総合コンテンツ制作サークル
| 名称 | 総合コンテンツ制作サークル |
|---|---|
| 略称 | 総コン、GCCC |
| 設立 | 1987年ごろ |
| 創設者 | 桐生一成、マルガレット・東郷 |
| 本部 | 東京都文京区本郷四丁目の旧印刷倉庫 |
| 活動内容 | 映像制作、冊子編集、音響実験、配布導線設計 |
| 会員数 | 最大時で約214人 |
| 代表的行事 | 三媒体合同発表会、深夜字幕校正会 |
| 公式機関紙 | 『統合通信』 |
総合コンテンツ制作サークル(そうごうコンテンツせいさくサークル、英: Integrated Content Production Circle)は、映像・文章・音声・配布物を単一の制作体系に統合して扱う、日本の学生・社会人混成型の創作組織である。もとは東京都の私設会館で行われた「同人誌の版下と上映会を同じ机で処理する」実験に由来するとされる[1]。
概要[編集]
総合コンテンツ制作サークルは、複数の表現媒体を同時並行で制作することを目的とした任意団体である。一般には大学の文化祭系サークルの一種として扱われるが、実際には印刷、録音、上映、頒布の各工程を細かく分業し、半ば工業化された運営を行う点に特徴がある。
同団体は、単なる創作集団ではなく「作品を作ること」そのものよりも、「作品が完成するまでの調整と衝突を楽しむ共同体」として発展したとされる。特に1980年代後半の東京都内では、コピー機の性能向上とカセットテープ文化の終末が重なり、いわゆる多媒体同人の実験場として注目を集めた。
なお、外部からはしばしばサブカルチャーの温床として語られるが、内部ではむしろ経理と進行表が最も神聖視されていたという証言が残る[2]。
歴史[編集]
前史:版下机上主義の時代[編集]
起源は1983年、文京区の小規模貸し会議室で行われた「三人合同編集会」に求められる。そこでは、映像担当の桐生一成、文章担当の早川千鶴、音響担当のマルガレット・東郷が、机一つを囲んで企画を進めたが、版下の切り貼りが終わらないまま上映時間だけが迫ったため、結果として「作業の統合」自体が一種の作品であるとの認識が生まれたとされる。
1985年には、彼らが利用していた本郷の旧印刷倉庫に、近隣の専門学校生や退職した録音技師が出入りするようになり、自然発生的にサークル化した。この時期の会則では、入会条件として「1冊の冊子、1本の映像、1本の音源のいずれかを同時に扱えること」が求められたが、実際には誰も満たしていなかったため、例外運用が常態化していた[3]。
一部資料では、初期の会員が東京の地下鉄路線図を用いて制作工程を可視化したことが、後の「工程図文化」の原点であるとも指摘されている。
拡大期:合同発表会の制度化[編集]
1989年、同団体は第1回「三媒体合同発表会」を池袋の貸しホールで開催した。来場者は公称87名であったが、実際には受付簿の余白に名前を書き足した者が多く、最終的な入場者数は143名と推定されている。発表会では、上映終了と同時に冊子の余部を配り、さらに同じ内容を朗読したカセットテープを販売するという、当時としては過剰な統合販売が行われた。
この時期、日本全国の学生サークルに影響を与えたのが「一作三出力」方式である。これは一つの企画から、紙・映像・音声の三形式を必ず派生させる制作原則で、会計上は極めて非効率であったが、1991年頃には模倣団体が大阪府、愛知県、神奈川県に現れた。もっとも、後年の会報では「模倣したのは形式だけで、進捗管理の苦しみまでは継承されなかった」と批判されている。
また、1993年の夏合宿では、台風の接近により屋外上映が中止となり、代替として倉庫内で字幕の手書き補修が実施された。この出来事は、会員のあいだで「中止ではなく再編集の機会」として神話化され、のちの標語「嵐は締切の別名である」を生んだ。
再編期:デジタル移行と分裂[編集]
2000年代に入ると、同団体もWindows系編集ソフトとデジタルカメラの普及を受け、制作工程の電子化を進めた。しかし、旧来の紙ベース進行を守る派と、クラウド共有に移行すべきだとする派が対立し、2004年には一時的に二系統運営となった。前者は「原稿に赤字を入れる速度こそ文化である」と主張し、後者は「更新履歴が残る方が責任の所在が明瞭である」と反論した。
この対立は、新宿の会議室で行われた十二時間の全体討議によって形式上は収束したが、実際には会員番号の付番方式が二つ残るなど、細部で分裂状態が継続した。特に、機材管理番号にローマ数字を採用する旧派と、ASCII順を好む新派の衝突は激しく、プロジェクター一台の引き渡しをめぐって議事録が18ページに及んだという[4]。
もっとも、この混乱が結果として制作現場の柔軟性を高めたとする評価もある。後年の研究では、総合コンテンツ制作サークルが「日本の小規模メディア運営における過剰な民主制の実験場」であったと整理されている。
活動内容[編集]
主たる活動は、脚本執筆、絵コンテ作成、録音、編集、紙面設計、配布導線設計の六工程から成るとされる。とりわけ配布導線設計は重視され、会場内の床に養生テープで矢印を貼り、観客が冊子を受け取ってから上映席に移動するまでの平均滞在時間を4分12秒短縮したという記録がある。
内部では、作品ごとに「総合係」「字幕係」「余部係」「差し替え係」が置かれた。余部係は、印刷所から返ってきた微妙にズレた束を「誤差の美学」として再流通させる役割を担い、人気の高い回では完売よりも「余部の争奪」が話題になった。
また、同団体はワークショップ形式の教育にも熱心で、年2回の「初学者統合講座」では、B5冊子の折り、マイクの持ち方、上映時の消灯合図を同時に習得させた。講座の修了率は当初31%にすぎなかったが、2012年以降は教材改訂により68%まで上昇したとされる[5]。
社会的影響[編集]
総合コンテンツ制作サークルの影響は、同人文化にとどまらず、大学の広報実務や小規模イベントの運営手法にも及んだとされる。特に、複数媒体を一括で扱う「統合進行表」は、のちに市民講座や地域映画祭の現場で簡略化版が採用された。
一方で、同団体が広めた過剰な統合主義は、しばしば現場の負担を増大させた。ある時期には、1本の短編映像の完成に対して、事前打合せが14回、議事録が総計92ページに達し、完成物よりも進行書類の方が立派であったと批判されている。これに対し内部では「書類が厚いほど事故が少ない」という反論がなされ、一定の支持を得た。
また、東京都内の一部印刷所では、同サークル方式を導入した顧客に限り、校正紙の戻し回数を多く設定するサービスが生まれた。もっとも、印刷所側はこれを迷惑ではなく「文化的需要」として扱っていたらしい。
批判と論争[編集]
批判の第一は、制作の効率性を著しく損なう点である。外部の研究者からは、総合コンテンツ制作サークルは「成果物より会議体を増殖させる傾向がある」と評され、実際に1998年には、ある企画で開始時のメンバー27人が、途中の調整だけで41人に増えたことが問題視された。
第二に、団体の内部用語が過度に専門化していた点が挙げられる。例えば、完成間近の作品を「仮封切り」、差し替え済み原稿を「二次沈静化版」と呼ぶ慣例は、外部参加者に強い混乱を与えた。これに関して、要出典と注記されたままの会報記事が複数残っている。
第三に、創設期の功労者をめぐる記憶の相違である。桐生一成を中心とする「映像起点説」と、マルガレット・東郷を中心とする「音響起点説」が長く対立し、2016年の創立30周年記念誌でも完全には整理されなかった。もっとも、本人たちがそもそも“起源”に無関心であった節もあり、編集委員会だけが真剣であった可能性が高い。
文化[編集]
団体文化の核心は、作品の完成度よりも「同じ机を囲んだ時間」に価値を置く点にある。毎年11月の定例会では、最初の30分を使って進行表の色分けを行い、その後に試写をするという慣習が続いた。これにより、試写前から達成感が得られるという奇妙な効果があった。
また、会員のあいだでは、完成直前に起こる小規模な混乱を「総コンらしさ」と呼ぶ。たとえば、字幕が1行ずれる、音声が0.8秒早い、封筒の宛名だけ旧字体になるといった事故が、かえって作品に味を与えるとされた。こうした美意識は、後にクリエイティブ・ディレクションの現場にも断片的に輸出された。
なお、サークル内では成功した企画よりも失敗した合宿の方が語り継がれる傾向が強い。中でも長野県で行われた2008年の冬合宿では、発電機の不調により全員が手回し充電器で音声確認を行い、最終的に26人中19人が同じフレーズを口ずさんでいたという逸話が有名である。
脚注[編集]
脚注
- ^ 桐生一成『統合進行表の思想史』文彩堂, 1997.
- ^ マルガレット・東郷『多媒体同時制作の技法』東亜メディア出版, 2001.
- ^ 早川千鶴「版下机上主義の成立と展開」『創作共同体研究』Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 2006.
- ^ 渡辺精一郎『サークル運営と書類の政治学』青灯社, 2010.
- ^ Suzanne M. Harlow, “Integrated Amateur Production and Urban Student Networks,” Journal of Civic Media Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 115-139, 2013.
- ^ 小野寺宏『余部係の経済学』新橋文化研究所, 2014.
- ^ K. Armitage, “The Four-Minute Queue: Distribution Design in Small Media Circles,” Media Logistics Quarterly, Vol. 5, No. 4, pp. 201-223, 2017.
- ^ 三宅直人「一作三出力方式とその限界」『日本編集技術学会誌』第21巻第1号, pp. 7-19, 2019.
- ^ Margaret A. Thornton, The Booklet That Would Not End, University of Hammersmith Press, 2020.
- ^ 編集委員会編『総合コンテンツ制作サークル三十年史』本郷資料社, 2021.
外部リンク
- 総コンアーカイブス
- 統合通信デジタル版
- 本郷旧印刷倉庫保存会
- 三媒体合同発表会記録館
- 余部係資料室