相模相撲
| 別名 | 相模式立ち合い(あいまみえ方式) |
|---|---|
| 主な舞台 | の沿岸部から内陸の社殿周辺 |
| 成立期 | 後期に相当するとされる |
| 競技形態 | 円形土俵+短い回転動作(作法型) |
| 象徴 | 青銅製の「合図鑼(ごうしがね)」 |
| 運営母体 | 相模立ち合い講(そうもうたちあいこう) |
| 地域行事との関係 | 風祭り・水守り・稲荷巡行の余興 |
| 現在の扱い | 伝承会と自治体行事により断続的に再現される |
相模相撲(さがみすもう)は、の地方で発展したとされる民間競技である。地域の祭礼と連動し、勝敗よりも「立ち合いの作法」が重視されたと解説される[1]。
概要[編集]
相模相撲は、主にの旧称「相模」一帯で行われたとされる相撲競技の一変種である。名称は、単に「相模で行われる相撲」ではなく、当時の作法体系が独自に整理されたことに由来すると説明される[1]。
競技の特徴として、勝負の瞬間よりも「立ち合いに至るまでの所作」を観衆が採点する点が挙げられる。具体的には、土俵の踏み位置、合図の受け方、握りの強さの目視加減などが評価対象とされ、記録係は勝敗だけでなく「沈黙時間(ちんもくじかん)」まで秒単位で記録したと伝えられている[2]。なお、記録の端末に相当するのは、紙ではなく竹片へ焼き付ける「焼札(やきふだ)」であったともされる[3]。
このように相模相撲は、競技であると同時に地域共同体の段取り芸として機能したと位置づけられることが多い。とりわけとの間に点在する「水神講(すいじんこう)」が、合図の音圧や足音の反響まで統一しようとした経緯が語られ、そこから“相模流”の作法が定式化したという説がある[4]。ただし、資料に残るのは作法の条文だけで、肝心の図解は後世の講談調編集で補われた可能性があるとされる[5]。
概要(選定基準と文献事情)[編集]
本項では、相模相撲を「相模一帯で“相撲”と称され、土俵での立ち合いを行い、作法採点を伴うもの」と定義する。周辺の民俗競技には似た名称が多いが、同時期に「合図鑼(ごうしがね)」の使用が確認できるものだけが相模相撲として扱われてきたとされる[6]。
一方で、相模相撲の一次資料は少なく、確認できるのは祭礼の会計帳や、寺社の行事記録に埋め込まれた短い注記が中心である。そのため、体系的な条文は後年の編纂で整えられた可能性が高いとされるが、編者によって記述の粒度が極端に異なることが指摘されている[7]。
たとえば一部の写本では、立ち合い開始までの平均待機が「32秒(±3秒)」と計算されている反面、別系統では「呼吸が整うまで“聞こえないくらいに”」といった比喩に留まるという差がある。さらに、巻末の欄外にはなぜかの港湾荷受手形の文言が混入していたとも言われ、編纂過程に現代的な事務語が混入した可能性が指摘される[8]。
歴史[編集]
成立:港の計量と“声の角度”[編集]
相模相撲の起源は、漁村の集荷場で用いられた計量手順に求められるとする説がある。すなわち、船着き場の労働において「掛け声の角度」と「足音の反響」が作業スピードに直結したため、同様の観点を立ち合いにも持ち込んだのが始まりだという推定である[9]。
この説では、相模湾の潮風による減衰を補うため、合図鑼は青銅製とされ、打撃の高さが「地面から手首まで拳一つ分(約9.3cm)」と規定されたと述べられる[10]。さらに、立ち上がりの角度については「相手の喉ではなく胸板へ視線を落とす」など、かなり具体的な注意が条文化されたとされる[11]。
ただし、当該条文の原型が競技目的ではなく、港の騒音管理(指揮命令を聞き取りやすくする工夫)であった可能性もある。実際、近い時代の同地域では「騒音点呼(そうおんてんこ)」という制度が存在したとする文書が挙げられるが、その制度名が後世に“相撲”へ転用されたのではないかと議論されている[12]。
発展:相模立ち合い講と土俵の規格化[編集]
相模相撲の体系化には、相模立ち合い講(そうもうたちあいこう)と呼ばれる講組織が関与したとされる。講は各村で独立して存在したが、近郊の運営代表が、土俵の円周を「12間(約21.8m)」に固定するよう働きかけた結果、共通規格が広まったと説明される[13]。
規格化の手続きは行政的で、講の総会では毎年「鑼音階(らおんかい)点検」が実施されたと伝えられる。点検では合図鑼を3回鳴らし、反響が「壁面で小指の腹に触れる程度の遅れ」で戻るかを確認したという記録が残っているとされる[14]。さらに、沈黙時間の採点は、竹片焼札に「沈黙の呼気回数」を書き込む方式で行われたとされるが、これがどの程度実施されたかは不明とされる[15]。
この発展過程で、相模相撲は単なる余興から、寺社の年中行事の“段取りの核”へと変わっていった。特にでは、稲荷巡行の終盤に相模相撲を差し込み、参加者の帰路安全を祈願する慣行が整備されたとされる[16]。ただし、帰路安全という目的が後付けされた可能性もあり、記録者が説教文を混ぜて編集したのではないかという見方がある[17]。
変質:近代の“統計的美談”と忘却[編集]
近代に入ると、相模相撲は一部の地域で「健康増進行事」として紹介されるようになる。たとえばの保健啓発文書では、立ち合い後の脈拍上昇が“平均で9拍”に収まると書かれたことがある[18]。しかし、この数値は同時期の別競技のデータを流用した可能性があり、細部の整合性に疑いが呈されたことがある[19]。
また、戦時期には合図鑼が軍需資材の供出対象になり、代替として空き缶を打ち鳴らす簡易版が出回ったとされる。その結果、“音の角度”の規定が守れず、採点基準そのものが崩れたという証言が残る。ただし、証言の多くは口承に基づくため、改変の程度は断定されていない[20]。
戦後は再現の試みが続いたものの、作法採点が観衆の熱狂を煽り、衝突が増えたという批判も発生したとされる。そこで自治体の指導で「踏み位置の厳密化」を進めた結果、競技が“上手くならない競技”になったと嘆く講員の手紙が見つかったという話が伝わっている[21]。この手紙は、なぜか巻末に港湾の書類様式が差し込まれており、再編集の癖があったのではないかと推測されている[22]。
競技としての特徴[編集]
相模相撲は、通常の相撲と異なり「開始前の沈黙」を重視するとされる。沈黙は逃げではなく合図の準備であるとされ、競技場の空気が整うまで、選手は声を出さないことが求められたとされる[23]。
また、立ち合いは“当て身”の巧拙ではなく、視線と足圧の連動で評価されるとされる。条文の言い回しでは「視線は相手の喉を避け、足圧は土の“影”へ置く」と記されると紹介される[24]。この比喩は後世に翻案されたものの、元の運用では“踏み込みの中心”を微調整する意味で理解されていた、とする説もある[25]。
さらに、観衆の役割が独特である。採点役は「鑼係(らがかり)」と「焼札読み(やきふだよみ)」に分かれ、鑼の音が遅れて戻ったかどうかを聞き取り、焼札の焼き跡が濃い箇所を“呼気回数の多寡”として読み解いたとされる[26]。もっとも、この読み解きは審美性の領域に入りやすく、審判の好みに左右されるという批判が後年になって記録されている[27]。
批判と論争[編集]
相模相撲には、学術・行政・当事者の三方向から批判が向けられたとされる。まず、データの精度が問われた。沈黙時間や呼気回数の記録は、記録者の癖が強く反映されるため再現性が低いとする指摘があった[28]。
次に、安全面の論争が挙がった。踏み位置を厳密化した結果、選手の体が硬直し、動きが遅れることで接触が増えたという声が出たとされる。特にの公開試合では、観衆の“拍手の位相”に合わせて選手が焦ってしまい、怪我人が例年より「3.4倍」となったという報告がある[29]。ただし、その数字の出所が会計帳の行間で、読み替えが含まれる可能性も指摘されている[30]。
最後に、成立の物語自体が疑われた。起源を港の計量に求める説は筋が通っている一方で、相模相撲の用語に近代事務語が混入しているため、編纂者が後から整えたのではないかと考える研究者もいる[31]。実際、ある翻刻ではの書類番号が“鑼音階”の例示に紛れ込んでいるとされ、これを見た編集委員が「百科の体裁を守るために、つい別紙を綴じてしまったのでは」と冗談めかして語ったという記録が残っている[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 相原澄彦『相模相撲と焼札採点の実務』湘南民俗研究所, 1998.
- ^ ベルナルド・カサレス『Ritual Noise and Contest Timing: A Comparative Study of Coastal Japan』Vol. 12, No. 3, 2006.
- ^ 田中筑摩『鑼音階の数理化とその誤差』日本民俗統計学会誌, 第41巻第2号, pp. 55-71, 2011.
- ^ 牧野恵理『青銅合図鑼の鋳造史(仮題)』神奈川工芸史叢書, 2003.
- ^ 小川篤行『相模湾沿岸における騒音点呼の系譜』町村行政史研究, Vol. 9, No. 1, pp. 101-134, 2014.
- ^ ドロシア・ミヤノ『Breath Counting in Popular Sports: The Case of Sagami Practices』International Journal of Folk Athletics, Vol. 18, Issue 4, pp. 210-229, 2018.
- ^ 林亜沙子『相模立ち合い講の議事録にみる編集癖』祭礼資料学, 第7巻第1号, pp. 1-26, 2020.
- ^ 斎藤廉『土俵円周十二間の伝承』相模古記録研究会紀要, 第3巻第2号, pp. 33-48, 1987.
- ^ エドワード・サトウ『The Administrative Metaphor in Local Games』Harbor Studies Review, pp. 77-92, 1996.
- ^ 杉浦春風『相模相撲:作法の翻案史』中央民俗編纂局, 1976.
外部リンク
- 相模立ち合い資料館
- 焼札アーカイブ
- 鑼音階シミュレーション・プロジェクト
- 神奈川民俗競技研究会
- 沈黙時間採点データベース