第3次きのこ・たけのこ戦争
| 名称 | 第3次きのこ・たけのこ戦争 |
|---|---|
| 期間 | 1984年 - 1987年 |
| 場所 | 東京都、静岡県、兵庫県ほか |
| 原因 | 包装規格の変更と可食部密度の差をめぐる対立 |
| 結果 | 地域別売上の分断、共同陳列協定の成立 |
| 交戦勢力 | きのこ派 / たけのこ派 / 中立派 |
| 主要人物 | 高瀬義春、三好倫子、H. Watanabe |
| 影響 | 菓子売場の区画再編、学校給食会議への波及 |
第3次きのこ・たけのこ戦争(だいさんじきのこ・たけのこせんそう)は、からにかけての菓子業界と消費者団体のあいだで発生したとされる、の主導権をめぐる長期的な市場争奪戦である。通称の「第3次」は、前史として知られる二度の局地的な味覚紛争を踏まえたものとされる[1]。
概要[編集]
第3次きのこ・たけのこ戦争は、末に全国の量販店で確認された人気菓子二勢力の対立が、の改定包装を契機に再燃した現象である。とくにでは「きのこ」を推す棚前活動が活発化し、では「たけのこ」の携行性を重視する主張が優勢であったとされる。
この争いは、単なる嗜好の違いにとどまらず、糖衣の厚さ、ビスケット部の空洞率、さらには箱の角の丸みが心理的安心感に与える影響まで議論された点に特徴がある。なお、当時のが「菓子の棚配分は文化摩擦である」とする内部文書を作成していたとの指摘があるが、出典は限定的である[2]。
歴史[編集]
前史と第一次・第二次局地紛争[編集]
前史はの準備期にさかのぼるとされる。当時、展示売店の補充効率を優先した結果、軸の短いが採用され、これに対抗しての一部学生自治会が「きのこ型の方が手袋を汚さない」と主張したことが記録されている。
には第二次局地紛争として、沼津市の大型売場で「森林感覚棚」と呼ばれる実験陳列が行われた。ここでら消費行動研究会が、試食後の握力変化まで測定し、きのこ派のほうが「指先にチョコの残香が少ない」と報告したことが、後の全面対立の火種になったとされる。
1984年の包装改定と全面化[編集]
春、製造側は原材料高騰を受けて両製品の個別包装フィルムを1.8ミクロン薄くした。これにより、きのこ派は「開封音が軽い」と歓迎した一方、たけのこ派は「持ち運び時に箱鳴りが増えた」と反発した。
同年夏、の老舗文具店が販促用のメモ帳を「きのこ派専用」「たけのこ派専用」に分けて置いたところ、売上が通常の2.7倍になり、菓子以外の商品にまで立場表明が波及した。以後、全国の駅売店で陳列順をめぐる小競り合いが頻発し、新聞各紙はこれを「第三次」と呼び始めた。
終結交渉と共同陳列協定[編集]
、西宮市の流通会議室において、卸売業者のが仲介役となり、「共同陳列協定」が締結された。協定では、同一棚に両製品を置く場合、きのこ側を左、たけのこ側を右に配置し、その境界に赤い仕切り板を挟むことが定められた。
この協定は一般に平和的解決と見なされているが、実際には棚卸し担当者の負担が増え、閉店時の差し替え時間が平均14分延びたとされる。また、協定書の末尾に書かれた「なお、季節限定版を除く」という一文が、のちの再燃の伏線になったとみる研究者もいる。
主要勢力[編集]
きのこ派[編集]
きのこ派は、傘部の食感と軸部の「最後まで形が崩れにくい」点を評価する層で構成された。都市部の中高生、喫茶店勤務者、筆記具のキャップを必ず付ける習慣のある者に支持が厚かったという。
象徴的人物は、の心理学助手であったである。彼はに「きのこ摂取後の会話速度は平均で6.2%上昇する」とする小論文を発表し、学内で一躍カリスマ化したが、後年の追試では再現性が低いことが判明している。
たけのこ派[編集]
たけのこ派は、外装の堅さと内側ビスケットの層構造を「秩序」とみなす傾向があるとされた。地方都市の事務職、受験生、定規を机の中央に置く人々に支持が多かった。
姫路市のスーパーでは、たけのこ派による「箱角保存会」が結成され、空箱の四隅を潰さずに持ち帰る技術が競われた。会合では「角が立たないことが人間関係にも通じる」との発言が引用され、地域紙に小さく取り上げられた。
中立派と調停派[編集]
中立派は、両製品を同じ皿に盛り付け、紅茶と牛乳のどちらにも合うかを確認する層である。多くは家庭内にきのこ派とたけのこ派を併せ持つ混合世帯から生まれた。
調停派はを名乗り、年に2回だけ「試食和解会」を開いた。そこでは、先にきのこを食べた者はたけのこを必ず一口水で流してから食べる、という奇妙な作法が採用されていた。
社会的影響[編集]
第3次きのこ・たけのこ戦争は、菓子の好みを超えて流通、教育、さらには行政文書の書式に影響を与えたとされる。とくに以降、内の小学校では遠足の配布菓子をめぐる保護者会の紛糾が増え、学級通信に「双方均等配布」と明記される例が目立った。
また、百貨店の売場設計にも変化が生じた。従来の「ビスケット菓子」棚は、のちに「傘型」「筒型」「土中型」の3区画に再編され、棚札の文字サイズまで規格化された。これにより、売場面積の0.4%が「対立抑止の余白」として確保されるようになったという[3]。
一方で、争いが長期化したことで、研究者のあいだには「嗜好は味ではなく所属意識である」とする説が広がった。これはその後のの基礎概念に影響したとされるが、当時の論文の多くはサンプル数が38前後と小さく、統計的な妥当性には疑義がある。
文化[編集]
音楽と映像への波及[編集]
後半には、深夜ラジオ番組で「今夜の一箱」として両製品を食べ比べるコーナーが流行した。パーソナリティは、きのこ派の電話が続いた翌週にたけのこ派の曲を多く流すなど、あからさまな配慮を見せた。
また、のケーブルテレビ局が制作した啓発映像『選択のゆらぎ』では、片方を選ぶともう片方が無言で画面端に残る演出が話題となった。視聴者調査では「罪悪感があるが、なぜかもう一つ食べたくなる」との回答が47%を占めた。
学校・職場での慣習[編集]
学校では「交換禁止」「半分ずつ交換可」などのローカルルールが各地で作られた。とくにの一部進学校では、試験前にたけのこを食べると「角が立つ」として忌避され、代わりにきのこを食べる生徒が増えたという。
職場では、会議冒頭で菓子の配布方法を宣言する慣習が生まれた。配布係が「本日はきのこ優先でございます」と述べるだけで場が和むケースもあったが、逆に無宣言のまま配ると机を3列に分けて再編する事態に発展した。
批判と論争[編集]
第3次きのこ・たけのこ戦争に対しては、当初から「企業側が売場の緊張を意図的に演出したのではないか」との批判があった。とくに、の秋に発売された限定パッケージが、偶然にも両者の箱高差を2ミリ拡大したため、広告代理店が対立を煽ったとの見方が根強い。
また、は、対立の背景に「子ども向け菓子にまで序列を持ち込む社会構造」があると声明を出した。ただし、会見の最後に記者へ配られた資料が、なぜか両製品の食べ方比較表だったことから、会場では失笑が漏れたと報じられている。
近年では、当事者の証言に食い違いが多いことから、実際には「味覚の違い」よりも「箱を開けるときの音量」をめぐる抗争だったのではないかという説もある。この説は一部の音響工学者から支持されているが、なお要出典とされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高瀬義春『共同陳列協定の研究』日本流通文化研究所, 1989.
- ^ 三好倫子『菓子選好と所属意識』新曜社, 1991.
- ^ H. Watanabe, "A Preliminary Study on Cap-Section Preference," Journal of Applied Snack Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 1986.
- ^ 田中祐介『昭和菓子抗争史』講談社選書メチエ, 2003.
- ^ Margaret L. Finley, "Shelving and Tribal Identity in Late-Consumer Japan," Consumer Culture Review, Vol. 8, No. 1, pp. 9-28, 1994.
- ^ 日本菓子調停協会編『試食和解会議事録 第4集』私家版, 1988.
- ^ 佐伯あや『箱角保存運動の社会学』有斐閣, 1996.
- ^ K. Nakamura, "Acoustic Factors in Biscuit Allegiance," Proceedings of the Osaka Symposium on Everyday Conflict, pp. 211-219, 1987.
- ^ 『きのこ・たけのこ戦争年表』東西菓子資料センター, 2008.
- ^ Eleanor V. Smith, "On the Emotional Geometry of Snack Packaging," Snack Anthropology Quarterly, Vol. 5, No. 4, pp. 100-118, 2001.
外部リンク
- 東西菓子資料センター
- 日本菓子調停協会
- 昭和消費文化アーカイブ
- 棚割り史研究会
- 第3次戦争口述記録集