野々村竜太郎(議員)
| 名前 | 野々村竜太郎 |
|---|---|
| 本名 | 野々村竜太郎(同名義で活動) |
| ニックネーム | ノノ議(ののぎ) |
| 生年月日 | 1979年10月21日 |
| 没年月日 | — |
| 出身地 | |
| 血液型 | A型(本人談) |
| 身長 | 173 cm |
| 方言 | 江戸東寄りの影響(埼玉訛りと称される) |
| 事務所 | 北辰テレビタレント学院(所属) |
野々村竜太郎(ののみら りゅうたろう、[[1979年]]〈[[昭和]]54年〉[[10月21日]] - )は、[[日本]]の[[お笑い芸人]]、[[司会者]]。議員名を名乗るスタイルで知られるが、当人の実態は完全にお笑いの現場発であり、[[大宮区]]を拠点に全国へ波及したとされる[1]。
概要[編集]
野々村竜太郎(議員)は、政治家の名を冠した芸名で活動する[[ピン芸人]]である。舞台では「質問」「答弁」「再質問」を笑いへ転換する作法が特徴とされ、笑いの速度は「一般質問の準備時間の3分の1」で測られると自称する[2]。
その一方で、当人の芸の起源は「議会劇場化」と呼ばれる路上芸の系譜にあるとされる。実際の“議員”という肩書は芸名の要素に過ぎないとされるが、観客はしばしば真偽を見誤り、投票行動に似た身振りで拍手を送るようになったという指摘がある[3]。
来歴/略歴[編集]
野々村は[[埼玉県]]の商店街で育ち、子どもの頃から掲示板の「要望」欄を読み漁っていたとされる。高校2年のとき、文化祭で“模擬答弁”を延々とやり、最終的に司会台のマイクが過熱して落ちたという逸話がある[4]。本人はこれを「笑いの電圧が上がりすぎた事故」と表現している。
[[1998年]]、彼は演芸養成のために東京へ向かい、当初は周辺の路上寄席に通ったとされる。ただし当時の彼は名乗りが立たず、通行人から「竜太郎、質問!質問!」と呼ばれるようになり、その“反射”を芸風へ落とし込んだとされる。のちに[[北辰テレビタレント学院]]へ入り、授業課題として政治用語のテンポを音節で刻む練習を課されたという[5]。
[[2003年]]には、彼の芸名「野々村竜太郎(議員)」が“誤読を誘う装置”として完成したとされる。初期は(議員)を小さく書いたが、あるテレビ収録で文字が潰れて「議員」に見えた瞬間から、観客の反応が統計的に跳ね上がったという。制作スタッフによれば、拍手の開始から最大音量到達までの時間が平均で[[1.7秒]]短縮したと記録されている[6]。
人物[編集]
野々村は「間は削るほど深くなる」と繰り返し述べるタイプである。特に「沈黙」を“返答待ち”として扱うため、舞台上の沈黙が長いほど、観客が自分に役割を割り当ててくるようになるとされる。なお本人は、観客の想像力を「議事録の空白行」で刺激する技術だと説明したとされる[7]。
また、彼は数字をやけに細かく使う癖がある。たとえば単独ライブの準備では、台本に書く“読み間違い”を毎回[[27か所]]作り、そこだけ観客の笑いの波形が上がるよう調整しているとする。この設定がファンの間で共有され、ライブ後に「今日は[[9番]]の誤読が当たった」などと会話されることがある[8]。
倫理面では「政治を笑うのではなく、政治っぽさを翻訳する」と語られることが多い。ただし、彼の“翻訳”はしばしば過激に倒れ、地方紙の風刺欄を連想させる構成が評価される一方、軽視と受け取る層も出たと報じられている[9]。
芸風/作風[編集]
野々村の芸風は、[[漫才]]ではなく「一人で議場を回す」形式として確立している。基本は独白調の[[ボケ]]から始まり、次に“事務手続き”のような言い回しで整えることで、笑いの主導権が観客に移る設計になっているとされる。
代表ネタの一つに「会派名、換算します」がある。これは、観客が頭の中で思い浮かべた人物像を、彼が勝手に会派に分類し、最終的に“換算レート”を提示するという流れである。換算レートは毎回変わり、[[1円]]あたり“感情指数”を[[0.13]]で置くなどの設定が入る。公式には「会計用語を感情の単位に誤変換する試み」とされる[10]。
また彼は、反復を多用する。「再質問します」「再々質問します」のような段階が上がるほど、声は小さくなる。これは“圧”ではなく“丁寧さ”で追い詰める作法であると説明され、舞台照明が一段暗くなる演出と連動しているという[11]。このため、同じネタでも成立率が日によって変わるとされ、楽屋では「今日は光が強いから[[答弁]]が滑る」といった会話が交わされる[12]。
受賞歴[編集]
野々村は[[M-1グランプリ]]のような“コンビ競技”ではなく、個人戦に相当する場へ出場して評価を積んだとされる。代表的な戦績として、[[R-1ぐらんぷり]]の前身トーナメント「全国単独討論会」[[2008年]]でベスト[[8]]に入ったとする資料がある[13]。なお、この大会名は当時の主催が後に変更したともされ、公式記録の表記揺れがあると指摘される。
また、[[2015年]]の“架空議事”をテーマにした祭典「第9回笑いの答弁杯」では準優勝したとされる。その際の審査講評で「誤認を笑いへ転換する技術が、笑点の面積を増やした」との趣旨が引用されたという[14]。一部では“政治ネタとしての新規性”が評価された反面、出題形式が硬すぎるとの批判もあったとされる。
近年は地方局の即興企画で人気を博し、[[地方紙]]が「議員芸の再定義」と評したと報じられている。もっとも本人は、再定義という言葉を嫌い「再計算だ」と言い換えているとされる[15]。
出演[編集]
テレビでは「[[総合討論バラエティ]]」枠で、当初は“視聴者参加型”の進行役として起用されたとされる。彼の進行では、スタジオの笑いが増えると字幕が増える仕様になっており、MCが驚くほど字幕量が変動したというエピソードがある[16]。
代表的な現在の出演番組として、平日夜の情報バラエティ「[[深夜・議会ごっこ]]」が挙げられる。番組では“架空の補正予算”をテーマに、トークではなく独演会として完結させる構成が採用されているとされる。一方で、過去の代表番組としては、地方ローカルの短尺コーナー「駅前答弁ラジオ」が知られる。駅前のテントでマイクを構え、通行人の言葉を“質問票”に変える趣旨だったという[17]。
ラジオでは「[[北辰電波]]」の深夜枠に出演し、リスナーから届く“誤解メール”を読み上げて議場に仕立てる企画を担当したとされる。文字起こしの所要時間が平均で[[3分12秒]]だったという内部メモが残っているとされ、細部がファンに好まれたとされる[18]。
作品/単独ライブ[編集]
単独ライブは「答弁の密度」を売りにしてきたとされ、タイトルも“議会らしさ”を前面に出している。代表作として「[[第1回]] 竜太郎議場—換算します—」([[2012年]])が挙げられる。会場では開始前に紙の“議事録下書き”が配布され、観客が空欄に自分の疑問を書き込む方式だったという[19]。
DVDとして「答弁録:誤読は最前列で」([[2016年]])が発売されたとされる。収録内容は、誤読が起きた回をあえて編集せず、そのまま残す構成になっていると説明されることが多い。また、初回特典として“交換用の質問カード”が付いたとされ、カード裏面に[[27]]の選択肢が印字されていたという[20]。本人は「笑いは選択肢の密度で決まる」と述べており、実際にライブ後のアンケートで選択肢が多いほど満足度が上がったとの集計が話題になった[21]。
書籍としては、技術論に寄せた「議会的間合いの作り方(改訂版)」([[2020年]])がある。文章は“手続き文”の体裁を取り、読者が読むほど疑問が増えるように設計されたとされる。読了後に笑ってしまうことがあるのは“読者が答弁者にされる”ためだと評されている[22]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北辰放送編『笑いの答弁杯公式ガイドブック』北辰出版, 2017.
- ^ 榎戸理沙『誤認から成立する芸名—“(議員)”の社会的作用—』笑劇学会誌, Vol.12 No.3, pp.41-58, 2019.
- ^ Dr. Hans Weit『Parliamentary Timing in One-Man Comedy』Journal of Applied Humor Studies, Vol.8 Issue 2, pp.77-96, 2018.
- ^ 小宮秀斗『議場を模すピン芸—沈黙の運用と照明の同期—』東京舞台出版社, 2016.
- ^ 佐久間晃介『江戸東寄りの母音は笑いを変えるか』音韻芸能研究, 第5巻第1号, pp.9-24, 2021.
- ^ 松野薫『バラエティ番組における字幕増殖現象の統計解析』放送技術レビュー, Vol.23 No.7, pp.112-129, 2015.
- ^ 藤堂ミツ『駅前答弁ラジオの即興構造』北関東コミュニケーション紀要, 第3巻第2号, pp.63-81, 2014.
- ^ Nonomura Ryutaro『答弁録:誤読は最前列で(自解説書)』北辰テレビタレント学院出版部, 2016.
- ^ 「全国単独討論会」運営委員会『単独討論会 審査記録:第8回以降』(第9回の表記揺れを含む), 2010.
- ^ 相良ユカ『政治用語の誤変換—感情指数0.13の起源—』芸笑論文集, pp.201-219, 2022.
外部リンク
- 北辰テレビタレント学院 公式アーカイブ
- 笑いの答弁杯 データベース
- 駅前答弁ラジオ ファンサイト
- 議場字幕研究会
- 単独討論会 記録館