阿佐ヶ谷姉妹の踊り食い
| 名称 | 阿佐ヶ谷姉妹の踊り食い |
|---|---|
| 発祥 | 日本・東京都杉並区阿佐ヶ谷 |
| 成立時期 | 1980年代末頃 |
| 主な実践者 | 阿佐ヶ谷姉妹保存協会、地域演芸店組合 |
| 分類 | 即興料理、卓上身体表現、擬似儀礼 |
| 特徴 | 皿上の食材と演者の動作を同期させる |
| 代表的器具 | 浅底の磁器皿、拍子木、保温布 |
| 禁止時期 | 1994年から2001年まで一部公的施設で規制 |
| 関連地域 | 阿佐ヶ谷駅周辺、、 |
| 保存団体 | 日本踊食学会 |
阿佐ヶ谷姉妹の踊り食い(あさがやしまいのおどりぐい)は、阿佐ヶ谷を中心に発達した即興型の食文化兼舞台芸術である。料理の提供と同時に演者が卓上で小刻みに身体を震わせる所作を行うことで、食材の「勢い」を保ったまま味わう技法として知られている[1]。
概要[編集]
阿佐ヶ谷姉妹の踊り食いは、食事中に演者が「姉妹」として振る舞いながら、皿上の食材の動きに合わせて肩・手首・足先を同期させることで成立する、阿佐ヶ谷独自の実演文化である。一般にはの宴席や小規模な寄席で行われたが、1990年代以降は地域振興イベントの定番として定着したとされる[2]。
名称にある「姉妹」は血縁を必ずしも意味せず、むしろ二人一組の演者が互いの動きを見せ合うことで成立する役割名である。なお、踊りの強度が高いほど食材の旨味が増すという説が広く流布しているが、系の調査では明確な相関は確認されていないとされる[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は末期の阿佐ヶ谷ジャズストリートの前身企画に求められることが多い。1987年、の惣菜店主・渡辺精市と、地元の民謡サークル出身者であった三浦久枝が、揚げ物の待ち時間を埋める余興として卓上ステップを考案したのが始まりとされる。これが客の注目を集め、翌年には「食べながら見るのではなく、見ながら食べる」ことを標榜する小会合が定期化した[4]。
成立と普及[編集]
1989年にはの嘱託職員であった相沢邦彦が、これを「地域食芸」として整理し、簡易な作法集『阿佐ヶ谷姉妹踊食手引』を作成したと伝えられる。ここで初めて、片足を半歩引く「引き足」、箸を持つ手を空中で止める「留め箸」などの基本形が定義された。また、二人が必ず互いに相手の皿を一度だけ見る「一瞥交換」の所作が加わり、以後の標準となった。
拡大と規制[編集]
初期には、阿佐ヶ谷駅南口の飲食店15店舗が月例で採用し、1992年時点では区内で延べ約4,800人が体験したと記録されている。ところが、舞踏の振動によってスープの表面が過度に波打つとして苦情が相次ぎ、1994年にはの一部学校給食実習室で「過度の表現を伴う踊り食い」が事実上禁止された。もっとも、これをきっかけに家庭向けの静謐型踊り食いが発展し、むしろ保存運動が強まったという[5]。
作法[編集]
踊り食いの基本は、食材そのものを踊らせるのではなく、演者の身体が食材の気配に寄り添うという点にある。最も一般的な「二拍子式」では、口に運ぶ直前に肩を二度落とし、次いで箸先を皿の縁に軽く触れさせることで、食材の移動を「予告」する。
上級者になると、式の「姉の静止」と呼ばれる技法が用いられる。これは姉役が微動だにせず、妹役のみが微小なステップを刻むことで、周囲の視線を一点に集約する方法である。1990年代後半の研究では、静止時間が7.4秒を超えると客の咀嚼回数が平均1.8回増えるという結果が報告されたが、試験の再現性には疑義がある[6]。
また、器具にも厳格な決まりがある。皿は直径22〜24cmの浅底磁器が望ましく、湯気を視認しやすくするため透明度の高い保温布が併用される。箸は朱塗りが基本であるが、流では黒漆のものが好まれる。
社会的影響[編集]
この文化は阿佐ヶ谷周辺の飲食店に独特の客層を生み、演目後に客が無言で拍手する「静かな熱狂」を定着させた。1998年にはとの協議により、阿佐ヶ谷駅構内のポスターに「踊り食いは走らず、揺れず、急がず」と記された啓発文が掲示されたことでも知られる。
一方で、地域外では誤解も多く、2003年にはが「踊りの過剰な誇張は食材の尊厳を損なう」とする声明を出した。これに対し、保存派は「踊りは食材の尊厳を高めるための礼法である」と反論し、以後、文化財指定を巡る論争が10年以上続いた。なお、阿佐ヶ谷の一部飲食店では現在も、週末に限定して「控えめな踊り食い」が提供されているという。
批判と論争[編集]
批判の中心は、踊り食いが「料理なのか演芸なのか判別しがたい」という点にあった。特に2007年のでは、演者の歩幅が大きすぎるために隣席の味噌汁が揺れるとして、衛生面と芸術性の双方から質疑が行われた。
また、1990年代に刊行された普及本の中には、踊り食いの起源をの屋台文化に遡らせる記述があり、後年の研究者から「根拠の乏しい祖型化」と批判された。もっとも、その出典の一つとされる古文書が『阿佐ヶ谷村 踊り食ひ覚え書』という妙に整った題名であったため、専門家の間でもしばらく話題になった[7]。
保存運動[編集]
2010年代以降は高齢化した実践者の引退が相次ぎ、を拠点とする「阿佐ヶ谷姉妹保存協会」が中心となって口伝の採録が進められた。協会は毎年2月を「留め箸月間」と定め、若年層向けに無料講習を実施している。
保存運動の成果として、2021年には区内7校の家庭科授業で「踊り食いの所作観察」が試行され、参加児童312人のうち84%が「食事が少し丁寧になった」と回答した。しかし、同調査では12%が「箸より先に肩が動く癖がついた」と答えており、教育効果については評価が分かれている[8]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精市『阿佐ヶ谷食芸史序説』杉並文化叢書, 1996.
- ^ 相沢邦彦『留め箸の民俗学』阿佐ヶ谷地域資料室, 1991.
- ^ 三浦久枝『姉妹性の身体技法』日本踊食学会誌 Vol.12, No.3, 1998, pp.41-58.
- ^ Katherine H. Lowell, “Tabletop Rhythm and Communal Appetite in Suburban Tokyo,” Journal of Culinary Performance Studies, Vol.7, No.2, 2004, pp.119-137.
- ^ 田所明『踊り食いと都市の静けさ』中央新書, 2008.
- ^ 佐伯直人『阿佐ヶ谷パールセンターの儀礼空間』地域研究紀要 第18巻第1号, 2011, pp.5-29.
- ^ Mikael R. Sato, “The Sister Motif in Performative Dining,” East Asian Foodways Review, Vol.4, No.1, 2016, pp.9-26.
- ^ 小林弥生『食べながら見る、見るために食べる』青磁社, 2019.
- ^ 東京都杉並区教育委員会『家庭科における所作学習の実践報告』第9集, 2022, pp.17-33.
- ^ 長谷川一馬『阿佐ヶ谷村 踊り食ひ覚え書の真偽』民俗文献考, 2023, pp.61-79.
外部リンク
- 阿佐ヶ谷姉妹保存協会 公式資料室
- 日本踊食学会 アーカイブ
- 杉並区地域食芸データベース
- 阿佐ヶ谷パールセンター文化年表
- 留め箸研究所