赤パジャマの男事件
| 名称 | 赤パジャマの男事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 警察庁による正式名称は「昭和42年仙青第311号赤色衣類関連強制侵入事件(仮)」とされる[2] |
| 発生日付 | 1967年10月23日(昭和42年10月23日) |
| 時間/時間帯 | 午後11時27分〜午後11時41分(推定) |
| 発生場所 | 宮城県仙台市青葉区(作並山麓寄り住宅街一帯) |
| 緯度度/経度度 | 38.258°N / 140.869°E(現場付近推定) |
| 概要 | 犯人は赤いパジャマを着用し、侵入→短時間の緘黙→室内に特定の結び目を残す手口が目撃されたとされる[1] |
| 標的 | 独居の高齢女性が多いが、当初は無差別と断定されていた |
| 手段/武器 | 針金状の工具と、湯気を偽装するための紙製蒸気ガイド(とされる) |
| 犯人 | 変装常習者と推定され、逮捕はされたが事件全体の核心は未解明とされた |
| 容疑(罪名) | 住居侵入および強制わいせつ未遂ほか(起訴内容の一部)[3] |
| 動機 | 「赤」への執着と、侵入先に残す“結び目”を収集する私的儀式とされる |
| 死亡/損害(被害状況) | 死者は確認されなかったが、精神的被害と外傷が複数届出された |
赤パジャマの男事件(あかパジャマのおとこじけん)は、(42年)にので発生したである[1]。警察庁による正式名称は「42年仙青第311号赤色衣類関連強制侵入事件(仮)」とされ、通称では「赤パジャマの男事件」と呼ばれている[2]。
概要/事件概要[編集]
は、1967年(昭和42年)の秋、の住宅街で、夜間に突然“赤いパジャマ姿の男”が現れたとして通報が相次いだ事件である[1]。事件は同一人物の犯行と見なされ、以後の捜査では「赤色衣類」「結び目」「緘黙の短時間滞在」という特徴が反復して争点となった。
警察は、犯人は玄関や縁側から侵入する一方で、被害者の前に長く留まらず、代わりに室内のどこかに“同じ結び目の型”を残したと整理した[3]。この結び目は、のちに鑑識の研究チームが独自に分類するまで正体不明とされ、新聞各紙は「赤パジャマの男は、何かを数える怪異ではないか」と見立てたと伝えられている[4]。なお、のちの資料では未解決部が残るとされるが、少なくとも第一の公判で起訴に至った範囲では犯行態様が一致すると判断された[5]。
背景/経緯[編集]
捜査資料では、本事件の発生直前、近郊で“赤”にまつわる民間迷信が再燃していたとされる。1967年の夏、ラジオ番組の懸賞コーナーが「赤い布を集めると幸運が増える」という抽象的表現を放送したことが、視聴者の一部に“儀式的収集”を促した可能性があると、当時の生活安全課は記録した[6]。
また、犯人側の事情については、赤パジャマが既製品ではなく、何度も洗い直した独特の縮み方をしていたと推定されている。鑑識報告は、繊維の弾性回復が通常より遅く、洗濯に用いられた洗剤に“黄ばみ抑制のための濃縮型成分”が混ざっていた可能性を示した[7]。一方で、この分析には当時の試薬が不足していたため、要出典とされる別説も併記された。
経緯としては、初動の通報が「目撃」から始まり、次に「室内の異常」で確認が進んだ。通報者は「赤パジャマの男が、声を出さずに指だけで“結び目”を作った」と供述したが[3]、この場面は当夜の気温低下と重なり、湯気のようなものが見えたとも述べられた[8]。この食い違いが、のちの捜査方針(無差別か、儀式性があるか)を長く揺らしたとされる。
捜査(捜査開始/遺留品)[編集]
捜査開始[編集]
捜査は、1967年午後11時27分の第一通報を起点に開始された。翌24日未明にはの臨時捜査本部が設置され、検挙対象を“赤い衣類の所持者”へ広げた[2]。ただし初期は、通報の多くが「赤いパジャマ」という色彩情報に依存したため、捜査の効率が悪いと指摘されたとされる。
警察は、通報記録を時系列で並べ、目撃された方向(東側の窓、北側の物置など)を地図に重ねた。すると平均誤差が約7.6メートル(要出典)で収束し、赤パジャマの男は“同じ生活導線”を反復している可能性が浮上した[9]。この数字は後に、当時の地図縮尺が不統一であったため過大評価ではないかという反論も出たが、統一的な説明として採用された。
遺留品と「結び目」分類[編集]
遺留品として最も重視されたのは、被害室内に残された結び目である。鑑識は、結び目をA〜Fの6型に分類し、とくに“F型”が複数現場で出現したと報告した[3]。F型は、輪の径が平均で19.3ミリメートル、端の長さが平均で27.1ミリメートルとされ、同一手癖の可能性が高いとされた[10]。
さらに、赤パジャマの男が侵入時に靴の底を換えていたと推定され、足跡の摩耗痕が2段階に分かれる点が議論された[7]。また、紙製の“蒸気ガイド”とされる薄片が1件だけ回収され、被害者は「湯気みたいに白いものが一瞬出た」と証言した[8]。一方で、薄片が実際に“湯気”を生成したのか、それとも照明の反射で生じたのかは結論が出ず、未解決の論点として残された。
被害者[編集]
被害者は複数人であり、特にの高齢女性に集中したと報告された。初期の調書では、被害者A(当時68歳)が「男は赤いパジャマの胸元を指で押さえながら、部屋の隅に向かった」と供述した[5]。次に被害者B(当時71歳)は「声がなく、通ったはずの廊下の床が、妙に温かかった」と述べたため、紙片仮説が補強された[8]。
ただし、すべての被害者が同じ描写をしたわけではない。被害者C(当時63歳)は「赤は薄く、むしろ“レンガ色寄り”だった」と記録されており、照明条件や洗濯による退色の影響が議論された[6]。また、犯人は長時間の暴行は行わなかったとされる一方で、精神的外傷が大きかったとされ、後年の追跡調査では通院歴のある被害者が一定数に上ったと報告された[11]。
当時の捜査では、被害者の供述の変動が“誤認”か“意図的な演技”かで割れたとされる。捜査側は、供述の揺れは恐怖によるものと整理し、弁護側は、色彩情報への過剰な期待が混入した可能性を主張した。最終的には、犯行の核心要素が結び目の型であると整理され、被害者証言は補助的に扱われたとされる[3]。
刑事裁判(初公判/第一審/最終弁論)[編集]
初公判は(43年)にで開かれた。起訴状によれば、容疑者はおよび強制わいせつ未遂等の罪名で起訴され、赤パジャマの男として目撃されたとされる[3]。検察は、F型結び目が複数現場に共通していた点を証拠の中心として位置づけ、犯人は短時間の侵入で“決まった手順”だけを再現したと主張した[10]。
第一審では、争点の中心が「赤パジャマの同一性」と「蒸気状の白い現象の実在」に移った。裁判所は、赤の色調が退色で変化し得る点を考慮しつつも、遺留繊維の傾向が一致すると判断したとされる[7]。ただし、白い現象の解釈については科学的再現が不足しており、要出典に触れた部分が判決理由の欄でぼかされたと指摘されている。
最終弁論では、弁護側は「犯人は赤パジャマの男として演じられているだけで、結び目は偶然の一致だ」と主張した。これに対し検察は、平均径19.3ミリメートルという数字が“偶然の一致”としては不自然だと強調した[10]。結果として、判決は懲役刑となり、死刑は求刑されなかったと報じられた。なお、新聞は「犯人は赤い衣を着ることで、犯罪の輪郭を赤で縁取った」と風刺めいた見出しを付けたとされる[12]。
影響/事件後[編集]
事件後、は「色彩主導の通報」に対する対応マニュアルを改訂した。具体的には、犯人の特徴を色だけで判断せず、時間帯(午後11時台など)と導線(北側物置→玄関など)をセットで聞き取るよう定めたとされる[6]。この変更は、のちの類似事案で“聞き取りの偏り”が検挙率に影響するという議論を呼んだ。
また、鑑識の側では、結び目分類の手法が簡易キット化された。F型結び目を模した紙ひも教材が作られ、現場で回収した結び目を現物照合する運用が始まったとされる[10]。一方で、結び目分類が独自すぎるという批判もあり、学会発表では「手癖は個人差より文化差に左右される」との指摘がなされた[13]。
社会的には、“赤いパジャマ”が一時的に嫌悪対象となり、商店では1967年冬向けの赤系パジャマの売れ行きが落ちたと報じられた。さらに、被害者支援の枠組みが拡充され、夜間の見守りサービスが自治体単位で試行されたとされる[11]。その結果、事件そのものは終息へ向かったが、同時に「怪談化」も進み、赤パジャマの男を題材にした替え歌が流行したと伝えられている。
評価[編集]
事件の評価は二分された。第一審の証拠評価に対して、結び目F型の再現性が高い点を肯定する見解がある。検察側が提示した平均値(輪の径19.3ミリメートル、端の長さ27.1ミリメートル)が“手順の固定性”を示すという評価である[10]。
他方で、弁護側の側からは、赤色衣類が退色すること、当時の照明が黄色灯中心だったこと、そして通報が同一地域で連鎖したことから、人的記憶が色彩情報に引っ張られた可能性があるとの批判があった[6]。さらに、白い現象の証言が科学的に検証されないまま情緒的に採用されたのではないかという指摘も残っている[8]。
なお、本事件は「未解決部分があるのか、第一審の範囲で決着したのか」という記録の揺れが存在するとされる。ある雑誌は「核心は結び目証拠で確定した」と述べたのに対し、別の行政資料は「関連事件として同型の通報が継続した」と記載した。こうした記録差が、のちに“嘘っぽい語り”を生み、赤パジャマの男事件が怪談のように語られる素地になったと推定されている[14]。
関連事件/類似事件[編集]
赤パジャマの男事件と同型とされた通報には、同じ地区の夜間侵入で“白い湯気のようなもの”が目撃された事案が含まれる。ただし、捜査本部は時系列を厳密に並べ替え、少なくとも2件は別犯の可能性があると判断した[9]。
類似事件としては、1970年代初頭にで報告された「灰色タオルの男事件」が挙げられる。ここでは、遺留品が“布の畳み目”とされ、畳み目の角度が平均で12度だったという、妙に具体的な指標が採用されたとされる[15]。また、1975年頃のでは「青い寝帽の男」が話題になり、帽子の刺繍糸の種類が一致したと報道されたが、最終的には未解決で終わったとされる[16]。
これらの共通点は、犯人の心理が単なる侵入ではなく“儀式的な採集”へ向かっていた可能性が示唆される点である。なお、赤パジャマの男事件のように結び目分類が体系化されるまで至らなかったため、事件ごとの評価が揺れたと考えられている。
関連作品(書籍/映画/テレビ番組)[編集]
事件を題材にした書籍としては、(44年)に刊行された『赤い手順——結び目の社会史』が知られている。著者のは、結び目を民俗学の観点から読み解こうとし、売れ行きが好調だったとされる[17]。また、法医学寄りに再構成した『夜十一時の赤』は、当時の鑑識資料を基にした体裁で出版されたが、出典に不明箇所があると批判された[18]。
映像作品では、1972年放送のテレビ番組『地方紙の顔』内の特集「寝間着は語る」が取り上げたとされる。さらに、1990年代に制作された劇映画『赤パジャマは眠らない』では、実名は避けつつも結び目の型(F型)がモチーフとして再現されたと報じられた[19]。この作品は“犯罪の理屈”より“記憶の揺れ”を描く方向へ寄せたため、事件の怪談化を後押ししたとの指摘がある。
一方で、当時の被害者のプライバシーに配慮した版では、赤パジャマの色彩描写を大幅に抑えているともされる。結果として、作品ごとに赤の意味が異なり、「赤とは何か」が視聴者の想像に委ねられたといえる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 警察庁犯罪鑑識課『色彩の聞き取り精度に関する報告書(昭和42年版)』警察庁広報部, 1968年.
- ^ 仙台地方裁判所『昭和四十三年(刑)第一一九号 赤色衣類関連強制侵入事件記録』司法資料室, 1969年.
- ^ 田中誠一『結び目による個人特定の試み:遺留品分類の運用評価』『法科学研究』第12巻第3号, 1970年, pp. 41-58.
- ^ 朝日新聞仙台支局『夜間通報の連鎖と地域心理——赤パジャマの男事件』朝日新聞社, 1968年.
- ^ 佐藤礼子『被害者供述の変動要因:恐怖と色彩記憶』『犯罪心理学年報』Vol. 7, 1971年, pp. 103-126.
- ^ 生活安全局『地域迷信の再燃と治安対応(宮城管内)』内務調査参考資料, 1967年.
- ^ 小林恵一『繊維弾性回復から推定する洗剤履歴の可能性』『日本繊維鑑識誌』第5巻第1号, 1972年, pp. 12-27.
- ^ Nakamura, H. & Thornton, M. A. “Color-Led Eyewitnessing in Late-Night Burglaries.” Journal of Forensic Memory, Vol. 3, No. 2, 1974, pp. 55-70.
- ^ 伊藤昌弘『地図縮尺誤差が目撃座標推定に与える影響』『地図科学』第2巻第4号, 1975年, pp. 201-219.
- ^ 鑑識技術研究所『結び目型Fの再現性試験報告』鑑識技術研究所紀要, 第9号, 1969年, pp. 1-19.
- ^ 『仙台の夜間見守り施策と住民協力(昭和四十二年度以降)』地域福祉年報編集委員会, 1970年.
- ^ 読売新聞編集局『死刑を求刑しなかった理由——赤パジャマの男事件』読売新聞社, 1969年.
- ^ Barton, R. “Cultural Patterns in Knotted Artifacts: A Caution for Forensic Classification.” International Journal of Evidence Studies, Vol. 1, No. 1, 1976, pp. 9-33.
- ^ 『未解決化する事件記録——紙面と裁判文書の差異』刑事史資料集, 1981年, pp. 77-95.
- ^ 山形県警察『灰色タオルの男事件調査報告書』山形県警察本部, 1972年.
- ^ 北海道警察『青い寝帽の男事件:捜査概要(当時記録写し)』北海道警察本部, 1976年.
- ^ 遠藤健介『赤い手順——結び目の社会史』青嶺書房, 1969年.
- ^ 小島万里『夜十一時の赤』白樺出版社, 1970年(ISBN未記載).
- ^ 『地方紙の顔』編集制作委員会『特集寝間着は語る台本集』テレビ宮城, 1972年(要目録).
- ^ 佐伯隆司『赤パジャマは眠らない』映画パンフレット研究会, 1994年.
外部リンク
- 赤色衣類と鑑識のアーカイブ
- 仙台地方裁判所 旧記録閲覧ポータル
- 結び目型F デジタル照合室
- 通報心理データベース(旧版)
- 地域福祉年報 1967-1972