録画マン
| 別名 | テープ返却係、リマインド編集者 |
|---|---|
| 主な活動領域 | 家庭内放送の保存・再編集 |
| 活動時期(推定) | 1986年頃〜2001年頃 |
| 拠点(伝承) | 道玄坂周辺 |
| 使用媒体(伝承) | VHS、のちにDVD-R |
| 職能の核 | 見逃し救済と「見どころ抽出」 |
| 関連組織(伝承) | 放送保存同盟 |
(ろくがまん)は、放送内容を「録画」し、視聴者に代わって再編集された形で提供することを職能としたとされる都市伝説的な人物像である。とくにの時代に、家庭内の視聴習慣を変えた存在として語られる[1]。ただしその実態については、記録媒体の進化とともに史料が揺らぐと指摘されている[2]。
概要[編集]
は、主にテレビ放送を録画し、そのまま保存するだけでなく「人が見たい形」に整えて渡す存在として語られてきた。伝承では、単なる録画代行ではなく、番組の“テンポ”や“間”を損なわないよう編集することが職能の中心であるとされた。
この人物像が注目された背景には、家庭用録画機の普及が段階的に進む一方で、視聴者側の生活リズムが追いつかなかった時期があるとされる。とりわけでは、放送直後に話題になるにもかかわらず、翌朝までに確認できない視聴者が一定数存在したため、録画マンが「話題への参加装置」として機能したと説明される[1]。
歴史[編集]
「録画」が職能化された経緯[編集]
録画マンという呼称が最初に用いられたのは、1980年代半ばの「夜間・家族同時視聴」問題に端を発するとする説がある。すなわち、当時の住宅ではリビングのテレビが家族の共用端末であり、録画機を回すだけで視聴者の不満が噴出したため、録画を“第三者の工程”に切り分ける必要が生じたという[3]。
この切り分けを制度として正当化したのが、と名乗る任意団体であるとされる。同同盟は、録画の品質を示す指標として「コマ落ち率」「無音区間の長さ」「CM復帰の速さ」の三要素を採用し、会員が満たすべき保存規格を配布したと伝えられている。なお、同規格は“申告値”としての性格も強く、実測すると誤差が最大で12.4%あったという証言も残っている[4]。
渋谷道玄坂の「編集待合所」[編集]
録画マンが“都市型”に定着した地点として、道玄坂周辺がしばしば挙げられる。伝承では、道玄坂の小規模カフェが「編集待合所」として機能し、録画テープを預けてから返却までの間に、番組の見どころが口頭で調整されたとされる[5]。
この口頭調整には独自の合意形成があったといい、「次に見るべき3秒」を申請する制度があった、とする資料が一部で流通している。申請は紙ではなくテープのリール番号と連動させて記録され、最終的に返却されるテープの先頭には必ず“予告3回”が入れられていたという。とくに人気回では予告を平均1.83回上乗せしたとされ、視聴者満足度は“主観指数”で7段階中5.6を記録したと述べられる[6]。なお、指数の算出方法は明文化されていないとされる。
一方で、録画マンの活動が広がるにつれて、録画編集のルール統一が難しくなった。番組制作側の意図と、視聴者の“再体験欲”が衝突し、編集箇所をめぐる小競り合いが発生したとも伝えられている。
デジタル化と「消える録画マン」[編集]
1990年代後半、家庭用のデジタル光学メディアが広がると、録画マンは役割を変える必要に迫られた。伝承では、録画マンはテープから光学メディアへ移行する際、データの劣化ではなく“サムネイルの並び順”をめぐる新しい争点に巻き込まれたという。
さらに、編集作業が高速化したことで、録画マンの価値が“待っている時間”に依存していたことが露呈したとされる。つまり、録画マンは単に編集する人ではなく、視聴者が自分の予定から解放されるまでの心理的猶予を提供していたのだ、という解釈が提案された[7]。結果として、2001年前後には「録画マンを名乗らない編集者」が増え、職能の輪郭がぼやけたと記録されている。
この時期には、録画マンの名がネット掲示板に“ネタ”として流通し、実務の担い手が減っていったという見方もある。
社会的影響[編集]
録画マンは、視聴者の情報接触を「放送時刻」から「受け取り時刻」へ移動させた存在として語られる。これにより、家庭内での会話のタイミングが調整され、翌朝の話題が“録画を見た人”中心に組み替わったとされる[2]。とくにの朝番組では、録画を介した会話が増えた結果、軽い社会現象としての「録画待ち」が観察されたという証言が残る。
また、録画マンが普及したとされる地域では、再視聴を前提にした「説明不要の会話」が増えたとも言われる。例えば、職場の雑談で「さっきの“色が抜ける”とこさ」といった参照が増え、話者が見どころを共有している前提で会話が進んだ、という[8]。ただし共有が崩れると、説明が突然長くなる“二峰性の会話”が起きたという指摘があり、録画マンの影響はコミュニケーション設計の側面にも及んだとされる。
さらに、録画マンは「見逃し」という負担を個人から分散させる装置でもあった。見逃しが起きるたびに“誰かが救ってくれる”期待が増幅すると、結果として視聴者は番組の最初から最後まで見る必要が薄れ、番組編成側も“切り取り映え”を意識するようになったという説がある[9]。
批判と論争[編集]
録画マンに対する批判は、技術よりも倫理と権利の側から発生したとされる。特に「見どころ抽出」と称して本来の文脈を切断する編集が問題視され、番組の意図が歪められる恐れがあるという指摘があった[10]。
また、録画マンの編集基準が標準化されないため、受け取った視聴者が誤解したまま会話を進める「編集起因の誤情報」問題が発生したとされる。実際に、人気回の特定箇所の無音を一律0.7秒だけ残す編集を施したテープが回り、誤って“間の恐怖”として語られた例が報告されたという[11]。この報告では、無音0.7秒が“演出か事故か”の判断を左右したと記されているが、出典の信頼性は限定的とされる。
加えて、録画マンという呼称が“誰でもできる”作業のように見られ、実務者が見えにくくなったという別の論点もある。録画編集は単なる技術ではなく、視聴者の生活を読み替える設計行為だとする主張がある一方で、単なる代行業に回収されていったという見方も併存している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中啓太『録画と編集の社会史:家庭内メディア調停の試み』東京図書, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton『Domestic Time-Shifting Practices in Late Television Eras』Oxford Media Studies, Vol. 7, No. 2, pp. 41-68, 2010.
- ^ 【架空】石川慎一『夜間共用テレビと“待つ心理”の経済』放送文化研究所紀要, 第18巻第1号, pp. 12-29, 1999.
- ^ 鈴木みどり『録画品質規格の曖昧さ:コマ落ち率の実測誤差』映像計測ジャーナル, 第9巻第3号, pp. 77-95, 2003.
- ^ 佐藤隆昌『道玄坂カフェの編集待合所:1980年代の口頭合意』日本都市伝承学会論集, Vol. 23, pp. 201-219, 2008.
- ^ 山本礼子『テープ返却の儀礼化と予告回数の最適化』メディア民俗学年報, 第5号, pp. 33-52, 2001.
- ^ Nils Eriksson『Thumbnail Order and the New Gatekeeping of Memory』Journal of Digital Viewing, Vol. 14, No. 4, pp. 310-337, 2006.
- ^ 吉田大輔『会話はいつ始まるか:録画待ちによる情報同期の二峰性』社会情報学研究, 第11巻第2号, pp. 55-74, 2014.
- ^ Hiroshi Nakamura『“Cut-Ready” Television and the Demand for Extractable Moments』International Review of Broadcast Studies, Vol. 9, No. 1, pp. 88-109, 2011.
- ^ 斎藤恵『編集起因の誤情報:無音0.7秒事件の再検討』放送倫理研究, 第2巻第2号, pp. 5-24, 2005.
- ^ (微妙におかしい)Ellen R. Kline『Rokugaman: A Study of Friendly Tape Theft』Cambridge Unauthorized Works, pp. 1-20, 1997.
外部リンク
- 放送保存同盟アーカイブ
- 編集待合所データベース
- 見どころ抽出規格集
- 道玄坂リール番号目録
- デジタル化以後の録画文化