笑顔の家族写真
| 分類 | 家族記録技法、写真儀礼 |
|---|---|
| 起源 | 1928年頃の東京市下町 |
| 考案者 | 西園寺 恒一郎とされる |
| 主な用途 | 年賀状、冠婚葬祭、町内会記録 |
| 標準構図 | 三角形配置、中央児童優先 |
| 保存年数 | 理想値は17年、実務上は5年から42年 |
| 普及期 | 1954年 - 1979年 |
| 関連機関 | 日本家族撮影協会 |
| 異名 | 笑顔同期写真、団欒定着像 |
笑顔の家族写真(えがおのかぞくしゃしん、英: Smiling Family Portrait)は、の表情を同一の光源条件下で「笑顔」として同期させることを目的とした、発祥の家族記録技法である。一般にはの一形式として扱われるが、後期には社会的儀礼と感情制御の中間領域にあるものとして制度化された[1]。
概要[編集]
笑顔の家族写真は、家族単位で撮影される写真のうち、撮影者が被写体全員の口角と視線をほぼ同時に整えることを重視する様式である。単なる記念写真ではなく、撮影時点の家族関係を可視化し、将来の会話における「この時はまだ元気だった」「父だけ明らかに疲れている」といった解釈を半ば強制的に生み出す装置として機能してきたとされる[2]。
その成立には、の写真館文化、の住宅事情、ならびに戦後の年賀状慣行が複雑に関与したとされる。特に1950年代後半には、が「笑顔率83%以上を家族写真の目標値とする」暫定基準を掲げたことで、一気に一般家庭へ浸透したという[3]。ただし、この数値の根拠は不明である。
また、笑顔の家族写真は心理的安定の指標としても扱われ、の生活意識調査では、被写体のうち少なくとも1名が頬を強く引きつらせている写真ほど保管率が高いと報告されたとされる。なお、この調査票は1987年版から急に「祖母の眼鏡の反射」に関する項目が追加されており、編集史の観点からも興味深い[4]。
歴史[編集]
前史:団欒像から同期写真へ[編集]
起源は、東京・の写真師、西園寺 恒一郎が、七五三撮影中に幼児三名が同時に泣き止んだ瞬間を連続撮影したことにあるとされる。西園寺はこれを「表情の共同所有」と呼び、後にの自宅暗室で、家族全員が一斉に笑うべきだとする撮影補助冊子『家庭写真的笑意指南』を私家版で配布した。
この冊子は、当初はの資料室で長らく未整理扱いであったが、1971年に箱から出された際、表紙裏に「笑え、しかし同時に」という鉛筆書きが見つかり、以後の研究で重要視されるようになった。なお、この文言は西園寺本人のものとする説と、孫の落書きとする説が併存している[5]。
制度化と普及[編集]
、所管の生活文化懇談会が、戦後家庭の安定を象徴する標語として「一家に一枚、笑顔の家族写真」を採択したとされる。これを受けて、、の主要写真館では、撮影前に砂糖水を配布して頬筋を和らげる「甘味導入法」が広く導入された。
には、日本家族撮影協会が「三秒以内に全員の眼球がレンズに収束しなければ再撮影」とする撮影規格を発表した。これにより、撮影現場には“父の瞬き待ち”を専門に担当する補助者が現れ、当時の職業名簿には「表情調整員」として登録された例もあるという[6]。
前後には、の影響を受けた高度な背景紙が流通し、青空・団地・ハワイ風といった画一的な笑顔の舞台が量産された。一方で、背景よりも家族全員の歯並びが重要視される傾向が強まり、写真館業界では「歯列の民主化」という言葉まで使われた。
デジタル化と再解釈[編集]
に入ると、家庭用カメラの自動補正機能により、笑顔の家族写真は「撮影」から「生成」へと性格を変えた。特に以降、顔認識補助線を用いたソフトウェアが普及し、目を閉じた者まで笑顔として認証される事例が増加したため、家族写真の定義自体が揺らいだ。
この時期、で開催された企画展「口角の近代史」では、1940年代の銀板写真からスマートフォンの自動美肌加工までが横断的に紹介され、来場者の約12.4%が「写真を撮られると祖父の声が聞こえる」と回答したと報告されている。もっとも、この調査は展示出口で鉛筆とメモ帳を渡して回収しただけであり、統計学的な厳密性には疑義がある。
撮影技法[編集]
笑顔の家族写真には、いくつかの伝統的技法がある。第一に「三面配置法」で、祖父母、親世代、子ども世代を斜め三角形に配置し、家族の上下関係を画面内の高さ差で表現する。第二に「合図分散法」で、撮影者がシャッター直前に「はい、チーズ」に相当する音節を二度ずらして発声し、笑顔の瞬間を1.8秒幅に拡散させる。
また、関東地方の一部写真館では、撮影前にを飲ませる「乾き抑制法」が慣習化した。これは被写体が撮影中に喉を鳴らす事故を防ぐためであるとされるが、実際には子どもを静かにさせるための口実だったとの指摘がある。なお、撮影補助具としては、椅子の脚に仕込まれた微弱な振動装置「団欒ブザー」がまで使われた記録があり、現在でも一部の老舗写真館で保管されている[7]。
さらに重要なのは、笑顔の角度である。の内部文書によれば、理想値は「上唇外縁から左右12度以内」とされ、これを超えると“社交辞令顔”に分類される。もっとも、この分類は地方によって大きく異なり、では12度を超えても「寒冷地の実用笑顔」として許容される。
社会的影響[編集]
笑顔の家族写真は、家庭の内実を反映するというより、家族が「問題がないように見えること」を要求される文化装置として作用した。これにより、、、さらにはの広報資料まで、笑顔の家族写真を準拠様式とする傾向が強まった。
一方で、1960年代後半には、写真に写ることを拒む高齢者が増えたため、「笑わない権利」をめぐる小規模な運動がとで起こったとされる。運動家たちは、家族写真における自然な無表情を求め、撮影会場に和歌や将棋を持ち込んだが、結果としてかえって笑顔が引き出されるという逆説的な事態も生じた。
の家族意識白書(架空)では、笑顔の家族写真が子どもの自己肯定感を4.7ポイント上昇させると結論づけられている。ただし同白書の脚注には「撮影者が親族かどうかは未確認」とあり、政策資料としての信頼性は高くない。
批判と論争[編集]
笑顔の家族写真に対しては、古くから「幸福の強制である」との批判がある。特にの『写真批評季報』第14号では、文化人類学者の関根 末吉が、笑顔の家族写真は本来の家族関係を隠蔽し、むしろ撮影後の焼き増し配布の際にのみ平和が生じると論じた。
また、撮影時に祖父だけが笑わない場合、その写真を「修正版」として扱うべきかをめぐり、との間で見解が分かれた。前者は「画像処理による調和」を支持し、後者は「民法上の同意の問題」として慎重姿勢を示したとされる。なお、両者が合同で開催した討論会では、最後に司会者の母親が来場し、全員が笑って終わったため議事録が中断されたという。
さらに、2010年代以降はSNS上で「笑顔の家族写真らしさ」を競う投稿が急増し、背景の加工と目線の一致が過剰に求められるようになった。これに対し、写真家の三浦 玲子は「笑顔の家族写真が最も美しいのは、誰か一人が遅れて笑う瞬間である」と述べたが、当時の投稿サイトでは“#遅笑い”が一時的に禁止語となった[8]。
現代の位置づけ[編集]
現在、笑顔の家族写真は、、などの節目に限定されず、日常的な記録の一部としても利用されている。ただし、スマートフォンの顔認識機能が笑顔を自動補正する結果、撮影者の意図よりも穏やかな表情が生成されやすく、もはや「写す」より「整える」行為に近いとされる。
の周辺調査では、三世代同居世帯のうち、毎年1回以上笑顔の家族写真を撮る世帯は38.2%であったとされるが、同時に「撮影のたびに誰かがスマホの充電を忘れる」との自由記述が多数寄せられた。こうした実務上の障害はあるものの、家族写真は依然として、家庭内の合意形成を可視化する稀有な文化形式である。
一部の研究者は、笑顔の家族写真を「近代日本における最小単位の合意書」とみなしている。すなわち、法的効力はないが、少なくとも年に一度、全員が同じ方向を見ることを要求する点で、極めて制度的である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 西園寺 恒一郎『家庭写真的笑意指南』京橋写真堂, 1931.
- ^ 関根 末吉「笑顔同期写真の成立と社会儀礼」『写真文化研究』Vol. 8, No. 2, pp. 41-67, 1973.
- ^ 田所 美沙子『戦後家族像と撮影儀礼』青弓社, 1986.
- ^ Margaret L. Thornton, “The Sociology of Smiling Portraits,” Journal of Domestic Image Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 201-229, 1994.
- ^ 北村 恒一「口角角度の規格化に関する一考察」『家族撮影協会紀要』第3巻第1号, pp. 9-18, 1965.
- ^ 岡本 しずえ『団欒の技術史――麦茶から自動補正まで』みすず書房, 2007.
- ^ Hiroshi Endo, “Reconsidering the Smiling Family Portrait in Urban Japan,” East Asian Visual Culture Review, Vol. 5, No. 1, pp. 73-95, 2011.
- ^ 藤井 俊介「『笑わない権利』運動の地域的展開」『京都社会史報』第19号, pp. 122-140, 1979.
- ^ James P. Bell, “Portraits with the 1.8-Second Smile Window,” Camera and Society Quarterly, Vol. 21, No. 3, pp. 55-81, 2002.
- ^ 内閣府家族意識編『家族の可視化に関する白書』内閣府政策資料室, 2016.
外部リンク
- 日本家族撮影協会アーカイブ
- 写真文化史データベース
- 口角研究所
- 昭和家庭像保存会
- 団欒像オンライン年鑑