裏エイプリルフール
| 正式名称 | 裏エイプリルフール |
|---|---|
| 別名 | 逆四月一日、翌日確定ジョーク |
| 発祥 | 1978年頃、東京都千代田区の雑居ビルとされる |
| 主な地域 | 日本、韓国、台湾、英国の一部 |
| 関連日 | 4月2日、月初の月曜日 |
| 主な実施者 | 広告代理店、広報部、学生自治会 |
| 性質 | 冗談と履行義務の混合 |
| 象徴的な道具 | 訂正文、先行予約票、謝罪用の赤ペン |
| 通称比率 | 約7割が口頭、3割が文書 |
| 備考 | 自治体の防災訓練と混同されることがある |
裏エイプリルフール(うらエイプリルフール、英: Reverse April Fools' Day)は、の告知や冗談を、翌日以降に「本当に実施する」ことを前提として行う、半ば儀礼化した反転型の風習である。主にのとのあいだで広まったとされ、いったん笑わせたうえで責任だけを残す文化として知られている[1]。
概要[編集]
裏エイプリルフールは、に行われた冗談を、その場では否定せず、翌日以降に実行・公開・謝罪のいずれかを行う慣習である。通常の冗談が「笑って終わる」ことを旨とするのに対し、本項では「笑ったあとにやる」ことが重視される。
この慣習は、内の広告制作現場で生まれたとされるが、後年になっての学生サークルやの小規模出版社が独自に再発明したことで、成立経緯がやや複雑になった。なお、実務上は「翌営業日に実施しなかった場合、冗談の成立が遡及して取り消される」という独特の規範がある[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
最初の記録は、神田にあった広告会社「東都企画研究所」の社内報に見られるとされる。営業部長のが、4月1日に「明日から社食の味噌汁が毎日豚汁になる」と発表し、翌日に本当に豚汁を導入してしまったことが始まりである[3]。
この出来事は当初、単なる思いつきであったが、社員の一部が「嘘をついた者が実施責任を負うなら、冗談はより品位を持つ」と主張し、以後、翌日履行型の冗談として定着した。研究者のは、これを「遅延した謝罪の美学」と呼んでいる。
普及と制度化[編集]
にはの印刷業組合が、誤植の釈明を兼ねて「裏エイプリルフール通信」を配布し、訂正文そのものを娯楽化した。これにより、裏エイプリルフールは単なる社内文化から、広報・編集・販促に応用される実務慣行へと変化した。
にはの学生団体が、学園祭の翌週に「来場者全員へ無料配布」と告知したうえで、実際には無料配布を行わず、代わりに半額引換券を配ったことで話題となった。あまりにも中途半端であるとして賛否が分かれたが、これが「裏」らしさの完成形とされることもある。
国際化[編集]
に入ると、SNSの普及によって裏エイプリルフールは国境を越えやすくなった。特にでは、地方新聞が4月1日の飛ばし記事を翌日に紙面訂正する文化と相性がよく、の広報業界で部分的に採用された。
一方で、やでは、4月1日のネタを4月2日に回収する行為が「自己修復型ジョーク」として紹介され、若年層を中心に小規模な流行を見せた。ただし、実際には翌日に誰も動かないことが多く、習俗としては半ば失敗した形で輸入されたとの指摘がある[4]。
実施方法[編集]
宣言型[編集]
最も一般的なのは宣言型であり、「明日、駅前に観覧車を立てる」「今月中に社内に温泉を掘る」など、実行可能性の低い案を4月1日に発表する。翌日にその一部でも着手すれば成功とみなされるため、実務担当者はしばしばで進捗表を作成する。
この方式では、発表時点での笑いと、翌日の現実との落差が重要である。なお、実行を急ぎすぎた結果、実際にの駅前広場に謎のベンチが設置され、撤去までに3週間を要した事例が有名である。
回収型[編集]
回収型は、4月1日に誤報や大げさな発表を行い、翌日に「訂正とお詫び」を兼ねて本編を出す方式である。特に編集部では、見出しを赤字で修正したうえで、本文にだけ妙に詳細な追加説明を入れる作法が発達した。
やのような実在メディア名が冗談に利用されることも多いが、実際には各社の名誉を守るため、社内では「半日遅れの事実確認」という表現が好まれる。ある年には、校閲者が誤って全ページに「裏」を挿入し、翌日の朝刊がほぼ注釈だけで構成されたという。
社会的影響[編集]
裏エイプリルフールは、冗談の責任を翌日に送るという点で、広告・出版・行政広報に独自の倫理をもたらしたとされる。関係者のあいだでは「当日よりも翌日の方が面白いなら、それはまだ完成していない」という格言がある。
また、の一部企業では、4月2日を「社内検証日」として扱い、前日の発表が実行不能だった場合は、替わりに菓子折りを配る慣行が生まれた。これにより、裏エイプリルフールは単なる冗談ではなく、失敗の責任を儀礼的に処理する装置として機能したのである。
一方で、消費者からは「本当に実行される前提で期待させるのは紛らわしい」との苦情も少なくなかった。とくにの宅配便キャンペーンでは、空飛ぶ荷物便の告知が翌日に実際のドローン配送計画へと改変され、説明不足としてに照会が入ったと伝えられている。
批判と論争[編集]
批判の中心は、裏エイプリルフールが「冗談の体裁を借りた業務先送り」になりやすい点にある。実務家の中には、これを「ユーモアの振りをした品質保証」とみなす者もおり、文学者のは「笑いの後ろで残業が働く」と評した[5]。
また、学校現場では、翌日に回収されるはずのネタが回収されず、児童が「先生は本当にロボットになった」と信じ込む事例があったとされる。これについては教育委員会が注意喚起を出したが、注意文の最後に「なお、本件は4月2日における仮定である」と書かれており、かえって混乱を招いた。
2020年代には、生成AIによる自動告知が普及したことで、裏エイプリルフールは「誰が責任を取るのか」が曖昧になった。これに対し、一部の編集者は「責任をAIに預けるのは裏の裏である」と主張しているが、法的にはまだ整理されていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 島田源三『翌日実施型ユーモアの経営学』東都出版, 1981年.
- ^ 南條弓子「遅延した謝罪の美学」『広報文化研究』第12巻第3号, 1992年, pp. 44-61.
- ^ 佐伯妙子「笑いの後ろで残業が働く」『比較民俗誌』Vol. 18, No. 2, 2004, pp. 101-119.
- ^ Kenji Hoshino, “The Day After the Hoax: Corporate Humor and Compliance in Japan,” Journal of Applied Folklore, Vol. 7, No. 1, 2006, pp. 15-39.
- ^ M. L. Cartwright, “Reverse Pranks and the Ethics of Deferred Disclosure,” The London Review of Cultural Practice, Vol. 21, No. 4, 2011, pp. 233-250.
- ^ 東都企画研究所編『社食改革と豚汁宣言』社内資料集, 1979年.
- ^ 小林いくお『訂正とお詫びの日本史』港北新書, 1998年.
- ^ 青木真理子「4月2日の都市伝説化」『メディアと余白』第9巻第1号, 2015年, pp. 77-93.
- ^ 『裏エイプリルフール年鑑 1980-2024』日本反転儀礼協会, 2024年.
- ^ Patrick J. Holden, “The Semi-Official Nature of Delayed Jokes,” Bulletin of Urban Customs, Vol. 3, No. 2, 1997, pp. 9-22.
外部リンク
- 日本反転儀礼協会
- 東都企画研究所アーカイブ
- 裏エイプリルフール年鑑データベース
- 都市ユーモア文化センター
- 訂正文収集室