違法風俗店「おっぱい天国」
| 名称 | 違法風俗店「おっぱい天国」 |
|---|---|
| 種類 | 地下娯楽施設(風俗営業に類する形態) |
| 所在地 | 霧ヶ丘町二丁目一番地(旧電灯局敷地内) |
| 設立 | 元年(1989年) |
| 高さ | 地上部 6.7m/地下延長 28.4m相当 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造+防音二重扉、換気塔付 |
| 設計者 | 霧ヶ丘市都市開発局 技術嘱託 稲森三十朗 |
違法風俗店「おっぱい天国」(いほうふうぞくてん おっぱいてんごく、英: Illegal Pleasure Establishment “O-pai Tengoku”)は、にあるである[1]。現在では、当局の摘発記録と“建物だけが残る”都市伝説として語られている[1]。
概要[編集]
違法風俗店「おっぱい天国」は、に所在する地下娯楽施設として知られている[1]。施設名は、入場者募集用の看板が夜間にだけ浮かび上がる仕掛けを備えていたことに由来するとされる[2]。
現在では、「建物の意匠が極めて凝っていたのに、運用実態は規制当局の基準から逸脱していた」とする趣旨で、都市史・地域建築の“裏面資料”として参照されることがある[3]。その一方で、当局の報告書には“営業実態”よりも“騒音対策と換気”の記述が細かく残されている点が、後年の逸話を増幅させている[4]。
名称[編集]
施設名「おっぱい天国」は、運営側が広告文面の表現をめぐって法的グレーゾーンを往復した結果、最終的に“品位語”として選ばれたとされる[5]。霧ヶ丘市の旧記録によれば、看板の文字幅が通常の屋外広告指針よりも 11%細く設計され、「視認性を下げて通報を遅らせる」意図があった可能性が指摘されている[6]。
なお、正式な登記上の名称は別であったとする説もある。例えば、当局の押収資料では仮称として「電灯局跡サテライト区画」が用いられており、この名称が地域の古老の間で“施設の影の名前”として語り継がれたとされる[7]。さらに、施設内部の導線表示には「T・A(Tengoku Annex)」というラベルが付されていたと報告されている[8]。
沿革/歴史[編集]
前史:旧電灯局敷地の転用[編集]
施設は元年(1989年)に設立されたとされるが、その実態はもっと早い段階から始まっていたと推定されている[9]。旧電灯局(霧ヶ丘町二丁目一番地)は、戦後の電力増強計画で一度増築され、その際に地下配線トンネルが延長された[10]。
その空間を活かし、「雨天でも換気が止まらない」という技術的価値が運営側に見出されたことが転用の契機になったとされる。霧ヶ丘市都市開発局の技術資料では、当時のトンネルの有効断面が 3.2m×2.1mで、設計許容圧力が 0.74kPaと記載されている[11]。この数値が、後に“密閉性を売りにする”改造計画に採用されたとする見方がある[11]。
転機:夜間広告と通報遅延の工学[編集]
1990年代前半には、施設名の夜間視認性を調整する改修が行われたとされる。改修では、ルミネセンス板の反射率を 18%刻みで段階調整し、満月時にだけ文字が浮かぶ設定になったと報告されている[12]。
この“演出”は、一部では地域の観光資源として語られかけたが、他方で「住民の生活リズムを撹乱する」原因にもなったとされる[13]。霧ヶ丘市の苦情統計(非公開資料)では、通報が集中したのが 23時〜0時台で、月間 46件(1993年時点)とされる[14]。もっとも、後の検証では“照明の波長”が原因ではなく、救急無線の誤登録がきっかけだった可能性も指摘されている[14]。
摘発:建物は残ったが、運用は止まった[編集]
12年(2000年)頃、警察・衛生担当合同の立入調査が入り、施設は“違法営業の疑い”として摘発されたとされる[15]。ただし、当局の報告書では「営業の有無」よりも「二重扉の遮音性能」と「排気ダクトの温度上昇」が詳細に記載されており、工学的側面が強調された[15]。
その結果、施設は閉鎖後に部分的に封鎖され、入口部分のモザイク壁や換気塔の意匠だけが残存した。現在では、これらの要素が“建築の記憶”として語られ、地元の写真愛好家が「写り込むと不吉」として避ける傾向もあるとされる[16]。
施設[編集]
違法風俗店「おっぱい天国」は、入口から地下へ降りる導線が特徴である。入口付近には“天国”を連想させるステンドグラス風の欄間があり、検証では昼間の拡散率が 62%で、暗所でのコントラストは 1.7倍に調整されていたとする記録がある[17]。
施設内部は複数区画に分けられ、うち音響区画は「静寂室(Silent Room)」と命名されていたとされる[18]。この区画では、床材の吸音係数が 0.42で、壁の空隙層が 25mmずつ規則的に設計されていたと推定されている[18]。換気は“温度追従型”とされ、排気ダクトの熱容量を増やすため、銅系の薄板ライナーが使われたと報告されている[19]。
また、案内サインは過度に抽象的で、色は基準色より 3段階だけ彩度が落とされていたとされる[20]。一方で運営資料には「夜間に“気づかれにくい誘導”を目的とする」との趣旨が見られたとされ、建物の意匠と運用が同時に“言い訳可能な設計”を志向していた可能性がある[20]。
交通アクセス[編集]
中心部からは、旧電灯局敷地へ向かう徒歩導線が整備されていたとされる。施設最寄りの停留所として、当時は「霧ヶ丘南三番(廃止)」が案内されていたが、現在は運行が終了している[21]。
最寄りの鉄道駅は内の架空の要衝として扱われる「霧ヶ丘環状駅」(現存施設の再編により別名になったとする説がある)とされ、駅から施設入口まで約 1.8km、徒歩 21分とされていた[22]。なお、地下への誘導が“音を立てない”構造のため、夜間は「改札の混雑回避のため 19時台に時刻をずらす」などの非公式な指示が出ていたとする証言もある[23]。
当該証言は信頼性が揺れるものの、運用当時に配布されたとされる簡易地図では、交差点を 4つ曲がるよう示され、そのうち 2つは“看板が剥がれている側”を基準に描かれていたと記載されている[24]。
文化財[編集]
違法風俗店「おっぱい天国」は、建物としての評価が先行した例として知られる。現在では、入口モザイク壁と換気塔の一部が、霧ヶ丘市の“景観保全試行区画”に含まれるとされる[25]。
一部の資料では、が独自に定めた「準文化財(景観部門)」として登録された可能性があるとされている。もっとも、登録の根拠となる決裁文書は所在が不明で、都市伝説としての色が残っている[26]。それでも、写真撮影者の間では“モザイク壁の欠け”が 3箇所あることで個体識別が可能だとされ、欠けの位置は上から 0.9m・1.6m・2.3mの高さにあると記録されている[27]。
このように、違法性そのものは消えていないにもかかわらず、建築的ディテールだけが残存し、観光的な語りとして再編集されている点が特徴である[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 稲森三十朗「霧ヶ丘町二丁目地下導線の遮音計画」『霧ヶ丘都市技報』第12巻第2号, 1998年, pp. 41-63.
- ^ 青梅県警察本部捜査第二課「風俗関連施設の立入手続記録(霧ヶ丘市分)」『行政警務月報』Vol. 38, 2000年, pp. 5-27.
- ^ 霧ヶ丘市都市開発局「旧電灯局トンネル改造に関する技術要件」『建築インフラ年報』第9号, 1988年, pp. 112-129.
- ^ Margaret A. Thornton「Acoustic Partitioning in Informal Underground Venues」『Journal of Unlikely Acoustics』Vol. 14 No. 3, 2001年, pp. 201-219.
- ^ 関口冴子「夜間視認性の広告設計と住民苦情の相関」『地域行動科学紀要』第23巻第1号, 1996年, pp. 77-90.
- ^ 佐伯眞琴「準文化財制度の運用実態(景観部門)」『地方自治研究』第51巻第4号, 2003年, pp. 33-58.
- ^ Klaus E. Rüdiger「Ventilation with Thermal Buffer Liners: A Case Study」『Proceedings of the Shadow HVAC Society』Vol. 7, 1999年, pp. 98-121.
- ^ 霧ヶ丘市教育文化課「写真映えする残存意匠の調査報告(非公開扱い要約)」『霧ヶ丘年誌(抜粋)』第3巻第1号, 2008年, pp. 12-19.
- ^ 寺田栄次「モザイク壁の修復と欠けパターン分類」『保存建築研究』第16巻第2号, 2012年, pp. 9-24.
- ^ 『交通案内図集(霧ヶ丘環状編)』霧ヶ丘交通出版社, 1997年, pp. 54-56.
外部リンク
- 霧ヶ丘残存意匠アーカイブ
- 青梅県都市伝説データベース
- 地下導線工学メモ
- 夜間広告規制の研究メモ
- 準文化財(景観部門)一覧