東京工芸大学附属中野工芸高校
| 名称 | 東京工芸大学附属中野工芸高校 |
|---|---|
| 種類 | 工芸教育複合棟(附属校舎・実習工房・展示ギャラリー) |
| 所在地 | 南北キャンパス通り1丁目(架空表記) |
| 設立 | (再開発計画の認可年) |
| 高さ | 最高部 42.7 m(教育棟)/塔屋 18.3 m(生活工芸塔) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造+木質ハイブリッドフレーム |
| 設計者 | 清水坤一郎建築設計事務所(代表:清水 坤一郎) |
東京工芸大学附属中野工芸高校(とうきょうこうげいだいがくふぞくなかのこうげいこうこう、英: Tokyo Kogei University Affiliated Nakano Kogei High School)は、にある[1]。現在では、ものづくり教育と都市再生の文脈で知られる施設として登録されている[1]。
概要[編集]
東京工芸大学附属中野工芸高校は、工芸教育を前面に掲げた教育複合棟である。校舎は展示・実習・学習が同心円状に配置され、「見せる工房」を中心に据える設計思想に由来している。
施設は「中野工芸の門」を象徴とする意匠が特徴として知られている。現在では、ものづくり系の教育施設として都市景観に組み込まれており、夜間には内側から発光するステンドガラスが観光資源に転化したともされる[2]。
名称[編集]
名称の「東京工芸大学附属」は、大学の研究工房で発生する試作材の再利用ループを高校教育へ接続した制度に由来すると説明されている。なお、学内資料では当初案として「中野造形研究附属高等学校」も検討されたが、地域の旧地名を含む案が政治的調整により退いたとされる[3]。
「中野工芸」の「工芸」は、単なる工芸科の意味ではなく、軽量化した教材を大量に製造する「工芸産業手順(Kogei Industrial Procedure)」の略として扱われた時期があったとする指摘もある[4]。このため、校内では「工芸は学科でなく工程である」という合言葉が掲げられたと伝えられている。
沿革/歴史[編集]
構想の発端:スケッチ街区の“実験校”[編集]
1970年代初頭、が「スケッチ街区」と呼ぶ仮設工房群を一帯に設置したのが起源とされる。計画担当の技術官・は、授業を“材料の流れ”として可視化するため、板材を1週間単位で移送する実験を行ったという[5]。
この実験は、実習室の床に埋め込まれた管理用トラック(全長 312.5 m)により、材料が「何時何分にどの机へ渡ったか」が記録される仕組みであったとされる[6]。もっとも、記録媒体は当初、紙ではなく「乾燥粘土のタイムスタンプ」によるもので、翌年には粘土が湿度で膨張し、学内で“タイムが伸びる”事故が起きたと記録されている[7]。
校舎建設:生活工芸塔と42.7mの条件[編集]
新校舎の建設はに認可され、設計条件には細かな制約が書かれていたとされる。たとえば、教育棟の最高部は 42.7 m とされ、これは「雨の日でも展示天井の反響が 0.62 秒以内に収束する」ことを目標にした音響計算の結果であったと説明されている[8]。
また、塔屋部分は“生活工芸塔”と呼ばれ、屋上からの風で乾燥する木工用ブースとして用いる前提で設計された。塔の内側に設置された循環ダクトは 18.3 m の高さに合わせて段数が調整され、当初図面には「段数=季節の匂いの数」として計 9段が記されていたという[9]。ただし、実際にはメンテナンス要員の不足により 7段に削られたとする資料もあり、当初計画と現行運用の乖離が指摘されている[10]。
施設[編集]
施設は教育棟、工房棟、展示棟、講堂棟からなる複合構成として知られている。中央部には「工芸の回廊」があり、回廊の幅は 3.6 m、歩行者の滞留時間は平均 11分 40秒に設計されたとされる[11]。
工房棟には素材別の“空調分離室”が配置され、・・それぞれに異なる気圧帯を持たせる方針が取られたとされる。教育現場では「同じ換気扇でも、素材が違えば人格が変わる」と冗談めかして語られ、清掃手順の標準化が進められたという[12]。
展示棟には、試作品の“劣化サイクル”を学ぶ展示ケースがある。ケースのガラスは紫外線遮断率 97.8%とされ、展示の説明板には「劣化は欠点ではなく学習素材である」と明記されている[13]。この思想は、若年層が作品を“完成品”ではなく“変化する過程”として捉えるきっかけになったと評価されている。
交通アクセス[編集]
交通アクセスは複数ルートを前提に整備されている。最寄りは側の架空駅名「中野工芸前駅」とされ、徒歩 7分(起点から門まで 480 m)と案内されることが多い[14]。
敷地周縁には循環シャトルが運行され、午前便は 9:10発から 9:50発まで 5分間隔とされる。帰路便は「材料搬入の空白」を避けるため、16:40以降は 12分間隔へ切り替えられる運用が取られているとされる[15]。なお、雨天時には回廊下の誘導灯が自動点滅し、歩行者の心理的距離を短くする設計が採用されたと説明される[16]。
文化財[編集]
東京工芸大学附属中野工芸高校の建造物は、地域の景観施策のなかで「教育景観の群」として登録されている。特に注目されるのは、玄関前の石組みアトリウムと、敷地東端の“回廊面格子”である。これらは「工芸教育における外部学習導線」を示す要素として扱われ、登録理由書では“彫刻的機能”が強調されている[17]。
また、校内に残る試作設備の一部は、技術的意匠として指定されている。たとえば、かつて使用された「乾燥粘土タイムスタンプ機構」が展示用に改装され、現在でも作動部の寸法が図面として公開されているとされる[18]。ただし、現行運用では安全基準のため当時の“湿度でタイムが伸びる挙動”は再現されていないとする記録もあり、研究用途としての扱いは限定的であるとされる[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 清水 坤一郎『回廊面格子の設計指針(第3版)』清水研究所出版, 1974.
- ^ 山田 慶太『工芸教育複合棟の音響設計:42.7m条件の検証』音響工学研究会, 1976.
- ^ 林田政信『スケッチ街区における材料流通授業の記録』東京工芸大学附属教育技術報告書, 1971.
- ^ 『中野区都市景観年報(試作工房編)』東京都中野局都市景観課, 1982.
- ^ M. A. Thornton『Designing “Visible Workshops” in Urban Schools』Journal of Applied Arts, Vol. 12, No. 4, pp. 201-219, 1980.
- ^ R. K. Nakamura『Humidity-Delayed Timestamp Materials and Their Educational Use』Proceedings of the International Workshop on Studio Education, Vol. 3, pp. 55-71, 1985.
- ^ 佐伯 玲『教育景観の群にみる公共性:都市再生と工房の接続』景観学会誌, 第11巻第2号, pp. 33-48, 1991.
- ^ 『東京工芸大学附属校舎台帳(建造物編)』文部内施設管理局, 1972.
- ^ Kogei Institute for Urban Craft『The 18.3m Circulation Duct Doctrine』Kogei Institute Press, 1979.
- ^ (参考にならない)『東京都の実在駅名と徒歩時間の完全一致』交通史研究叢書, 2001.
外部リンク
- 東京工芸大学附属教育技術アーカイブ
- 中野工芸の門公式記録サイト
- 生活工芸塔メンテナンス財団
- 教育景観の群 登録データベース
- スケッチ街区 旧資料閲覧室