肛(SEX JAPANの楽曲)
| ジャンル | パンク・アートロック |
|---|---|
| 作詞 | 夛田(ただた)レイジ |
| 作曲 | 亜良部(あらべ)コウスケ |
| 編曲 | SEX JAPAN(スタジオ・コラージュ方式) |
| 初出 | (シングル『夜間清掃』B面として) |
| 収録アルバム | 『粉塵恋歌』 |
| レーベル | 渋谷夜光レコード |
| 話題点 | タイトルの直接性と歌詞の「指導書」口調 |
| 再評価 | 以降のパフォーマンス史研究で言及 |
肛(SEX JAPANの楽曲)(こう、英: Anus)は、のロックバンドがに発表した物議を醸した楽曲である。下ネタを前面に出しつつも、当時の都市生活の「衛生観」と「羞恥の経済」を言語化した作品として知られている[1]。
概要[編集]
「肛(SEX JAPANの楽曲)」は、性的隠語を敢えて身体の解剖語へ置換することで、当時のメディアが言葉を“管理”していた状況を暴くことを狙った曲であるとされる[1]。
楽曲の特徴として、歌詞が「駅前のビラ配布禁止」や「夜間清掃の分担表」など、衛生行政の文書に見られる定型句で進行する点が挙げられる。とりわけサビでは、聴取者の羞恥心を“カタログ化”するような比喩が多用されたと指摘される[2]。
一方で、初回放送から数週間、周辺の深夜ラジオで“曲名だけ”が二重音声で伏せられたという証言も残っている。のちにバンド側は「伏せ字は広告枠のように売られていた」と述べたとされる[3]。
なお、曲名の「肛」は単なる猥語としてではなく、当時の都市で増殖した「自己監視」の象徴として解釈されてきた。特に1990年代初頭に普及したとされる簡易マナー指南誌の口調と酷似していたことが、専門家の間で“音の制度設計”と呼ばれる議論の火種になった[4]。
成立と制作背景[編集]
執筆の発端:夜間清掃マニュアル事件[編集]
本作の歌詞は、当時の再開発で導入された「夜間清掃の委託分担表」を“朗読”する練習から始まったとされる[5]。バンドのスタッフは、手元の紙を読むたびに言葉の硬さが性的な連想を呼ぶと感じ、そこに“逆向きの比喩”を差し込んだという。
制作側の記録では、歌詞の叩き台はスタジオ備え付けのコピー用紙83枚にわたって改訂されたとされる。改訂回数は合計で17回、うち7回は「語尾の断定」を増やす方向に行われたと記されている[6]。
また、タイトル決定は遅く、最初は「微温(びおん)の入口」という詩的な案が存在したと報じられている。ただし、宣伝担当が「詩的すぎて“検閲の対象”にならない」と判断し、最終的に身体の部位名へ寄せた経緯があるとされる[7]。
スタジオ技術:16トラック“衛生コラージュ”[編集]
編曲面では、ドラムの“呼吸”を強調するため、マイクを通常の位置よりも低くし、音を床へ反射させたと語られている[2]。さらに、2回のテープ反転と、3種類の環境音(換気扇・乾燥機・自動改札のチャイム)を15秒単位で繋いだとされる。
制作日誌では、環境音のサンプル採取にの公共施設で計2時間半、合計で41回の録音許可申請を行ったと記されている。ただし、この数字は関係者の証言と食い違いがあり、「許可申請ではなく“書式の下書き”が41回だったのでは」との指摘もある[8]。
この“衛生コラージュ”は、聴感上は単なるノイズに近いが、歌詞の定型句と並ぶことで、衛生の言葉が感情を締め付ける装置として機能するように設計されたと説明される[4]。
リリースと反響[編集]
「肛(SEX JAPANの楽曲)」は当初、シングル『夜間清掃』のB面として配布された。ところが、店頭告知で“本体”が誤って表記され、レコード店のバックヤードでは“隠れて売れる曲”として即座に扱われたとされる[3]。
発売から10日後、内の中古レコード店チェーンでは、同曲の需要が通常盤比で約1.6倍に跳ねたという集計が回覧されたと報告されている。ただし、集計者名が伏せられており、出典が追えないため、後年「都市伝説化した数字」として扱われることもあった[9]。
一方で、批評家の一部には「露骨な題材が先行し、社会批評が見えにくい」という懸念も出された。これに対しSEX JAPANは、ステージでは歌詞の“指導”部分だけをスモーク越しに大書したという。結果として、露骨さが“説明”へ反転したとして評価する声も現れた[10]。
のちにの深夜枠で限定放送された際、曲名は「肛(こう)」の「こう」が三回に分けて流され、合計の音価が“777”に一致していたと聞き手が報告している。ただし、放送局の公式記録にはそのような意図は記されていない[11]。
解釈:言葉の制度と都市の羞恥[編集]
本作は、身体部位を直接の語として掲げることで、当時“言い換え”によって丸められていた性的語彙の境界が可視化された作品であるとされる[1]。
特に注目されるのは、歌詞が“衛生上の注意”の形を借り、聴取者に対して行動指針を与えるように進む点である。ここでは、衛生が善の方向へ働くのではなく、羞恥を内側へ取り込み、自己管理を強化する装置として描かれていると解釈されてきた[2]。
研究者のは、都市が持つ監視の力を「入口と出口の設計」として捉え、肛を象徴的“ゲート”として読むべきだとする見解を示した[12]。ただし別の論者は、肛を“出口”に限らず、常に言語が行き止まる点として扱うべきだと反論している[13]。
さらに、曲中で繰り返される“検閲の言い換え”を、聴取者が自分の中で再編集してしまう構造に注目する読み方もある。この解釈は、2000年代以降に広まった「音楽の自己検閲」概念と接続され、再評価が進んだとされる[4]。
批判と論争[編集]
リリース直後には、主に放送倫理と広告表現の観点から批判が集まった。とりわけ、曲名を見せる広告が駅の掲示板で禁止された件は、当時の自治体の運用実務に影響した例として言及されることがある[9]。
ただしバンド側は「肛は蔑称ではなく、都市が“隠すことで増殖するもの”のモデルに過ぎない」と説明したと報道された。さらに、タイトルを露骨にしたのは、曖昧語が増えるほど制度が強まると感じたからだという主張が紹介されている[10]。
一方で、後年の再評価では「制度批評として成立しているが、性的快楽の語りが欠落しており、聴衆が代替の物語を勝手に読み込む余地が大きい」という批判が出た。結果として、ファンの間では「社会批評より刺激が優先された」とする揶揄も生まれた[11]。
また、制作資料の一部が“コピー機の故障”で失われたという噂があり、歌詞の出典が特定できない箇所があるとされる。ある編集者は「要出典の該当箇所が、むしろこの曲の嘘の強度を作った」と評したが、裏取りの難しさも同時に指摘された[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山岸友里『都市の羞恥と音響装置:1980年代日本ロックの読解』青燈書房, 2008.
- ^ 亜良部コウスケ『テープ反転と衛生コラージュ』渋谷夜光レコード出版部, 1993.
- ^ 夛田レイジ『語尾の断定は誰のものか:歌詞改訂ログから』音律書房, 1991.
- ^ S. Kuroda, “Censorship by Pronunciation: Late-Night Radio and Hidden Titles,” Journal of Sound Policy, Vol. 12, No. 3, pp. 41-66, 2001.
- ^ M. Thornton, “Micro-Economies of Shame in Urban Rock,” International Review of Cultural Management, Vol. 7, No. 1, pp. 101-124, 2004.
- ^ 日本放送倫理協会『深夜枠の運用事例集(私家版)』日本放送倫理協会, 1990.
- ^ 渋谷夜光レコード『『夜間清掃』制作資料(複写許可限定)』渋谷夜光レコード, 1989.
- ^ 森川一樹『駅前ビラと検閲:1990年前後の現場から』港区学術会議叢書, 第2巻第1号, pp. 12-29, 1999.
- ^ 佐久間誠「衛生の声が聴衆を管理する」『音楽社会学研究』第15巻第4号, pp. 201-219, 2006.
- ^ N. Alvarez, “The Gate as Metaphor in Pop Lyrics,” Bulletin of Urban Semiotics, Vol. 3, pp. 55-73, 1998.
外部リンク
- 渋谷夜光レコード 公式アーカイブ
- 都市音響資料館(仮想)
- 夜間清掃マニュアル図書室
- 自己監視研究会ノート
- SEX JAPAN ファン・データバンク