取り込まれる。1990年代前半、の内部検討会で、相棒会議を“チーム医療の必須要素”として扱う案が出たとされる。案の正式名称はと呼ばれ、研修の到達目標として「相棒記録様式の完全準拠率」が掲げられたという[13]。
また、海外にも“相棒”の翻訳が輸出された。米国では、言語文化の違いを考慮してを「Partnership Priming」と称する資料が作られたとされる[14]。ただし、翻訳の過程で「相棒が存在しない場合の治療」をどう扱うかが曖昧になり、現地の倫理委員会から追加説明を求められたという記録が残っている[15]。
このように、相棒治療主義は現場の実験から、研修と監査の対象へと変貌した。監査が進むほど、数値(ABスコアや準拠率)が“治療の目的”に近づいたとの指摘もある。目的と手段の逆転が起きやすかったともされる[16]。
社会的影響と具体的エピソード[編集]
『相棒処方』が生んだ“待ち行列”[編集]
相棒治療主義が最も一般に知られるきっかけとなったのは、1997年の新聞記事で取り上げられたであるとされる。これは、薬剤そのものではなく「相棒が同席するタイミング」を処方箋の備考欄に書き込む運用であったという[17]。
報道では、北海道の札幌市にあるクリニックで、相棒処方を受けた患者が“相棒待ち”のために受付から平均遅れるようになったと伝えられた。さらに遅延が連鎖し、結果として受付番号が日によってもズレる事態が起きたとされる[18]。
当時の院長は「待たせるためではなく、相棒関係を治療の一部として扱うためだ」と述べたとされるが、患者側は「相棒の都合で診察時間が動くのか」と感じた人もいたとされる。こうして、理念が現場のオペレーションに落ちる際の“摩擦”が可視化された例として語られた。
相棒回診の“儀式化”[編集]
一方、相棒治療主義が熱狂的に採用されたのは、学会の周辺であったともされる。1999年、の地方大会(会場は福岡県のとされる)で、相棒回診の手順が“儀式”として紹介された[19]。そこでは、回診前に相棒同士が互いのメモをだけ交換し、患者の前で「今日はあなたの相棒がそろっています」と宣言する、といった手順まで語られたという。
このエピソードは、実務的には過剰演出と見なされる場合がある。しかし参加者の多くは、手順の存在が“患者が安心する合図”になっていると感じたとも報告されている[20]。つまり、相棒治療主義は医学的説明よりも、心理的な合図として機能する局面があったと推測される。
ただし儀式化は、相棒が欠けると機能しなくなる危険も生んだ。実際に翌年の現場調査では、相棒の急な欠勤が発生した回の相棒回診は、所定手順の一部が省略され、患者の自己申告が増えた(“不安の増大”と読める記述が増加した)とされる[21]。
批判と論争[編集]
相棒治療主義への批判は、主に因果関係の曖昧さから生じた。ABスコアや継続率の上昇は観察研究であり、相棒固定による改善なのか、あるいは外来全体の運用が改善されただけなのかを区別できない可能性があると指摘された[22]。
また、相棒治療主義が強く運用されるほど、相棒の変更が“治療妨害”のように扱われる傾向が出たとされる。ある監査報告では、相棒交代が発生した場合に患者へ説明するテンプレ文が統一され、「交代は治療の一部である」と強調されていた[23]。しかし、強調の仕方が患者の選好とズレると、逆に信頼を損なう可能性もあったと考えられる。
倫理面の論争としては、患者を相棒関係の“調整変数”として扱うことへの懸念が挙げられた。とくに、相棒への信頼コメントを数値化する運用は、患者の発言が“点数稼ぎ”に寄ってしまうのではないかという疑念が提出されたとされる[24]。なお、この点については一部の研究者が反論し、「コメントの質はむしろ自由度を増やす」と主張したという記録もある[25]。
このように相棒治療主義は、チーム医療の美談として語られながら、数値化と運用が進むほど“別の問題”を呼び込むという二面性を持つものとして整理されることになった。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『二者協奏モデルの統計化試案』内科臨床叢書, 1985.
- ^ M. A. Thornton, “Partnership Priming in Outpatient Chronic Care,” Journal of Relational Medicine, Vol.12 No.3, pp.44-61, 1991.
- ^ 【日本臨床協奏学会】編『相棒安定性指数の運用マニュアル(A-RSW試行版)』中央医学出版, 1993.
- ^ 田中康介『相棒回診の儀式性と患者安心感』臨床観察研究会報, 第7巻第2号, pp.105-132, 2000.
- ^ 坂井玲奈『相棒処方と待ち行列—外来オペレーションの再検討』医療管理学年報, Vol.18, pp.1-19, 2002.
- ^ 江口由美子『相棒治療主義の数値化がもたらす解釈の揺れ』心理臨床統計学会誌, 第11巻第1号, pp.73-96, 2006.
- ^ K. Müller, “The AB Score and the Myth of Causal Ownership,” International Review of Care Metrics, Vol.5 No.4, pp.201-219, 2008.
- ^ 相原義勝『慢性疾患外来におけるペアリング固定の影響』診療経済学研究, 第3巻第9号, pp.301-318, 1998.
- ^ K. Inoue, “Aibō Therapeutic Primacy: A Meta-Formulation,” The Journal of Applied Narrative Medicine, Vol.2 No.7, pp.9-27, 2012.
- ^ 相棒治療主義研究会『医療制度への接続(第1部)』厚生政策出版社, 2016.
外部リンク
- 相棒治療主義資料館
- ABスコア計算サイト
- 相棒会議ファシリテータ研修センター
- 二者協奏モデルアーカイブ
- 相棒回診Q&A掲示板