競走猫
| 起源 | 明治末期の北海道開拓地 |
|---|---|
| 競技化 | 1912年頃 |
| 管轄 | 旧内務省動物技能調査局(後の走性生物課) |
| 主な開催地 | 北海道、青森県、東京都江東区 |
| 競技時間 | 1走あたり18秒〜42秒 |
| 距離 | 15m、30m、50m |
| 代表的系統 | ホッケー・ショートヘア、江戸縞、サビ・スプリント |
| 公式記録 | 50m走 4.91秒(1978年) |
| 関連法令 | 愛玩走性動物取扱規則 |
競走猫(きょうそうねこ、英: Racing Cat)は、で発展した猫の走行競技、およびそのために改良された系統の総称である。一般にはの速度を競う愛玩動物競技として知られているが、その起源は末期の開拓地における郵便試験にあるとされる[1]。
概要[編集]
競走猫は、主にの直線コースで速度、加速、姿勢保持を競う猫の競技である。現在では一部の愛好家団体により保存・継承されており、の、の、のなどで年数回の大会が行われている。
この競技は単なる猫の走力比べではなく、飼育環境、毛並みの静電気、床材の摩擦係数まで含めた総合的な調整競技として発展したとされる。一方で、の一部資料には「実態は観賞会と短距離追尾遊戯の混成」との記述もあり、定義には今なお揺れがある[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
競走猫の起源は、の近郊で行われた簡易郵便試験にあるとされる。当時、積雪期の集落間連絡のため、軽量の郵便袋を背負った猫が走路を通過するまでの時間を計測した記録が残っており、これが後の「走性評価」に転用されたとされる[3]。
特にという獣医兼測量助手が、猫の足裏に付着する雪団子を減らすため木製の短靴を試作し、かえって加速が向上したことが競技化の端緒であったという。なお、この短靴は後に「ねこ下駄」と呼ばれたが、実用性は低く、試走4回目で全て脱落したと記されている。
競技の成立[編集]
、の旧演習場跡で「第一回猫走会」が非公式に開催され、15m走・障害板越え・折返し走の三種目が設けられた。ここで初めて、猫の出走前にを与えると反応時間が平均0.8秒短縮するという報告がなされ、以後、給餌のタイミングが厳密に管理されるようになった。
期には、の動物行動学研究室と民間の愛猫家団体「全国猫走連盟」が共同で標準化を進め、コース幅38cm、スタート合図から1.2秒以内の発進を「理想型」と定めた。もっとも、猫側の意志よりも観客の拍手音に左右されることが多く、記録の再現性には課題があったとされる。
戦後の普及[編集]
戦後の競走猫は、のやのペット関連商店街で人気を博し、1950年代後半にはラジオ番組『朝の猫走ニュース』まで制作された。番組では勝敗予想のほか、「今日は毛色が乾く速度が速い」など競技と無関係な情報がやけに詳しく扱われ、聴取者の半数以上がそれを真面目に受け取っていたという[4]。
には、が屋内競技としての基準を整え、床材ごとの公式タイム差を公表した。特にリノリウム床は滑走率が高すぎるため「記録は出るが猫の表情が不機嫌になりやすい」と注記され、競技場の素材選定が社会的関心事となった。
競技規則[編集]
公式種目は、直線走、招致走、障害回避走の三本柱である。直線走では15m、30m、50mのいずれかを走破し、招致走では飼い主の呼び声にどれだけ合理的に反応するかが採点される。障害回避走では、紙袋、低い椅子脚、観葉植物の鉢など、家庭内に実在しうる障害物が並べられる。
採点は40%、20%、15%、25%で構成される。最後の項目はの改定で導入されたもので、記録上は遅くても「走りに説得力があれば加点される」とされたため、以後の大会では堂々と歩く猫が高得点を得る珍事も起きた。
著名な個体[編集]
初期の名猫[編集]
「」( - 不詳)は、最初期の競走猫として知られ、15m走で3秒台を記録した最初の個体とされる。毛色が三毛であったことから「局地的な見えにくさが速度感を生む」と評され、以後、三毛猫の人気が急上昇した。
また「」は、スタート直後に必ず一度だけ後方を振り返る癖があり、その所作が観客の支持を集めた。記録は平凡であったが、の後に慰問走行を行い、「被災地で最も静かに走れる猫」として新聞各紙に取り上げられた。
黄金期のスター[編集]
後半には「」が登場し、50m走4.91秒の公式記録を樹立したとされる。シロタマは直線では圧倒的であったが、スタートラインの白線と自分の毛色が同化するため、審判が毎回位置を確認し直す必要があった。
の「」系統は、加速こそ鈍いものの終盤の粘りに定評があり、特にの埠頭倉庫跡で行われた大会では、ゴール直前にくしゃみをした拍子で逆転勝ちした例が語り草となっている。
現代の保存系統[編集]
近年は、競走猫の遺伝的特徴を残す保存繁殖が進められているが、速度だけを選抜すると運動後の食欲が極端に増す傾向があるため、飼育には相当の知識が求められる。の実験飼育記録によれば、最も速い系統ほど段ボールへの警戒心が低いという相関も示されたが、因果関係は不明である[5]。
なお、2021年にの展示会で公開された個体「」は、入場前の待機時間が長すぎたため本番で走らず、代わりにコース中央で座ったまま審査員を見つめ続けて特別賞を受けた。
社会的影響[編集]
競走猫は、単なる娯楽にとどまらず、のペット飼育文化、床材産業、さらには住宅設計にまで影響したとされる。特に40年代以降、集合住宅の廊下幅が「猫が気まぐれに旋回できる程度」を暗黙の設計目安とする業界慣行があったという指摘がある。
また、の地域学習教材では、猫走会の事例が「生き物の意志を尊重しながら記録を取る近代的態度」として紹介されたことがあり、学校行事で短距離走の見学と動物観察を兼ねる催しも各地で行われた。もっとも、児童の多くは猫が走るより途中で座る瞬間を待っていたとされる。
批判と論争[編集]
競走猫には、動物福祉の観点からの批判が常に付きまとった。にはの有志が「猫にとって直線は概して不要である」とする声明を出し、競技関係者と論争になった。これに対し主催側は、走行距離が短く、かつ成功時には十分な休息と高品質の餌を与えていると反論した。
一方で、タイム計測の透明性も問題となった。手動ストップウォッチ時代には、計測係が猫に見とれて停止を遅らせる事例が多く、のでは記録係3名全員の時計が微妙に異なっていたため、最終結果が「共同優勝」とされた。なお、この判定は現在でも一部の研究者から、猫より人間側の感情移入が競技を成立させていた証拠とみなされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『北海道開拓地における猫走試験の記録』北海農事出版社, 1914年.
- ^ 佐々木良介『愛玩動物の速度測定に関する基礎研究』動物学雑誌 Vol. 23, No. 4, pp. 201-219, 1921年.
- ^ Margaret A. Thornton “On the Measured Sprint of Domestic Felines” Journal of Applied Zoology Vol. 8, No. 2, pp. 77-93, 1936.
- ^ 『全国猫走連盟会報 第一輯』全国猫走連盟出版部, 1953年.
- ^ 高橋伸一『競走猫と都市住宅の相互作用』都市生活研究叢書 第5巻第1号, pp. 44-68, 1967年.
- ^ Eleanor V. Pike “Friction Coefficients in Indoor Feline Track Sports” Proceedings of the Royal Society of Domestic Studies Vol. 14, pp. 102-118, 1974.
- ^ 中村澄子『猫の意志と記録計測』日本動物行動学会誌 Vol. 31, No. 1, pp. 1-25, 1988年.
- ^ 『愛玩走性動物取扱規則解説』農林水産省動管室監修, 1991年.
- ^ 藤堂一馬『江東区における戦後屋内競技文化の形成』地域史研究 第12号, pp. 88-109, 2004年.
- ^ Christopher J. Wren “The Politics of the Starting Line: Cats, Timing, and Consent” International Review of Companion Sport Vol. 6, No. 3, pp. 155-171, 2019.
- ^ 山岸友紀『ねこ下駄の発明と失敗』北海道民俗工学紀要 第2巻第7号, pp. 301-315, 2022年.
外部リンク
- 全国猫走連盟アーカイブ
- 江東屋内走性競技資料館
- 札幌猫走史研究会
- 動管室デジタル年表
- 愛玩動物競技史オンライン