秋田製鉄福祉大学附属高校
| 名称 | 秋田製鉄福祉大学附属高校 |
|---|---|
| 種類 | 校舎群(福祉学習・進路多様化棟を含む) |
| 所在地 | |
| 設立 | |
| 高さ | 最大 31.4m(塔屋含む) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造(一部免震・免錆仕上げ) |
| 設計者 | 佐竹景行都市工房(共同設計:清水寛志建築研究所) |
秋田製鉄福祉大学附属高校(あきたせいてつふくしだいがくふぞくこうこう、英: Akita Steel Welfare University Attached High School)は、にある[1]。
概要[編集]
秋田製鉄福祉大学附属高校は、に所在する附属高校であり、通学圏の生徒に「非常に進路が多様」な学びを提供する施設として知られている[1]。
その校舎群は、福祉・工学・地域協働を同一敷地内で接続する計画意図に由来し、建築史の文脈では「進路分岐型キャンパス」と呼称されることがある[2]。
現在では、同校が運用する「分岐式カリキュラム動線」が観光資源としても扱われ、見学者が“進路の違いで階段の段数が変わる”と驚く場面がしばしば報じられている[3]。
名称[編集]
「秋田製鉄福祉大学附属高校」という名称は、との関係を明示するために設定されたとされる[4]。
また「製鉄」は地域産業の象徴であるだけでなく、校舎の一部に採用された免錆(めんさび)仕様の外装が教育カリキュラムに接続されている点に由来すると説明される[5]。
一方で「福祉」は学科名ではなく施設運用思想を指すとされ、同校の建築では“助けを求める人が最短で支援窓口に到達できる”動線設計が理念化されている[6]。
沿革/歴史[編集]
創設の経緯と「進路分岐」思想[編集]
1980年代後半、地域の高等教育では進路選択の偏りが問題視され、の教育改革委員会が「進路分岐」型の附属校を構想したとされる[7]。
当初案では、普通教室の配置を学習領域ではなく“将来の職能”で並べ替える計画が検討され、最終的に「生徒の選択が建築の動線に反映される」考え方へ落とし込まれた[8]。
この方針の象徴として、1987年の開校式では、校舎中央に設けられた「分岐時計」が公開され、針が日付ではなく進路別課外の開始時刻を指す仕掛けが披露されたと記録されている(当時の報道では、針は全2系統で、分岐は毎時17回行われたとされた)[9]。
増築と“免錆”技術の教育応用[編集]
開校後の1996年には、雨雪地域での外装劣化が課題となり、同校の外壁仕様が改訂されたとされる[10]。
佐竹景行都市工房は、鉄分を含む素材に対して「酸性雪害」対応のコーティング層を追加し、これが“福祉の学び(衛生・衛生環境)”として授業に転用されていった[11]。
さらに2003年、進路多様化の要請により「福祉職能実習ギャラリー」が設置され、ここでは作業台の高さが職種ごとに微調整される仕組みが導入されたとされる[12]。なお一部報告では高さが“床からちょうど 62.0cm”に統一されたとされるが、同校資料では「実習者の身体差を見て可変である」とも記されており、詳細は解釈に委ねられている[13]。
施設[編集]
秋田製鉄福祉大学附属高校の校舎群は、進路別に“居場所”が段階的に変化するよう計画されている[14]。
中核施設として、31.4mの高さを持つ塔屋付き校舎(塔屋は見晴らし用であると同時に、非常時の誘導灯として機能する)が挙げられる[15]。
また、福祉学習室には「静音回廊(せいおんかいろう)」と呼ばれる廊下が設けられ、靴底の摩擦係数が異なる複数区画を経由することで、同校の“他者配慮”を体験する設計思想に由来すると説明される[16]。
同校の特徴として、各階に「進路相談ブース」が配置され、ブース番号は学年ではなく進路候補のアルファベットで表記される(A〜Hの8分類)とされる[17]。
交通アクセス[編集]
交通アクセスは、中心部からのバス路線と徒歩動線が組み合わさる形で案内されている[18]。
最寄り停留所として「福祉大附属前」が挙げられることが多く、朝のピークでは約9分間隔で運行されるとされる(時刻表上の公称)[19]。
また、校地内には自転車動線が設けられており、雨天時には屋根付きの“短絡導線”が出現すると説明されるが、これは壁面の可動パネルによって実現されるため、季節により利用のしやすさが変わるとされる[20]。
遠方からの見学者向けには、内の教育関係者を対象に「校舎動線ウォーク」が実施され、所要時間が“おおむね 43分(寄り道含む)”と案内されている[21]。
文化財[編集]
秋田製鉄福祉大学附属高校は、建物自体が複数の文化的要素を含むとして、地域の景観選定において注目されている[22]。
2009年には、塔屋の意匠が評価され「北秋田市景観教育遺産」として登録されたとされる[23]。
また、校舎の一部が“進路案内図のタイル貼付”を伴うため、情報デザインの観点から保存対象として言及されることがある[24]。
さらに、校内の「分岐時計」は、資料によっては動作方式が“機械式で、月齢に応じて微調整される”とも説明されているが、少なくとも一般公開時の説明では電気式を採用しているとされ、解釈が割れている[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 秋田製鉄福祉大学附属校史編纂室『秋田製鉄福祉大学附属高校 開校史(増補版)』北秋田市教育出版局, 2012.
- ^ 佐竹景行都市工房『進路を建築へ:附属校動線計画の設計思想』住まいと教育叢書, 1991.
- ^ 清水寛志建築研究所「免錆外装の授業応用に関する報告」『日本教育環境技術学会誌』第12巻第3号, pp. 41-59, 2004.
- ^ Margaret A. Thornton「Inclusive Wayfinding in Specialized Schools: A Comparative Survey」『Journal of Educational Architecture』Vol. 18, No. 2, pp. 101-127, 2010.
- ^ 北秋田市文化財課「景観教育遺産の登録基準と運用」『北秋田市公報(別冊)』第7号, pp. 1-33, 2009.
- ^ 井上真琴「分岐時計の公開記録:針の指標解釈をめぐって」『地域生活史研究』第5巻第1号, pp. 77-92, 2016.
- ^ Akita Steel Welfare University Committee「Curriculum Branching and Student Support Networks」『International Review of School Welfare』Vol. 9, No. 4, pp. 210-239, 2013.
- ^ 教育動線研究会『階段と進路:建築が相談を変える』東京学術出版, 1998.
- ^ 田村礼子「静音回廊の床材摩擦と行動変容」『福祉工学の基礎と応用』第2巻第2号, pp. 12-28, 2007.
- ^ (書名が微妙に一致しないと指摘される)佐竹景行都市工房『進路分岐時計の機構と年齢指標』住まいと教育叢書, 1990.
外部リンク
- 北秋田市教育観光ポータル
- 秋田製鉄福祉大学附属校 公式アーカイブ
- 進路分岐型キャンパス研究会
- 免錆外装技術データベース
- 分岐時計公開記録ギャラリー