酒匂いろは
| 分類 | 味覚記憶の段階化・色名体系 |
|---|---|
| 起源とされる地域 | (主に周辺) |
| 成立時期(諸説) | 明治末期〜大正初期 |
| 用いられる場面 | 酒・発酵食品の鑑定メモ、食育教材 |
| 関連する研究領域 | 認知言語学、官能評価、記憶心理 |
| 代表的な単位 | 「段」「色偏」「香調の係数」 |
| 運用団体(記録) | (任意団体として扱われることが多い) |
| 論争点 | 標準化の妥当性、学術的再現性 |
酒匂いろは(さかわ いろは)は、の民俗造語を出自とするとされる、味覚の記憶を段階化するための「色名体系」である[1]。現在では周辺の食文化研究で言及されることが多いが、近年は教育現場への流用も試みられている[2]。
概要[編集]
は、酒や発酵食品を口に含んだ際の「記憶の立ち上がり」を、色名と段階(レベル)として記すための体系であるとされる[1]。その中心概念は、味覚の評価を「味の強弱」ではなく「想起される順序」と「想起の映り方(視覚的な比喩)」で表す点に置かれている。
体系を用いる実務では、飲用者はまずが配布したとされる簡易カードで自己の香調癖(好き嫌いの傾向)を選択し、その後に実測値(温度・量・時間)を短く添える運用が推奨される。もっとも、添付される数値は厳密な物理計測というより、会の手順書が定めた「記憶の遅延」を合わせるための儀式的な指標であると指摘されている[3]。
仕組み[編集]
体系は一般に「段(だん)」と「色偏(しきへん)」で構成され、さらに各段に「香調の係数(こうちょうのけいすう)」が割り当てられるとされる[4]。たとえば初期の段階では、口腔内の立ち上がりを「薄紫の息遣い」などの比喩に置換して記し、後続の段では甘味・酸味・旨味の寄り方を「帯として見える方向」で表現する。
色偏は単なる比喩ではなく、観察者が「思い出す映像の角度」を基準化する仕組みとして説明されることが多い。会の内部資料では、舌先から奥への刺激伝播を「視野の四分割(90度×90度)」に擬した記述があり、読者が一瞬だけ納得してしまうように設計されていると評される[5]。
一方で、このような運用は学術的には主観の形式化に過ぎないという批判もあり、後述の通り、標準被験者群における再現性の低さが問題視された経緯がある。とはいえ現場では、酒蔵の作業日報にまで“いろは語彙”が混入し、検品の言語が変容したという報告も存在する[6]。
歴史[編集]
誕生の物語(小田原の蔵元メモ)[編集]
起源として最も広く語られているのは、の蔵元である「秋瀬屋醸造」が残したとされる試飲メモである[7]。同メモは、明治41年(1891年)の冬季に「酒が喉を通る角度」を記すため、職人が“いろは”を色札として貼り付けたことに由来すると説明される。
ただし伝承では、色札の原案は蔵ではなく、近くの沿いで紙芝居をしていた口演者が持ち込んだ「五色の唄」が元になったとされる[8]。記録上は、色札は全部で36枚で、うち「決め手」札が7枚、控え札が29枚という妙に具体的な枚数が挙げられることが多い。この比率が後に“段”の配列に転用されたとされるが、当時の紙芝居の台本が一切見つかっていない点はしばしば要注意として扱われる。
このため、成立を「蔵の実務」か「口演の語り」かのどちらに寄せるかで解釈が分かれ、研究者の間でも“物語の主語”が違うという笑いどころになっている。
保存会と教育現場への拡張[編集]
昭和40年代に、地域の婦人団体と酒蔵の若手が連携してを名乗る活動が始まったとされる[9]。会は最初、鑑評会のための「聞き書きカード」を作成し、参加者に配布したが、その運用は「カードに書かれた色名を、翌日になると必ず違う気分で読む」ことを目的としていたとされる。
この手順が“記憶の揺らぎを利用する”教育として採用され、平成期には内の一部の学校で、家庭科の授業に「香調の係数」を取り入れた単元が組まれた。文科省系の資料ではなく、地域のPTA連絡網が発端で広まったとされる点が、かえって実在のように語られる一方、一次資料が少ないとも指摘されている[10]。
また、会が独自に策定した“推奨計測条件”として、温度は22±1℃、飲用量は口当たりの「平均0.8秒遅延」に合わせるために14 mLとされることが多い。ここで0.8秒遅延は、睡眠時の記憶固定に関する民間説から採られたとも、単に会員が失敗した回数を割り算しただけとも説明される[11]。
社会的影響[編集]
の影響として特に語られるのは、官能評価の言語が「味の説明」から「想起の説明」へ移っていった点である。酒蔵の現場では、検品係が“酸の強さ”ではなく“色偏の立ち上がりが何段目で来るか”を報告するようになり、報告書の表現が定型化したとされる[12]。
一方で、地域外からの見学者は「色で語る」こと自体に慣れない場合が多く、初回説明で混乱が起きることもあった。保存会はその対策として、説明用の大型カラーボード(縦120 cm、横80 cm)を作成したとされるが、設置場所が中心部の路地で、通行人の目に入るまで時間がかかるという些細な事情が、むしろ“記憶の遅延”として機能したという逸話が残っている[13]。
さらに、観光分野でも用いられた。酒蔵ツアーでは、参加者が最後に“自分の段”を宣言するセレモニーが組まれ、SNSでは「わたしは三段目薄紫」などの投稿が増えたとされる。ただし、段の割り当てが個人差をどの程度吸収できるかは議論があり、後述の論争へつながっている。
批判と論争[編集]
批判として最も多いのは、再現性の問題である。ある小規模な共同研究では、同一人物に同一銘柄を与え、記述を翌日と1週間後に比較したところ、「段が1つ以上ずれる」割合が31%(n=29)だったと報告された[14]。この結果は、記憶を扱う体系ゆえに“仕様”と言い返す保存会側と、「仕様ならば教育には使えない」とする側で対立を生んだ。
また、標準化をめぐる論争もある。保存会の手順書は、各段に対応する色のRGB値(たとえば“薄紫”をR=152, G=122, B=201)を記しているとされるが、印刷物の色が光源や紙質で変わるため、機器依存になっているという批判が出た[15]。一方で保存会は「光源は記憶の条件であり、変動は自然である」と応じたとも伝えられる。
要出典にされがちな点として、起源を示す「秋瀬屋醸造の明治41年メモ」が実在確認されていないことが挙げられる。ただし、編集現場では「要確認でも読める文章」を好む編集者が一定数いるため、記事作成ではこの曖昧さが“信憑性っぽさ”として残される場合があるとされる[16]。このように、学術と民俗の境界がぐらついたまま拡散した体系として整理されることも多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田精一郎『酒匂いろは記述法と記憶遅延』酒匂出版, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton『Synesthetic Memory Markers in Tasting Logs』Cambridge Academic Press, 2016.
- ^ 鈴木真琴『発酵食品の言語化—色偏と段の運用』神奈川教育研究所, 2008.
- ^ 中村玲音『地域民俗の再解釈と学校導入の実務』第12回食品文化教育学会講演要旨集, 2019.
- ^ 秋瀬屋文書編纂室『秋瀬屋醸造保存綴(逸話篇)』小田原郷土資料館, 1977.
- ^ 藤堂一馬『官能評価の定型化に関する比較研究』Vol.3第2号, 味覚工学研究誌, 2021.
- ^ Ryo H. Sato, “RGB Color Calibration for Sensory Metaphors,” Journal of Applied Food Cognition, Vol.18 No.4, pp.211-233, 2018.
- ^ 酒匂いろは保存会『手順書:香調の係数と測定条件』非売品, 2005.
- ^ 江戸川ユリ『記憶の立ち上がりを読む—教育翻案の功罪』東京大学出版会, 2014.
- ^ ※書名が一致しないとされる文献として:『酒匂いろはと酒匂姫—二重の起源』小田原学術叢書, 第7巻第1号, pp.5-19, 1966.
外部リンク
- 酒匂いろは保存会 公式資料庫
- 神奈川味覚教育アーカイブ
- 小田原郷土資料館 デジタルコレクション
- 官能評価言語研究フォーラム
- 発酵観光ガイド(酒匂いろは特集)