軍艦島マンション
| 名称 | 軍艦島マンション |
|---|---|
| 種類 | 増築型集合住宅(通称) |
| 所在地 | 高知県四万十市新波町(しんはまちょう) |
| 設立 | 1963年(第1期増築) |
| 高さ | 約18.7 m(建物群の最高点) |
| 構造 | 木造・鉄筋混在(増築ごとに仕様が変化) |
| 設計者 | 独学の増築者 黒羽(くろはね)順一郎 |
軍艦島マンション(ぐんかんじまマンション、英: Gunkan-jima Mansion)は、にある独特な増築様式のである[1]。現在では、探偵番組『探偵ナイトスクープ』の調査回でも取り上げられ、原型の特定が困難な建築として知られている[1]。
概要[編集]
軍艦島マンションは、の海沿い丘陵に所在する集合住宅である。外観は、角張った窓割りと、階層ごとに異なる屋根形状が折り重なったように見えることから、通称として「軍艦島」の呼称が定着したとされる[1]。
この建物の特徴は、所有者が独学で増築を繰り返し、建築図面や工程記録が断片化している点にある。現在では、どの部位が最初期の「原型」なのかを現地調査だけで断定しにくい建造物として、テレビ番組向けの調査テーマでも取り上げられている[2]。
名称[編集]
「軍艦島マンション」という名称は、正式名称ではなく、周辺住民および調査班によって用いられる通称である。呼称の由来は、異様な密度感と、増築に伴う外壁の積層(しゃくそう)状の見え方にあると説明されることが多い[3]。
なお、建物内部には「号室」ではなく「航海番号」と記された札が存在する箇所があるとされ、近隣の商店街では「ここはマンションではなく分隊の宿舎みたい」といった言い方が流通した時期もあったとされる[4]。
『探偵ナイトスクープ』側の記録では、調査員が現地で名刺を配ろうとしたところ、増築者が「名刺は甲板に置け。階段は航路だ」と書き置きだけを返したという逸話が残っている[5]。このエピソードは、番組の編集により比喩として扱われつつも、名称が広まる補助線になったと指摘されている。
沿革/歴史[編集]
第1期:独学増築の開始[編集]
軍艦島マンションの起点は、に実施された第1期増築とされる。増築者の黒羽順一郎(くろはね じゅんいちろう)は、当初から「賃貸を増やす」というより「倉庫のつもりで作った部屋が増えた」と説明していたと伝えられている[2]。
当時の工事は、地元の木材を利用し、床束(ゆかたば)の本数を「畳の目数で数える」方式で行われたとする証言がある。たとえば、ある棟では床束が「64本」と記録され、検査担当者が数字の根拠を尋ねたところ「六十四は運がいいから」と答えたとされる[6]。この種の“理屈のない合理”が、後の増築にも持ち越されたとされる。
第2期以降:仕様の段階的崩壊[編集]
第2期以降は、増築のたびに材料が変わり、結果として建物の構造が「時代の博物館」のように層を成していったと解釈されている。たとえば、ある階では梁(はり)が鉄筋コンクリート系に置き換えられ、別の階では木製のまま残っているとされる[3]。
この変化は、購入した資材の在庫や、雨季の到来時期、さらに増築者の気分に左右されたとする指摘がある。『探偵ナイトスクープ』のロケ当時の調査では、外壁の塗料層が合計で「9層」確認されたという。加えて、ある窓枠だけ塗膜が「2.3 mm」厚い理由については、増築者が「冬の風が読めなかった」と語ったとされる[7]。
もっとも、これらは調査員の推定も含むとされ、別の関係者は「実際はもっと層があるが、剥がしたものが多い」と述べている[8]。この不確かさが、原型の特定困難さに拍車をかけたと考えられている。
探偵ナイトスクープによる再発見[編集]
この建物が“探偵ナイトスクープのネタ”として再注目されたのは、ロケの前年に発生した小規模な壁面崩れがきっかけとされる。番組側は、崩れた部分を起点に、建築当初の図面が残っていないかを追跡する企画を立てた[5]。
しかし現場では、押し入れの奥に「配管図」ではなく「潮位表」と思しき紙片が挟まっていたという。さらに、紙片には配管の代わりに『方位盤の癖:北を見たら東に曲がる』といった走り書きがあり、調査チームは解読に苦慮したとされる[9]。
一方で増築者は「工事は計画ではなく会話だ」と発言していたと記録されており、建築というより“生活の反復”として機能していた可能性が指摘された[2]。この点は、番組の最後で“謎は謎のまま残る”という演出にもつながったとされる。
施設[編集]
軍艦島マンションは、複数の棟が段階的に接続した集合住宅として利用されてきた。外観上は階数が一見で判断しづらく、廊下と思われた部分が途中から階段に置き換わるなど、動線が連続しない箇所があるとされる[1]。
建物の内部は、増築時期に応じて仕様が変化した結果、ドアノブの規格や窓ガラスの厚みが揃っていないという。実測では、ある窓に使用されたガラス厚が「6.2 mm」とされ、隣室では「4.8 mm」だったとの報告がある[7]。
また、住民の生活導線には独特の目印が残る。たとえば、天井梁の番号が「甲板」「救命」「索具」といった語で書かれており、配線の取り回しに由来すると推定されている[4]。ただし、これらの記号が正式な設計意図によるものか、後から住民が付け足したものかは確定していないとされる[8]。
交通アクセス[編集]
軍艦島マンションは、海岸線から徒歩圏にあり、公共交通のみでのアクセスはやや難しいと説明されることが多い。最寄りとされるのはの「新波(しんはま)停留所」で、建物までは約1.4 kmとされる[10]。
一方で、実際の移動は坂道と細い路地が続くため、調査時には自動車または徒歩補助が推奨される場合がある。番組の現地到着記録では、ロケ当日の下見から本番までの間に「雨で土が滑りやすくなった」とされ、徒歩ルートの所要時間が「21分→28分」に延びたと記されている[5]。
なお、運営側は来訪者向けに簡易な案内板を設置しているとされるが、増築の影響で看板の設置位置が年々変わっているとも指摘されている。
文化財[編集]
軍艦島マンションは、文化財としての指定を受けたわけではないが、独特な増築様式が「民間建築の記録」として研究対象になっている。たとえば、高知県の建築史研究会では、増築の層構造を資料化する試みが行われているとされる[3]。
また、現地では一部の住居区画に、古い材料の断片(木片・釘・塗膜)を“標本”として保管する慣行があると伝えられる。これは保存目的というより、増築者が「未来の自分のために残した」と語ったとされるが、証言の裏取りは限定的である[9]。
このように、文化財指定とは別の形で「価値の生成」が起きた事例として論じられており、行政の見解が一致していない点が、かえって議論を呼んでいる。なお、関係者の間では「もし指定されるなら“時代の迷路建築”が相応しい」との冗談も語られている[11]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 河野朔真『高知・記録されない建築たち』土佐文庫, 2018.
- ^ 新居田(あらいだ)玲奈『民間増築の工学的読解:層の厚みは何を語るか』建築採録社, 2021.
- ^ 松葉町自治会 編『新波町の生活史(増築年表を含む)』新波町自治会, 2016.
- ^ 黒羽順一郎『航海番号の部屋:自筆メモの転記』四万十市私家版, 1972.
- ^ S. Hattori『Stacked Additions in Informal Housing: A Case Study from Shikoku』Journal of Vernacular Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 55-73, 2020.
- ^ A. Kurose『The Aesthetics of Unfinished Motifs in Japanese Residential Additions』International Review of Housing Culture, Vol. 9, pp. 101-129, 2019.
- ^ 『探偵ナイトスクープ調査報告書:高知県・軍艦島マンション』テレビ取材記録編集室, 2022.
- ^ 土佐建築士会『増築建物の現地鑑定ガイド(第3版)』土佐建築士会出版部, 第3版, 2017.
- ^ 中村藍子『テレビ企画と建築の“誤解可能性”:視聴者が笑う構造』放送史研究会, 2023.
- ^ E. Tanabe『Glitch Houses and Memory Layers』pp. 233-250, Frontier Press, 2021.
外部リンク
- 新波町まち歩きノート
- 高知民間建築データベース(仮)
- 四万十市ロケーションアーカイブ
- 建築採録社 研究者向け資料
- 航海番号シール図鑑