第1256回おにぎり・巻物早剥きメドレー
| 行事名 | 第1256回おにぎり・巻物早剥きメドレー |
|---|---|
| 開催地 | 愛知県豊橋市一帯 |
| 開催時期 | 毎年5月下旬から6月上旬 |
| 種類 | 神事・食文化行事・技能競技 |
| 由来 | 吉田宿の海苔商と城下の炊き出し習俗に由来する |
| 主催 | 吉田神社奉賛会おにぎり巻物保存部 |
| 通称 | 早剥きメドレー |
第1256回おにぎり・巻物早剥きメドレー(だい1256かいおにぎり・まきものはやむきめどれー)は、愛知県のの祭礼[1]。より続くのの風物詩である。
概要[編集]
第1256回おにぎり・巻物早剥きメドレーは、の例祭に付随して行われる、おにぎりとの包装を連続で剥き取り、その速さと所作の美しさを競う行事である。単なる早食いではなく、海苔、笹、薄紙、竹皮、奉書紙を順に外す過程を一連の演目として見せる点に特色があり、古来筋の「手早さ」を象徴する風流事として親しまれている。
現在では神職による祝詞奏上のあと、氏子代表、町内会長、学生保存会の順に参加し、1組あたり6分12秒以内に4種の包材を剥離できるかが審査される。第1256回という回数表記は、年間に始まったと伝わる初回を起点に数えたもので、途中に疫病流行や水害で中止された年もあるが、奉賛会は「中断も回数に含む」として継続性を主張している[2]。
名称[編集]
正式名称の「おにぎり・巻物」は、江戸期の文書で用いられた「握り飯と巻きもの」の略記に由来する。これに「早剥き」を付したのは明治末期の記録係・渡辺精一郎とされ、当時の見物客が包材を剥がす速さを「舞いのようである」と評したことに由来するという。
「メドレー」は昭和初期にの演芸部が競技化のために付した英語風の呼称で、実際には各包材を順番に処理するための区分名である。ただし、地元では「剥き通しの連続演目」を指す固有語として定着し、現在も案内札や法被の背文字にそのまま残されている。
由来・歴史[編集]
中世の炊き出し起源[編集]
伝承によれば、の吉田湊では、潮待ちの船頭に向けて海苔で包んだ飯を素早く配る必要があり、包みを剥がす手際が共同体の技能として重視されたという。とくに下の米問屋が、雨天でも湿らないように竹皮と奉書紙を重ねたことが、今日の多層包装の原型になったとされる。
一方で、に伝わる「早剥き帳」には、16世紀後半の祭礼で「三息以内に海苔を外した者へ朱印を与えた」との記述があり、競技性はかなり早い時期から存在したとみられる。ただし同帳の筆者は海苔を「黒き羽衣」と記しており、後世の写本で脚色された可能性も指摘されている。
近代化と回数表記の定着[編集]
大正13年、地元の実業家・林源蔵が奉賛金を拠出し、紙吹雪の代わりに刻んだ海苔片を用いる現在の演出が整えられた。これにより、単なる屋台芸から「神前技能競技」へ格上げされたとされる。
回数表記が現在の「第1256回」に落ち着いたのは、戦中の一時中断後、昭和27年に奉賛会が旧帳簿を再集計したためである。帳簿の一部に「第九百余回」としか書かれていない箇所があったことから、奉賛会は後年の照合で小数点以下を切り上げたという説が有力であるが、年配の氏子の中には「元来は1年に2回行われていた」と主張する者もいる。
競技化と現代化[編集]
平成以降は、包材の剥離速度だけでなく、剥がした紙をしわなく畳む「再封礼」や、最後まで形を崩さず盛り付ける「具留め」の点数も加算されるようになった。これに伴い、会場にはの中継車が入るようになり、例年およそ1万8,000人が周辺に集まる。
なお、2014年大会では強風により奉納用の竹皮が飛散し、審査員席にいた市議会議員3名の着物に糊が付着する事故があった。この出来事は「糊付け事件」として地元紙に大きく扱われ、翌年からは屋外用に重ね合わせ式の防風幕が導入された。
日程[編集]
開催日は毎年5月最終土曜日の前後3日間とされ、前夜祭、当日祭、後日清祓の三部で構成される。神事としての本番は午前9時12分に始まり、10時45分の「第一剥き」、午後1時06分の「連続剥き」、3時33分の「決定剥き」で山場を迎える。
雨天の場合は本殿前の回廊に会場が移されるが、海苔の湿気をめぐって毎年協議が行われるため、開始時刻が15分から40分ほど遅れることが多い。奉賛会は遅延を「包材の熟成」と説明している。
各種行事[編集]
前夜祭[編集]
前夜祭では、氏子総代による「海苔張り合わせの儀」が行われる。長さ18メートルの紅白幕に、産地の異なる海苔を9枚ずつ貼り込む作業が公開され、最後に三河湾産の塩を少量撒くのが慣例である。
また、地元の子ども会による「一口目の音当て」が人気で、包みを剥くときの音だけで中身を当てる競技が行われる。1987年から続くこの催しは、当初は単なる余興であったが、現在では若年部門の予選に組み込まれている。
本祭の早剥きメドレー[編集]
本祭では、参加者は白手袋、前掛け、木札を着用し、まずおにぎり、ついで細巻、太巻、逆巻の順に剥き取る。最速記録は平成29年の佐久間一真による4分18秒であるが、審査委員会は「見せ剥きが過ぎる」として技術点を2点減点した。
競技中には「箸で開く」「指で裂く」「笹の結び目を解く」など12の所作があり、うち8つ以上を美しく達成すると「神前連続礼」の称号が与えられる。なお、2022年大会では小学校教諭の参加者が巻物の芯を外し忘れる珍事があり、会場アナウンスが5分間停止した。
後日清祓と配布[編集]
後日清祓では、審査で使われた包材がすべて清められ、乾燥後に「剥き札」として参拝者に配布される。これは悪い手癖を改める縁起物とされ、特に受験生や職人志望者に人気がある。
さらに、近年はと連携した「早剥き記念乗車券」が発売され、台紙の折り目を剥がすと会場案内図が現れる仕掛けになっている。ただし、折り目の位置が毎年微妙に違うため、コレクターの間では「難剥き年度」が話題になる。
地域別[編集]
吉田宿本町[編集]
本町地区は最古参の保存会があり、剥き取り所作の基礎となる「三指礼」を今も厳格に守っている。ここでは海苔を最後まで破らずに外すことが重視され、破損率が3%未満であれば「無傷剥き」として称賛される。
また、本町の商店街では大会期間中、店先の弁当がすべて「メドレー仕様」となり、包材に店主の家紋が印刷される。観光客はこれを記念に持ち帰ることが多い。
札木・牛川地区[編集]
札木地区は道具の改良で知られ、竹皮を1秒で緩めるための木製ピン「札木針」を発明したとされる。牛川地区は農家の参加が多く、稲わらを用いた仮設包材の技術が発達した。
両地区は互いに剥き速度を競うため、1980年代には「東と西の包材対抗戦」と呼ばれる対立が生じたが、現在は合同チームとして出場している。これはが調停に入った結果とされる。
豊橋駅前[編集]
駅前会場では観光客向けの体験枠が設けられ、1回300円で簡易版の早剥きができる。ここでは本番と異なり、包材の代わりに透明フィルムが使われ、成功すると駅ビル内の商店で使える「剥き増し券」が配られる。
地元ではこの会場を「都会の入口の祭礼」と呼ぶが、実際には改札前で包みを剥く音が最もよく響くため、鉄道ファンにも知られている。
批判と論争[編集]
一部の食品衛生団体からは、神事と技能競技が混在しているため「宗教行事としての純度が曖昧である」との批判がある。また、包装材を大量に使用することから、2010年代以降は環境負荷への懸念も示された。これに対し奉賛会は、使用後の海苔紙を全量堆肥化し、会場周辺の花壇へ還元していると説明している。
さらに、回数表記の真偽をめぐっては、の民俗学研究室が「1256回は連続開催を意味しない可能性がある」と発表したが、地元保存会は「数字は信仰であり統計ではない」と反論した。この応酬は地元紙で3日連続の社説合戦になり、結果として参加者が前年より12%増えたとされる。
脚注[編集]
[1] 『吉田神社縁起・下巻』によれば、初回の奉納は海苔問屋の豊作祈願に由来するという。
[2] 奉賛会記録では、欠番回を「雨に負けた回」として通算する慣行が確認される。
[3] 豊橋市立郷土資料館蔵「早剥き帳」は、写本年代に異同が多く要検証である。
[4] 2014年の「糊付け事件」については地元新聞各紙で報道されたが、審査員の服装被害の規模には諸説ある。
脚注
- ^ 渡辺精一郎『吉田宿食礼考』豊橋郷土史研究会、1982年、pp. 41-68.
- ^ 林源蔵『海苔包みと祭礼経済』東海民俗叢書、1931年、Vol. 4, pp. 12-39.
- ^ 佐久間奈緒『豊橋における剥離儀礼の成立』愛知大学民俗学紀要、第18巻第2号、pp. 77-104.
- ^ Margaret A. Thornton,
- ^ Margaret A. Thornton『Maki and Rice: Performative Peeling in Coastal Japan』University of Edinburgh Press, 2004, pp. 201-233.
- ^ 中村義雄『奉賛会帳簿の再集計方法』吉田神社資料室、1995年、pp. 5-19.
- ^ 高橋澄子『包む・外す・整える——祭礼所作論』民俗芸術社、2011年、pp. 90-127.
- ^ J. H. Caldwell, "The Sacred Peel: Paper, Nori, and Civic Memory", Journal of Ritual Studies, Vol. 22, No. 3, pp. 155-178.
- ^ 豊橋市立郷土資料館編『早剥き帳翻刻集』、2008年、pp. 3-51.
- ^ 小林篤史『糊付け事件と報道史』中部新聞出版、2016年、pp. 14-30.
- ^ Aiko Deshimaru, "Annualization of the 1256th Medley", Nippon Folklore Review, Vol. 9, No. 1, pp. 1-22.
外部リンク
- 吉田神社奉賛会公式記録室
- 豊橋早剥きメドレー保存協会
- 東海祭礼民俗データベース
- 吉田宿年中行事アーカイブ
- 剥き札ミュージアム